第27話 舞い込んだ任務

 それから数日は何ごともなく。僕たちは市の警備をしてタブを稼ぎ、行きかう人々に燻製肉を、「寺院シュライン」から紹介された買い手に鉄くずやバケツを売って過ごした。


 タブの交換価値に変動が大きいことに留意して、僕たちは極力物々交換を心掛けた――もちろん、竹馬スティルツで持ち帰れる重さの範囲内でだが。

 バケツ三個を出来のいい斧一本と交換、鉄くずは保存状態のいい麻綿混紡の布地ひと巻きに変わった。端数はタブで支払われたが、今後に備えてある程度確保しておくのも悪くない。


 朝食と夕食は、約束通り「寺院シュライン」側が出してくれて、僕たちはここで初めてノゾミの言う「ネコネコ麦」――粟とエノコログサの交雑した倍数体植物の種子を味わうことになった。精白したネコネコ麦を多めの水で炊いた、もっちりした食感のお粥が供されたのだ。


「ふむ。和真、そこの塩を取ってくれないか。もう一振り欲しい」


「塩分の取りすぎが心配ですけど、これは確かに塩っ気が欲しいですね」


 米に比べるとかなり味気なく、腹持ちが悪いのが欠点だが、栄養価は高そうだ。


「これを餌にして鶏を飼うというのも手だな。手に入ればだが」


 夢は広がる。鳥を飼えば卵が手に入る。そうなると砂糖や乳も欲しい。

 二百四十年前のことで今さらではあるが、夏休み前にあんなことになってしまったせいで、僕はまだ先輩の手作りケーキとか手作りチョコレートとかを口にする機会に恵まれていない。


 さて、六日目の晩のこと。食事がすんでしばしの間、僕たちはこの市での体験を振り返って、行動方針の再検討を行っていた。


「やはり竹馬を持ってきて正解だったな。あれ無しでは、野盗どもを追い払うことはできなかった」


「誰か死んでたかもしれませんしね」


 僕たちにとって、死は絶対ではない。だが、折角ベストのタイミングとコンディションに合わせた僕たちの再会を、つまらないミスでまたしてもリセットする愚は避けたいのだ。

 しからば先輩にはもっと慎重に身の安全を第一にしてもらわねば。


 ゆくゆくは僕たちが前面に出なくても身を守れるように、信頼できる武力集団が欲しい――ああ、人類はこうやって共同体を肥大させ軍備をエスカレートさせてきたのに違いない。


「それにしてもあのナタはいい拾いものだった。あの重さなら伐採にも使えるし、何と言っても間合いの懐が深い――遠近両方に隙が無い。竹馬で使う限りだがな」


 そんな話をしているときだった。縄囲いと日よけ布でこしらえた僕たちの臨時ブースに、何者か大人数の集団が訪れた。


「高井戸薫子さんと、和真さんはこちらかな?」


「うん、ノゾミもいるよー」


 屈託なく自己主張する彼女にカッカッと笑いかけながら、その来訪者は持参のゴザをしいて瓦礫の地面に腰を下ろした。彼は流ちょうな「えんしゃん・たん」を操り、周囲には服装を統一した、おそらくやや上位の門徒たちが控えている――してみると、来訪者の正体はおおよそ想像がついた。


 たぶん、「寺院シュライン」の指導者だ。


「高井戸薫子は私だ。こっちは夫の和真だ」


「お初にお目にかかる……私はこの市を預かる『寺院シュライン』――もと平林寺とよばれた荒れ寺の、管長を務める宗哲そうてつと申すものです」


「これは私たちのような若輩者に、ご丁寧に恐れ入ります」


 薫子先輩がそういって頭を下げると、管長もまた深々と頭を下げた。


「いやいや、この度の市の警備、まことに助かりました。あなた方がいらっしゃらねば、多くの犠牲とともに貴重な交易品が奪われ、蕩尽されておったことでしょう――」


しばらくそんな儀礼的なやり取りが続き、ようやく座が打ち解けてきたところで、かれは静かに口を切った。


「皆様は、この市が終わった後はどちらへ?」


「いったん私たちの拠点へ帰る。いろいろと試したいこともあるし、留守も心配だ」


「なるほど。実はそこを曲げて一つ、お願いがございます」


「何でしょう?」


「あの野盗どもの残党を追撃した門徒が、彼らの荷物からこのようなものを発見しましてな――」


 宗哲管長が僕たちに示したのは、あの奴隷商人が持っていたものによく似た、粗製の電子機器だった。おそらく――


「これは……ラジオかな?」


「さよう、ラジオです。出所は問うても仕方ありますまい。奴隷商人たちを始め、このようなものはあちこちに出回っておりますから。ただ、これが『蓄えざる者どもウェイスターズ」の手にわたっていると確認されたのは、今回が初めてのことでして。これが何を意味するか、お解りになりますか」


「私にそれを問う理由がよくわからんが……つまり、野盗どもが――ああ、そうか、それは由々しきことだ」


「どういうことなんです?」


 一人でうなずいている先輩に僕が助け舟を求める。彼女はこっちを振り向いて、肩をすくめた。


「何が起こるかについては、ちょっと考えればすぐわかる。文明放送は一か月近く前から交易市の情報を流すだろう? 聞いていれば日付もわかる。野盗にその情報が渡れば、襲うべき標的を教えてやるようなものだ」


 管長がいかにも感心した態で、薫子先輩に頭を下げた。


「お願いというのはそのことです。文明放送の発信地、旧埼玉県の川口市へ向かい、この情報漏れの問題についてあちらの責任者に伝えていただきたいのです」


 先輩はそれを聞いて怪訝な顔をした。


「お話は非常に筋が通っているのだが、なぜ、私にそれを? 関東文明放送と私は、いままでのところ何の関わりもないのだが……」


 えっ、と管長が言葉に詰まった。


「そんな……まさか。いや、申し訳ございません。私はあなた方のことを、てっきり文明放送の情報連絡員だとばかり。あ、いや、さてこれは困った……」


 うつむいておろおろと禿げ頭をなでる管長に、先輩が膝立ちで一歩詰め寄った。


「そういう時は、確信があってもひとこと確認してくださるべきだった……しかし、なぜそんな誤解を?」


 顔を上げた管長は、薫子先輩の顔をまじまじと見つめながら、ゆっくりと話し始めた。


「私は、文明放送の創始者に――正確には後の創始者と思われる人に、出会ったことがあるのです。三十年ほど前のことでした……遠くから旅をしてきた、と言っていた。あなたと同じような背格好、同じような服装をした若い女性でした」


「ほう?」


 薫子先輩の目が鋭く光った。管長の言葉がさらに続く。


「そして、彼女もあなた方と同じその歩行機械――竹馬スティルツに乗っておられたのです」

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