第11話 Breakfast in America
――本当に、これを食べていいのか?
「バケツ十個」さんは、あの母音を省略し音節を短く切り詰める当代風の「日本語」で、疑わし気に言った。彼女の言葉を逐一そのまま引用すると面倒なので、しばらく僕が適宜翻訳してお伝えすることにする。
ラボの一角にある、眩しいほどに白い内装のダイニングルームで、僕たちは食卓についていた。
彼女の目の前に置かれたのは、「マッシブスーパーフリーズドライ」方式で調えられた保存食料の一品、汁気たっぷりのミートローフだ。
薫子先輩が完全にここに引きこもる直前、今から百六十年前の最新技術で作られている。
適量の精製水を加えてレンジで二分少々温めるだけだが、ともするとボリューム感に欠けるここの備蓄食料の中では、トップクラスのおいしさだった。
――あたしにもわかるぞ。これはめったにありつけないような「
「なるほど、そうか。だが構わないぞ。好きなだけ食べていいのだ――私たちも同じものを食べる」
「おおお」
「バケツ十個」さんは感動でほとんど痙攣せんばかりになりながら、渡されたフォークでひき肉と野菜の塊を大胆な大きさにカットして、口に運んだ。
「んんああああああああ!!!??」
悲鳴にも似た声が上がる。膨らんだ頬の上で、両の目から涙がぶわっとあふれ出した。
――なんということだ、美味しすぎる。あの、実はあたしはやっぱりこのあと実験材料に供されるのでは……?!
「ああもう。最後の晩餐とか、そんな悪趣味なことはせんよ私は。いや、本当に安心してくれ。さしあたって私は君に、このラボの外に広がる世界について、これまで目が届かなかった範囲のことまで細かく教えて欲しいのだ」
「てうーと?」
「たとえばそう、君たちが普段食べている食物やその供給方法についてだな。私たちもこの先いつまでも備蓄品だけを食ってはいられん」
――もしかして、これはもうすぐなくなるのか!?
「そんなにすぐではないが、いずれはな」
どんよりと落胆した表情を隠さない「バケツ十個」さん。僕は彼女を元気づけるために言い添えた。
「大丈夫、薫子先輩は料理がとっても上手なんだ。新鮮な材料があれば、たぶんそれよりもっとおいしいものが食べられるよ」
――これよりも美味しいものだと……!
彼女は目を輝かせてミートローフをもう一きれ、口の中に押し込んだ。
食事を一通り終えると、コーヒーを飲みながらのゆっくりとしたインタビューが始まった。
「バケツ十個」さんの本当の名前は「ノゾミ」というらしい。姓はない。彼女はここよりずっと海よりの地域にある、保存状態のいい廃墟を拠点とする一族の出だった。
気の毒なことに、ノゾミたちの一族は強固な男系社会を形成していて、未婚の女の子は父親の「可処分財産」として扱われているらしい。ノゾミの父親は家長の権威を現す財物である「バケツ」を新規に手に入れるために、旅の奴隷商人に彼女を売ったのだ、という。
「バケツ……非常に奇妙に聞こえるが、なるほど、バケツか」
――バケツだけではないが、何かを保存し、貯えるための
翻訳してみて思うことだが、
薫子先輩は憤懣に頬をひくひくと痙攣させながら、辛うじてその感想を述べた。
「……なるほど。女子の社会的地位についてはとうてい容認できないものがあるが、す、少なくとも君たちの一族は、ある意味非常に人間らしい経済の観念をもって生活しているということになるな?」
――その通り! 父のようなえらい家長は、一族の若い男が独立して妻を迎えると、少なくとも三個のバケツないしそれに類する容器を彼に贈る義務があるのだ。あたしはその役に立てたんだ。バケツ十個――いいか、バケツ十個もだぞ!
意外なことに、彼女は自分の値段について語るとき、非常に誇らしげだった。
「なるほど分かったぞ。高井戸君、彼女たちの社会における
「僕たちは彼女にそれ以上の価値をつけることを期待されてるわけですね……」
人間の価値に対する感覚が違い過ぎて眩暈がする。だが、ともあれ彼女のことは厚遇すると、僕たちはすでに決めていた。
――だが、あの商人たちはどうにも悪い奴らだった。私はしばらくおとなしく付き従ったが、やつらはいつもどこかで不当に女子をさらおうと目論んでいた。
おまけに売り物であるはずの私を慰み者にしようと考えて、手始めに胸をむき出しにして歩かせた。さっきは今夜のキャンプを設営してから、いよいよ私を餌食にするつもりだったのだと思う。
「ああ、その様子は、実は私たちも見ていたのだ」
――そうか。うん、だから私は、奴らが仲間同士の情報共有に使う『ジュシンキ』を、隙を見て叩き壊したんだ。
なるほど、それで彼らはあんなに怒って、剣や弓で彼女に襲い掛かったわけか――
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