第10話 「バケツ十個」さん

「ラジオ、ですか。どこかに放送局が残ってるとか?」


「分からないな。厳密にラジオかどうかも不明だ。破損の範囲が広いし、私たちが知っている電子機器に比べると相当に粗雑な造りをしている……性能についてはなおのこと分からん」


 残骸からは差し当たってそれ以上のことはつかめそうになかった。


「あとは……そうだな、この娘が昏睡から覚めるのを待つしかないか――」


 先輩はすでにその薄汚れた女の子の、足の負傷を処置し終えていた。むき出しだった上半身には大きめのタオルをかけ、左を上にして横向きに寝かせてある。


「こんな処置台の上ではなくまともなベッドに寝かせてやるべきだが、このままでは問題があるな……高井戸君! しばらくこの部屋から出ていてくれないか」


「え、なにか作業があるならお手伝いしますよ、先輩」


「ア――ハン! ……察しが悪いな、君というやつは。彼女が来ているボロ屑を脱がせて、医療用ガウンに着換えさせるのだよ。あーその、もちろんだ」


「あ……」


「分かったな? 分かったら速やかに出たまえ」


 ぐずぐずしてるとなんか投げつけられそうな勢い。たしかにそりゃあ僕が手伝うわけにはいかないやつだ。慌てて廊下に出た。



 少し離れたところでは、照明に照らされて11型マーク・エルフが待機状態に入っていた。こちらの存在を察知して「HOMO!」と鳴いた。続いて正面のセンサーが明滅し、「SECUNDARIUM」と聞こえた。11型マーク・エルフはゴトゴトと足を動かしてこっちへ近づき、僕の傍らで止まって機体の地上高を少し下げた。


「Secundarium……英語のsecondaryかな? 二次的とかそんな意味だとすると、僕を薫子先輩に次ぐマスター権限者として認めてくれたってことか」


「HOMOOOO」


 また間延びした音声で鳴く。


 まあ人間とみれば一切容赦なく無差別に襲い掛かってミンチにしてしまうような機械ではない、というのはありがたいことだった。何気なく機体に目を走らせると、左側面の下の方に、緑色に塗られた銘板がある。何か文字が刻印されているが――


「なになに……」


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対人制圧用四脚歩行型ドローン 

TYPE-31

NO.000000138


製造年月日 2108年11月23日

株式会社 山菱重工

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 ん。こいつはそういう正式名称なのか。

 じゃあ「人間狩猟機11型メンシェンイェーガー・マーク・エルフ」なんて恐ろし気な名前はどこから出てきたんだ。

 銘板をじっと見ていると、TYPE31マーク・エルフはゴトゴトとその場で旋回し、右側面を僕に向けた。そこには黒いペンキで手書きされた刷毛文字が躍っていた。


「めんしぇんいぇーがーMK11!」とある。


「そうかあ、先輩の趣味かあ。お前たち、先輩に名前つけてもらったんだな。よかったなぁ」

 だが、なにもビックリマークまで書くことはなかったろうに――薫子先輩らしいとは思うけど。


 ひとたび稼働させ、空気中の酸素や水蒸気に接触させてしまったからには、こいつにはおのずと耐用年数の問題が生じるに違いない。何台のこっているのかは不明だが、大事にして有効に使ってやらねば。

 メンテの手順を記した資料でもないか、あとで探しておこう――そんなことを考えていると、ドアが開いて薫子先輩が顔を出した。



「彼女の着替えは済ませた。入っていいぞ、多分もうすぐ目を覚ます」


「暴れ出したりしなきゃいいんですが……」


「手足は一応拘束してある。あと、やはり言葉が聞き取りにくい可能性があるな。そんなわけで、今度は立ち合いをお願いしたいのだ」


「分かりました」


 処置台の上の女の子を見下ろす。汚れのひどいところを先輩がアルコールか何かで清拭したらしく、顔などは見ちがえるように白くなっていた。ところどころに拭き残しの黒ずんだ縞模様があるのはご愛敬。


 若い女性と見受けてはいたが、こうしてみると当初の印象よりさらに若いようだ。 

 おおよそ十五歳かそこら、下手するとそれ以下か。目鼻立ちはととのっている方で、ちゃんとした身なりをしていればクラスの人気者になれそうな感じだ。


 やがて彼女のまぶたがひくひくとうごめき、不意にぱっちりと開かれた。一瞬遅れて、ひゅ、と息を飲む音がした。


――なん、こかー!?

 

 周囲の景色に違和感があるようで、しきりに首をひねって辺りを見ようとする様子。起き上がろうとして手足を拘束されていることに気づき、愛らしい顔に絶望の色が浮かぶ。


――ちくさー! あた、どっすんつもっ!! 


「何といってるんだろう」


「多分……『なんだ、ここは』、あと『ちくしょう、あたしをどうするつもりだ』ってとこじゃないですかね?」


「なるほど」


 僕たちの会話を聞きつけて、女の子はこちらへ顔を向けた。薫子先輩の姿をじっと凝視している。


「ごきげんよう。ここは私の研究所だ。君は――矢傷を受けて地面に倒れていたのだ。私たちがここへ運び込んで治療した」


 薫子先輩がゆっくりとそう説明する。女の子は震える声で「え……えんしゃん、たん……」とつぶやき、その顔に浮かんだ表情が絶望から畏怖らしき物へ変わったように見えた。


エインシェント・タング古典語でしょうかね? そんなとこだけ英語由来ってのも妙ですけど――大丈夫だよ、薫子先輩は君を助けてくれたんだ」


 僕が手ぶりで先輩の方を指し示しながらそう言った途端。女の子は「かーるこ!?」と叫ぶと、火が付いたように泣き叫び、もがきだした。


「かーるこ……まっじょ! おしまー! あた、おしまー!! ばらばら! どろどろ! じっけんざーりょ!」




「な、なんだかすごい恐れられてるようだが、彼女はなんと言っている?」


「あー。たぶん『薫子……魔女! おしまいだ、あたしはおしまいだ。ばらばらのどろどろにされる、実験材料にされるんだ!』 的なことを言ってるみたいな気がしますが」


「くっ……そんな風評なのか、私は? さすがに傷つくぞ」


 先輩がひどく落ち込んでいるが、これはコメントに困る。薫子先輩に関しての風評というか当地での伝説は、たぶん一部事実に基づいているのだろうし、彼女自身の口から語られた話だけでも、確かに恐ろしいとしか言いようがない部分もある。

 とはいえ、彼女をそうさせたのは僕なのだ。たぶん。


「ふう」


 ため息を一つついて、僕は女の子に話しかけた。


「心配しなくていいよ。薫子先輩はもう、君を実験材料にしたりすることはない。なぜなら、すでに研究の目的は果たしたからだ。それにさ、優しい人なんだよ、先輩は。この研究所に運び込まれた以上、君は僕たちの――なんというかな、身内とか、眷属とか、そういう扱いになる。大事にしてもらえると思う」


「う、うむ! そうだぞ! 少なくともあの商人たちのように弓で射たり剣で斬りつけたりはしないとも!」


「ほんとーか?」


 女の子は疑わし気に僕たち二人を見比べた。やがて、力が抜けた様子でうつむくととつとつと何ごとかしゃべりだした。


「あた、かわれた――あいつら。ばけつじっこ。おまら、あた、ねーちつける? もったくさっ?」


 理解しにくい文脈もあるが、おおよそ理解できる気がした。


――私はあいつらにバケツ十個と引き換えに買われた。お前たちはあたしに値打ちをつけるか? もっとたくさんの物と引き換えるだけの?


 なるほど、あのたちは、およそ人間の社会で存在する最も忌まわしい種類の商人だったらしい。


 彼女の言葉を通訳して伝えると、薫子先輩はすこし目を伏せてしばたかせ、やがてこういった。


「君の値打ちとなると、すぐには決められない。だが、とりあえず私たちと食事をしないか。同じ食べ物を囲んで、だ」

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