第8話 マーク・エルフ

「先輩! さっき言ってた、蜘蛛型戦闘ドローンってやつ、まだ使えるのあります?!」


「へ!? あ、ああ。確かあの辺りには起動してないサイロが一つ二つあるはずだ。だがいったいどうするつもりなのだね」


 画面の向こうで何が起きているのか、本当の所は分からない。確実なのは、このままだと僕たちは女の子が暴力の犠牲になる一部始終を、傍観するだけになるということだ。

 

「あの女性を助けます、いいですよね? どっちみち今後、外部の協力者や情報提供者は必要になるんだし、それで女の子に刃物持って襲い掛かる人と、その襲われてる女の子、どっちを選ぶかって言ったら――」


「うむ。だが当然ながらトラブルが予測されるぞ。例えばこの辺りの残存社会に対して、搾取されている側の者たちに肩入れする形で関わることになるかも――」


 そうつぶやいたところで、薫子先輩の目がぐるんと動いたあと一点に据わった。

 

「なったところでそれはそれ、だな……ああ、考えるまでもなかった。

 。対立は極力避けるべきだとしても、関わるとなれば我が意思を貫くのみだ」


「うん、それでこそ先輩って感じです」


「ならばよし!」


 彼女がタッチパネルに指を走らせ、何かの情報を検索した。その間、一秒をわずかに切る。


「六番サイロを開放! 人間狩猟機11型メンシェンイエーガー・マークエルフを投入する」


「薫子先輩、それは……?」


 なんだそのおっそろしげな名前。


「蜘蛛型ドローンの当施設におけるコードネームだ。諸元はこの通り――」


 正面モニタ-の隅に小さな別窓サブウィンドウが開き、精緻なCG画像が囲み付きのコメントとともに表示された。

 

「未使用とはいえ、百六十年間メンテ無しの割には良くもっている。起動時チェックでの自己評価は出荷時の約八十五パーセント、か」


 画像を見るに、なかなかにまがまがしいフォルムだ。繭玉とピーナツの殻の中間ぐらいの、少しくびれのある形状をした白い胴体から二対の俊敏そうな歩脚が伸び、機体上面には旋回式の機関銃塔がついている。

 全体のサイズは脚を折りたたんだ状態で縦横三.五メートル、全高一.五メートルほど。

 キャラクターフィギュア商品のパッケージにも似た真空容器の中で保存されていたそれは、爆砕ボルトの作動とともに梱包から解放され、総延長約二十メートルの斜坑から押し出されていった。

  

 

 画面の向こうでは女の子が足を弓で射られて瓦礫の上に倒れ込んだ。追手の商人の一人がそこへ短剣を振りかざして迫り――

 

「させん!」


 タタタッ――咳き込むような連続音とともに商人の頭が爆ぜる。人間狩猟機メンシェンイエーガーの機銃が火を噴いたのだ。

 

「あれ、そいつは自律戦闘メカじゃないんですか?」


「不審者の排除だけならそれでいいが、あの娘を助けるとなると微妙な判断と操作が必要だ。なのでシステムの一部にこっちからオーバーライドしている」


「なるほど。あ、周辺の一帯に仲間や別の住民グループがいないか、念入りにチェックしといてください。ドローンを見られた挙句に逃げられたら、ちょっと厄介です」


「そうしよう。しかしまあ、君もなんだかんだ言って男の子だな。そういう発想が即座に働くとは」


「そりゃあ、だって考えても見てくださいよ。僕は妄想でもなんでもなく『テロリストに襲撃されて死んだことのある高校生』なんですよ?」


「それもそうか――よし、安心してくれ、この辺りに他に動くものはない」


「了解」


 外部からのハッキングと侵入を防ぐため、警備センターとラボはネットワークでつながっていない。だが警備センターと屋外のドローン群はさすがに連絡が保たれているらしい。

 

 索敵と照準の動作を薫子先輩がコントロールすることで、人間狩猟機メンシェンイエーガーは幾分その挙動からぎこちなさを除去されたように見えた。

 仲間の死に動転した商人が立って逃げだす所に、後ろから追いすがる。 

 商人の足元に向かってなにかキラキラ光るものが奔り、次の瞬間そいつの下半身がバラバラに寸断された。血しぶき。流石に頬がひきつるのを感じた。

 

「うっわ、エグい……」


「よし、単分子ワイヤー射出機もちゃんと作動するようだ――さて、問題はここからだが」


 そう、ここからが問題なのだ。

 女の子もドローンを目撃した。一度確保する必要がある。

 

「一定時間無力化させたうえで、我々が回収に行くしかない。サイロとラボをつなぐ通路などないからな」


「じゃあ――?」


「旧西国分寺駅への通路を、初めて使うことになる。先にロッカールームに行って、竹馬スティルツをつけておきたまえ。あと、解毒剤と応急キットも忘れずに」


「あ、はい」


 竹馬スティルツというのは、ごく簡便な構造の、いうなればパワードスーツ――バッテリー駆動の外骨格型パワーアシスト装置で、もともとは老人介護施設や軍の輸送部隊などで使用していたものだ。

 背中や足にかかる重量を分散させ、サーボ機構で筋力を代替して疲労を低減、着地の衝撃も和らげる優れもの。

 

 先日この周辺の古いマップを頭に叩き込んでおいたのだが、その知識によると駅から今カメラで監視しているエリアまでは、直線距離で一キロメートル少々ある。その距離を遅滞なく走破するために竹馬スティルツを使おうというわけだ。

 

 僕が警備センターを出る前、最後に振り向いたとき。

 

 画面の中では蜘蛛型ドローンが女の子に向かって何かを撃ちだし、彼女が眠り込むように動きを停めたところだった。

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