第26話 薫子先輩、危機一髪

「そんなもーがまだこのせかーに残ったいたたなァ! 女や抜け毛っタマーのガキにはもったーねえ、俺によこせ!」


 革ジャンの男は僕たちの竹馬スティルツに目をとめると、即座にその価値を理解したらしかった。そこはなかなかの見識と認めざるをえない。第一この男だけは、「えんしゃん・たん」に近いものを操っている。


 で、『抜け毛頭ぬけげっタマー』というのは僕のことらしい。ええい失敬な、これは抜けたんじゃない、生えそろう途中なのだ。


 男が大ナタを振り回し、薫子先輩はそれを槍の柄で受けようとした――形容しがたい打撃音が響く。


 ――ガラン、ガコン、カンカン……


「なっ……バカな!」


 先輩が驚愕のうめきをもらした。装着した竹馬のマジックハンドから、長槍が叩き落されていたのだ。けたたましい音を立てて地面で二回バウンドしたそれは、中ほどからぐにゃりと曲がっていた。


(そうか、セーフティ機能が裏目に……!)


 竹馬スティルツの機体各部に瞬間的に過大な力が加わると、本体の破損と装着者へのダメージを避けるため、竹馬が自己判断で衝突部位を動力伝達経路から解放する場合がある。

 今回はマジックハンドが保持していた長槍から手を放すことで、先輩の腕を守ったのだ。だがそれは続くピンチを引き寄せた。


「うわーはは、このてーどで武ッ器を捨てるたたな!」


 革ジャン男は大ナタを後方へ引いて力を溜め、横ざまに竹馬の脚へ斬りつける。先輩は辛うじてそれをバックステップして避けた。

 迂闊にあれをもらうわけにはいかない。構造上、その部位が変形しても先輩には直接ダメージがないが竹馬スティルツそのものが転倒しかねない。


 この程度、と男はうそぶいたが、大ナタは恐るべき武器だった。刃渡りは一メートルを優に超え、分厚いその刀身は身幅が最大で二十センチはある。切れ味はさほどでもないようだが、とてつもなく重いせいで打撃力が半端ない。欠点としては、振りが遅くモーションが大きくて読みやすいことくらいか。


 それさえも、戦闘に不慣れな僕たちでは対応が難しい。


「くそっ……!」


 僕は槍を短めに持ち、半身に構えて男に対した。

 斬りつける動きを読んで、槍の柄にあたる鉄パイプ部分に斜めにかすらせる、というイメージを脳内に描く。

 こうすればナタは力の方向をずらされ、こちらは防御しつつ相手の体勢を崩せる――と思いきや、革ジャン男はナタの軌道を空中で変化させた。


「あの重さを!? なんてパワーだ!」


 驚かされはするが、受けるのは簡単なはずの太刀筋だった。だがこの角度では――その衝撃で、逆に僕の竹馬がバランスを崩しかけた。


「和真ッ!」


 振りかぶられたナタの前に、先輩の竹馬スティルツが割って入る。およそ最悪な間合いとタイミング、このまま男がナタを振り下ろせばその分厚い刃が先輩の頭に食い込む。


「ちったもったなないが……死――」


 ――バキン!


 どこかで、何か弾力性のあるものが動いた音。


「ねべあ!?」


 革ジャン男の眉間に、短く太い金属の棒が一本生えた。一瞬凍り付いたように動きが止まり、男はそのままがっくりと崩れ落ちた。


「な、何が?」


 慌てて周囲を見回す。それは「蓄えざる者どもウェイスターズ」の徒党も同じことだった。


「ダイゴさまがやーれた! そげっだ狙撃か!?」


「クソ、どーからだ!」


 彼らは突然の狙撃に恐慌をきたし、統率者を失って混乱に陥ってしまっていた。


 僕は視界の隅に、ノゾミの竹馬スティルツと彼女のエンジ色をしたスーツをみとめていた。それと、竹馬の荷台から身を乗り出している誰かを。


 今が多分、戦況を決定的なものにする絶好のチャンスだ!


「先輩、あのナタを!」


「完全理解!」


 大ナタをむしり取るように掴み上げた先輩が、マジックハンドのリーチいっぱいにそれを振るった。

 「蓄えざる者どもウェイスターズ」の一グループがそれを食らい、何人かの四肢がちぎれ吹っ飛んだ。


 ――うわァアアアア!


 悲鳴とともに隊列が崩れ、数歩退く。


 敵の後列にいた何人かが、背中から大きな弩弓を引き出して、装填を試みた。志室木の手持ち品より二回りほど大きなそれを見て、僕はとっさに竹馬スティルツをジャンプさせた――エドエックスを狩ったときの要領で、尖らせた中空の鉄パイプをマジックハンドに数本掴んで。

 空中からパイプを投げ下ろす。何本かは見事に野盗たちに突き刺さり、外れたものも周囲の野盗にぶつかって怯ませた。それがダメ押しになって、「蓄えざる者ども」は来たときと同じく唐突に、大門前通りから逃げていく。


 ――ダイゴ様やーれた!! のこりぶんめー、みっつ!!


 ――むり!! むり!!


 彼らはそんな叫びを残して、散り散りにどこかへ去って行った。


 

「いやあ、間に合ってよかったよ」


 パチ、パチと手を叩く音とともに、そんな志室木の声がした。ようやく周囲に目を向ける余裕を得て、僕たちは彼を見上げた――ノゾミの竹馬スティルツから身を乗り出していたのは、やはり志室木だった。


「どうも嫌な予感がしたんでね、ノゾミ君に頼んで、ここまで運んでもらったのさ。この弩弓クロスボウは威力はそれほどでもないが、狙いが正確で僕でも簡単に操作できるのが長所でね」


 彼は荷台から飛び降りると、革ジャン男――「ダイゴ様」の死体に足をかけて眉間に突き立った角矢クウォレルを引き抜いた。


 ――よし、まだ使える。


 満足そうにうなずくと、彼は僕たちに背を向けて頭をポリポリと掻いた。


「まあ、相手が普通の人間だったからよかったよ。野生動物の中には、脳を吹っ飛ばしても残った心臓と筋肉だけで走ってきて、狩人ハンターの喉笛を食いちぎった後でようやく動きを止めるやつとか、いるそうだからね」


「マジですか――」


「まあ、廃墟にあった古いマンガで読んだ話だから、話半分だとは思うけどさ」


 やれやれ。もしあのダイゴ様とやらがなにかヤバい薬でも自己投与していたら、弩弓の一撃でも大ナタの斬撃は止められなかったかもしれないのだ。 

 ともあれ何にしてもこの場は助かった。僕と先輩は改めて志室木に礼を言った。


 その日の午後は死体の処分と戦利品の検分で忙殺された。「ダイゴ様」の大ナタは、先輩がもらい受けることになった。

 改めてしげしげと見れば見るほどに、竹馬を介さずに生身の人間が振り回していたのがウソのような、とんでもない得物だ。


 どういう由来があるのか知らないが、先輩はそれに「コームのナタ」と名付けた。

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