第29話 湯けむりスカベンジャー
「なっ、対人ドローン!? なぜこんなところに――」
引きつった叫びをあげ、志室木は飛びすざって
「ひぃっ!?」
「やめろ
先輩が慌てて11型の操作系に割り込んだ。
「どう、どう!」
いや先輩、馬じゃないんですから。
「志室木さん、顔をこっちに向けてくれ。こいつのセンサーにあなたの顔を認識させて、一時的な識別ライセンスを発行する」
「何だ、そんなこともできるのかい……っていうと、そいつは君たちのなのか」
「まあ、そうともいう」
「たまげたねえ……一体どこから持ってきたんだか」
驚く志室木を案内して、学校跡の敷地内に入る。エドエックス狩りの時は木々の梢に邪魔されて見えなかったが、校庭からは屋上に設置された数台の風車が目に入った。
「お、風力発電の設備が……なるほど『あるといえばある』ってのはそういうことかい」
志室木は屋上へ目を凝らしてうなずいた。本当は違うのだがいいように誤解してくれている。屋上の風車は羽根の一部が脱落し、バランスが偏っていて、今のままでは風が吹いても回らないのだ。
「図書室にコンピューターが残っていてな、古いものだがどうにか動く」
「そりゃ凄い! だが電源は?」
「いずれは風力発電を復旧させたいが、とりあえず
図書室に着くと、先輩は志室木に指示して、棚のところどころに転がっている電子書籍リーダー端末を集めさせた。
「この中に多分、東京近郊の地図ぐらいは残っていると思う」
そういいつつ、先輩はバッテリーと一緒に手元の端末からも通信ケーブルをこっそり接続した。志室木と一緒に書籍データを漁っている風を装って、適当なところで座標測位システムからのデータを表示させようというわけだろう。
ちょっと手持ち無沙汰になった僕のところに、ノゾミが近寄ってきた。
「タカイド……タカイド!」
小声で手招きする。何ごとかと思いながら、僕は竹馬を少し前掲させ、彼女の口元にできるだけ耳を寄せた。
「なに?」
「早くらぼに帰りたい。しゃわー浴びる……かゆい」
「ああー」
考えてみれば前回入浴したのは、「ダイゴ様」率いる野盗と戦ったその日の夜だった。平林寺では来訪者向けに入浴サービスも行っていたので、それを利用したのだ。
だがその後に二回目の順番はさすがに回ってこなかった。もう五日ほど着の身着のままだ。顔や手足をお湯で拭くくらいのことはできたが、体幹部や頭髪はずっとお留守だった。
多分、そろそろ着衣の内側では匂いもきつくなってきているはず。ここんなご時世でみな似たり寄ったりだから誰も指摘しなかったし、ぼくたち自身も気づかなかったが、さすがにそろそろ限界だろう。
「ごめんノゾミ、もうちょっと待って。ああ、くそ、志室木のやつが早くどっか行ってくれれば……」
もしくは完全に仲間として抱きこんでラボに全員で戻るか――いや、それにはさすがにまだ早い。
いっそここで風呂に入れたらいいのだが、そんな設備は……
いや、待てよ?
東側の正面玄関。その脇に、たしかタイル貼りの小さなプールのようなものがあった。内部には落ち葉や土砂が積もっていたし、水も枯れていたが、清掃して別に沸かしたお湯を張れば――
で、この学校跡。上水道は死んでるが、井戸がある。
文明崩壊後のある時期に、ここに住んでいた人々が掘ったものだ。もともと国分寺周辺は地下水の豊富なところで、旧駅から少し行ったところには天然の湧き水があったほどなのだ。
余談だが、ラボではその地下水脈から水を引いて地下に構築した水路へ導入し、そこに発電機を設置し二次電池と併用して電力を賄っている。
(あと必要なものは……お湯を沸かすかまどと鍋だな!)
その辺りも心当たりがないわけじゃない。イノシシを仕留めて以来約十日くらい、なんだかんだでこの学校跡には足しげく通って調査済みだ。
「よし、ノゾミ。せっかく一休みのところ悪いけどさ。もう一回
「お? なにする?」
「ここでお風呂を沸かす。手伝ってくれるよな?」
「おふろ!? やる、やる!!」
ラボではほとんどシャワーしか使っていなかったが、平林寺での入浴体験はノゾミにとっても印象的だったらしい。飛び跳ねるようにして
これからやる作業を考えると、竹馬のサポートがあってもなかなかの重労働だ。だが、やるしかない。先輩もきっと喜んでくれるはずだ。
倉庫として使われていた形跡のある体育館に二人でもぐりこむ。用意するものはバケツ二つとデッキブラシ、何らかの洗剤と消毒液、それに鍋と燃料だ。
鍋として使えそうなものはすぐ見つかった。もとは何かの油が入っていたと思われる二百リットルドラム缶だ。前の住人は水の貯蔵に使っていたらしい。
これをそのまま湯船として五右衛門風呂風にしつらえる方法もあるのだが、転倒の可能性や出入りの際に過熱した金属に触れる危険性を考えると、慎重になるべきだろう。
中身が入っていなければ重量としてはどうということもない。僕たちは缶をいったん地面に横倒しにして、前回イノシシ肉を燻製にした時のたき火穴のところまで転がした。
井戸のポンプは辛うじてまだ使える状態が維持されている。それでバケツに水をくみ出し、倉庫から見つけた消費期限をはるかに過ぎた洗剤を薄めて、デッキブラシでくだんの水槽のようなプールのような遺構を精一杯洗い清めた。もちろんその前に落ち葉や土砂は可能な限り取り除いてある。
水槽の栓は金属製のもので、水漏れするような傷も変形もない。奇跡的と言っていいそれを、注意深く排水口から抜き取った。
「よし、まずは一回こいつを流すぞ」
「おっけい、いくよー」
ザバーーーーー
泡立ち濁った茶色の水が、排水口からどことも知れぬ暗渠の中へと消えていく。そんな作業を数回繰り返し、水槽がきれいになったところで今度はお湯を沸かす。燻製に使ったものの残りも含め、学校跡にはそこそこの量の薪がストックしてあった。ドラム缶の半分弱まで水を入れ、沸いたところで二人がかり(竹馬込み)でそれを運んで水槽へ。
やがて、元は錦鯉か何かを飼ってあったと思われるその露天の水槽は、ほかほかと湯気を上げる露天風呂に変わった。
ものすごい達成感。
「こら、高井戸君。なんだねこの騒ぎは……煙が図書室まで流れ込んできたぞ」
先輩の方から様子を見にやってきてくれた。
「すみません、ノゾミが体を洗いたいっていうんで、風呂を沸かしました!」
「なんと!」
先輩は湯気を上げる水槽をしばし呆然と見つめて――僕の頭にぽかりと形式的に拳をおとした。
「あうち」
「ア――ハン! 大変な労働だったことは分かる。ご苦労様と言おう。だが私とノゾミに、ここに入れというのなら――周囲に囲いを用意してくれるべきではないだろうかね」
あ、はい。配慮が足りてませんでした。
「すぐやります」
「うむ。こっちはちょうど有望そうな場所のデータを取得したところだ。電子書籍リーダーに何とかフォーマットを合わせてねじ込んだ」
さすがは先輩だ、仕事が早い。
ぼくとノゾミはそのあと敷地内を駆けずり回って、競技用のハードルと跳び箱の踏切板、それに下足置き場用のスノコをかき集めてきた。
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