第28話 Undervcover Man

「ふむ」


 先輩はなにか強い興味と疑念にとらわれたのだろうと思う。だが、この時はそれを表情に出さず、平静を装ってただ一言発しただけだった。

 そのうえで一座をぐるりと見まわすと、しごく当然の話へと会話の流れを向けた。


「引き受けること自体に問題はない――私も『文明放送』とやらには興味がある。だがいったん拠点に戻って、荷物や物資の整理をしたいな。竹馬スティルツの整備もあることだし」


「それはもう、もちろんそちらの宜しいように……不備があっては私どもも居心地が悪くなりますゆえ」


「うむ。その上で――依頼とおっしゃるのなら別途なにか報酬を頂ければと思う。私たちはこの地に来てまだ日が浅く、何かと事欠く身だ」


 宗哲管長は自分の剃り上げた頭をぴしゃりと叩いて一礼した。


「そうおっしゃっていただけると話が早くて助かります。なにせ、市の後は参加者が無事に各々の領域へ戻れるよう、巡回の者を増やしますのでその、人手が足りませんでな。それで、いかがいたしましょう? 何か、必要な物資でも?」


「いや」


 先輩はかぶりを振って管長の申し出を退けた。


竹馬スティルツにも重量の限界がある、あまり帰りの荷物を増やすのはよくない。それよりも――」


 そうして先輩はちょっと虚空を見上げて考え込むそぶりを見せた。

 ――実のところそれはポーズだけで、こういう時先輩は頭の中にきっちりとしたプランを用意しているのだが。


「私たちの身元を保証する書きつけとか割符といったものを、あなた方『寺院シュライン』の名で発行していただけないだろうか。あなた方はこの旧東京から埼玉にかけての一帯で確固たる地歩を築き、そのために労力もかけているようだ。ならば、その名前には価値がある」




「いやあ! 上手いもんだね、どうも」


 志室木が僕の耳のすぐそばで、大きな声を上げた。

 

「なに、そうでもないさ」


 先輩が走りながら一瞬振りむいて応えた。

 

 僕たちはいま、平林寺境内林を離れてラボ近くの学校跡へと向かっている。向こうを発つ際に、僕たちは寺院シュラインから彼らの徽章を預けられていた。銅板を打ち出して刻印された、三羽のアゲハ蝶が向かい合っている図案のものだ。

 

「いやいや、謙遜されても評価は変わらんよ。君たちはあの取引で、どこへ行っても自分たちの素性を明かさずに行動出来るようになったわけじゃないか。『寺院シュライン』の名をだせばこの辺りの大抵の集団には話が通る。お見事と言うほかないね!」


 志室木の大声が耳に厳しい。僕と先輩の間は現在、十メートルちょっと離れている。通信機インカムはノゾミを含めた三人の分しか持ってきてないし、使うにしても微妙な距離だった。


「先輩をほめていただいて恐縮ですけど、志室木さん! なんであなたが僕のいるんですか!」


「ははっ、細かいことを気にしなさんなって。あれだよ、移動の間、男同士の話とかできるかと思ってさ」


 走りだしてからずっとこの調子。正直、僕はこの人が少々苦手だ。

 

「そういうことじゃなくてですね……」


 志室木がついてくるのは想定外なのだ。

 

 本来の予定では「収拾したジャンクの中の記録メディアを拠点で精査」して、それで得られた人造黒鉛電極のありそうな場所の情報を、後日落ち合って渡す、という段取りだったはず。なぜ一緒に拠点へ帰ることになっているのか。

 

 苦肉の策で例の学校跡を「ダミー」として提示することにしてはあるが、許されるものなら適当なところで下ろして撒いてしまいたい。

 

「ノゾミ君の後ろに乗った方がよかったかな?」


「だから、そういうことでもなくてですね!」


「ああ、和真。そんなにピリピリするな……志室木氏にはついてきてもらう方がいいと、私が判断したのだ」


「……どういうことなんです?」


 先輩と二人だけでその辺を細かく打ち合わせる時間がなかったのが、どうにも喉元に引っかかるような感じがする。


「状況が変わったのは分かっているだろう? それに志室木氏はもともと文明放送と契約した仕事のために、電極を探しているのだ。なら、我々の受けた仕事にはむしろ好都合。情報を手に現地まで案内してもらおうじゃないか」


「ああー。うん、まあ先輩がそういうんなら……」


 仕方ないか、と肩をすくめる。

 

「そうそう、旧川口市と言っても、いささか広いからね」


 そううそぶいて、志室木は僕と背中合わせの格好で荷台に背を預け、口笛なんか吹き始めた。これが妙に上手いのがしゃくに障った。


 学校跡地に着くと、僕は竹馬スティルツの姿勢を前屈気味の走行モードから、やや背中をそらし気味の立哨モードに変えた。バランスを失って志室木がやむなく飛び降りる。

 

「おおっとっと! 和真くん、つれないねえ」


「ここ、まだ屋内の整備が全然ですから、荷台で仰向けだと危ないですよ」


 そこへ、ゴトゴトと四脚を動かして11型マークエルフがやってきた。そういえばここの警備を命じてあったっけ。八日近くもご苦労様――

 

「HOMO!!」


 人間狩猟機メンシェンイェーガーは志室木を部外者と認識して、甲高い声で警告を発した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る