第23話 志室木庵という男(1)

 設営中の市場をあちこち見て回る。

 

 持ち込まれている商品はおおよそ大別して二種類のようだ。廃墟からサルベージされた中でも比較的保存状態のいい、壊れた電気製品の部品や古道具か、さもなければ現在のこの世界で生産された食料品や粗製の布地、皮革などといったもの。


 市に集まった人をずっと観察していて、ようやく僕はここに来て以来覚えていた違和感の正体に気が付いた。


 誰一人として、銃器の類を持っていないのだ。


 薫子先輩も前に言っていたが、僕たちが今直面しているような文明崩壊後の退行した世界というのは、二十世紀以来小説や映画、ゲームの中で繰り返し描かれてきたものだ。

 一部を除いて大抵の場合、主人公はじめその世界の住人たちは拳銃やショットガン、あるいは猟銃や軍用のアサルトライフルまで持ち出して、大まかにいうと西部劇を焼き直したような世界観を構成している。


 ところが現実に今見ているこの二三〇二年の東京近郊では、銃器がどこにも見当たらなかった。志室木が携帯している武器も、全長六十センチばかりの簡素な造りをした刀剣のようだ。それと、背中には小ぶりな弩弓クロスボウを背負っている。


 理由の想像はつく。


 アメリカはじめ海外の国家と違って、日本は――知る限りの最後まで、銃が民間にまで広く出回る様な社会にはならなかった。銃の所持は厳しく制限され、密輸にも厳しい監視の目が注がれていたのだ。

 かつて先輩のラボに迫った「多摩臨時政府」の部隊はごくまれな例外なのだろう。だからこそ、銃器を集めたことで政府を作れるとまで思い上がってしまったのかもしれない。

 その一方で、ドローンの規制はあと一歩行き届かなかったわけだが――その辺の話を志室木にも訊いてみたいと思った。

 だが、注意しないと僕たちが「銃を装備した人間がうろつく姿が描かれた創作物を知っている」時代の人間であることをかぎつけられかねない。


 志室木は年のころはおおよそ二十代半ばから後半。顔には何日おきかで剃刀を当てているらしく、無精ひげはあっても周囲のむさくるしいひげ面の男たちに比べると、さっぱりした印象を与える。髪は肩位まで伸ばしたものを後頭部でくくったショートポニー的なスタイル。


 やや背中を丸めた猫背の姿勢を取る癖があるが、実のところ結構な長身だ。薄汚れたジャンプスーツのようなものを着ていて、身の回り品は最低限にまとめてある。


「志室木氏は、どこから来たのかな」


 先輩がエドエックスの燻製肉をかじりながら、気さくな調子でそう尋ねた。


「その知識からすると、どこかの学校か図書館だったところに定住したグループかなと思うのだが。さだめし、そこに大掛かりな電気炉を建設して、鉄の産業を興そうというところなのだろうか?」


「はは、うん、まあだいたい合ってるな……ただ、電気炉は頼まれものなんだ。ラジオで文明放送ってのを聞いたことはないかな?」


 食えない男だ。自分の出自は巧みにぼかしている。だがその代わりに出てきた情報はちょっと注意に値するようだ。


「ああ、最近知ったよ、そういうものがあるのを。初めて聴いたときはちょっと感動したものだ」


 先輩が実に鷹揚な女主人を演じて見せた。もともと地がそんな感じだから、なかなかよくはまっている。


「あのラジオの配信元は昔の川口市だった辺りにあってね。かなり大きな組織を作って、東京周辺を住みやすくしようと頑張ってる。ところがどうしても敵対、衝突する集団が出てくるというので、質のいい武器で自衛しようとしてるんだな」


「敵対、ですか。奴隷商人とかかな?」


 黙ってばかりいるのも不自然なので、僕も口をはさんだ。


 まあ少しくらい足掻いたところで、僕と先輩が精神的、知的な意味でノミの夫婦なのは事実だ。頭の毛もまだふわふわの産毛で、どうにもうすらみっともなくて悲しい。


「ああ、いや。奴隷商人はそんなに深刻な問題じゃない――文明放送はそう考えてるようだよ。これだけ人間が減ると、地域ごとの遺伝子プールの小ささが問題になる。彼らは女性を売り買いしてそこに流動性を持たせることで、その問題の解消に貢献してる、というわけさ。売れるまで商品は守るから、道中は安全だし」


「ということは……もっと危険な集団が、ということかな」


 あからさまな奴隷商擁護を表明されて、先輩の目にうっすらと険呑なものが宿っていた。志室木はまだそれに気づいていないようだ。あるいはわかっていて無視しているのか。


「そういうこと。物資の貯蔵も蓄積も考えずに、維持されてるコミュニティに攻撃を仕掛けては根こそぎに奪う、そんなグループがいるんだよ。一つ一つの規模は小さいし、横のつながりは乏しいからまだ対処できるけどねえ」


「そりゃあ恐ろしいですね。僕らも気を付けないと」


 志室木はうんうんとうなずくと、僕らがまだ身に着けたままの竹馬スティルツを指さした。


「それなんか、奪われたら相当厄介になるからね。最大限に気を付けて欲しいな」


「バッテリー式だから、充電できる設備がない限り、すぐにデク人形以下になっちゃいますけどね」


「……いやあ、こうして話してると思うけど、実に語彙が豊富だなあ。あんた方こそ、どこから来たんだい。よっぽど大きな残存施設があったとしか思えないけど」


 探りを入れてきた。だが先輩は巧みにそれをかわしてみせる。


「大体そんなところだが、こっちも詳しくは言えんな。折り合いが悪くて飛び出してきた故郷だが、情報が巡り巡ってあそこがそんな野盗どもに襲われる羽目になっても寝覚めが悪い」


「ああ、そりゃあごもっとも、うん。燻製肉、もう一切れ貰ってもいいかな?」


「ご遠慮なくどうぞ」


 エドエックスの燻製は今回の目玉商品の一つだが、僕たちが少々食べてもまだ全然減らないくらいには量があった。


「ありがとう。実にうまいな、これ。明日から売るんだろう? 何なら俺がサクラになって売り上げに協力してもいいが」


「そうしてくれると、非常に助かるな」


 まだ日は暮れていなかったが、僕たちはたき火を囲んで、表面上はすっかり宴会モードだった。と、数人の集団がその焚火のところへ近づいてくるのが分かった。

 ピシ、と枯れ枝がはぜる音がしたが、それが火にあぶられて起きたものなのか、それとも地面の上の枯れ枝を誰かが踏んで立てた音なのか、判別ができなかった。


 僕たち四人が一斉にそちらの方向を見る。昼間志室木を囲んでいた、「寺院シュライン」の下部組織メンバーのようだ。


「しつれーったす……のこりぶんめーある、あなっがたに、おねがーある」


 言葉の音と雰囲気から察するに、「文明の残滓を所有するあなた方にお願いがある」と言いたいらしいが――はて、いったいどんな要請を持ってきたのだろうか?

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