第22話 境内林の市場にて(3)

「ふむ、あなたの話は少し大げさだな」


 先輩がそういって微笑んだ。


「その、電気炉というのは多分、アーク放電を利用するのだろう? うちには小型のアーク溶接機があるが、あれと同じものだとすると……大変な閃光を発するはずだ。目をつぶすほどではないにしても、あれを見ながら鍛造や曲げ加工といった作業はできまい」


「や、いいねえ。要所をわきまえた反応をしてくれる人は好きだよ、こっちの話をうのみにする程度の手合いより、よっぽどね! 嬉しいな、こりゃ」


 志室木は本当にうれしそうに両掌をこすり合わせた。


「そのとおり、溶鋼にして鋳型に流すんでなければ――ええと、鋳型ってわかるかな?」


「うむ、分かる。続けてくれたまえ」


「おう……鋳型に流すのでなければやはりコークスとか木炭を使って緩やかに加熱する必要があるさ。実際、今どき作られる炉といえばまずそっちだ。だが、電気炉があれば粗鋼を得るのに燃料を浪費せずに済むんだ」


「うむ。で、その――黒鉛電極のありかを探している、ということなのだな?」


「そう」


「ふーむ、ちょっとその、相談したい。少し待っててくれ」


「わかった、ごゆっくり」


 人のよさそうな笑いを顔に貼りつけて、志室木はぼくたちが少し離れるのを見送っていた。竹馬スティルツごと近くの瓦礫の陰に入って、僕たちは可能な限り互いの顔を近づけた。先輩の息が僕の耳元をくすぐる。


「どう思います?」


 僕にはどうも、あの志室木という男がうさん臭く感じられて仕方がなかった。どこから来たのもわからないし、訊かなければこれからも明かさない気がする。

 何より――先輩が僕よりも前面に立って彼と話を進めているのが、なんだか軽んじられているようで嫌だった。


 つまり自分でそのくらいの感情は自覚できていたわけだが。まあ何というか、理屈はともかく虫が好かない。


 そんな僕の顔をじっと見て、先輩がにまっと笑った。


「ふふ、そんな顔をされると、君を頭から食べてしまいたいような気分になるな」


「……あのう。真面目な話なんでそこはお願いしますよ」


 食べちゃいたいほどかわいい、ということなんだろうけど、それは男子としてあまり素直に喜べない。


「……まあ、怪しげな男だとは思う。竹馬スティルツ一つ見ただけでこちらの水準をかなり正確に推測してくるあたり、油断がならん。そもそも電極を探すのは、私たちの依頼で炉を作る話とは関係なく、最初から彼が抱えているタスクだ――つまり彼にそれを依頼したものがいる、ということになるな」


「もしくは、それが彼自身の大きな目的に繋がっているのか、ってとこですかね」


 あの奴隷商人たちの武器などを見る限り、この時代の金属加工技術はずいぶん後退している。電気炉が実現したら、それは大きな革命になるだろう。

 それが目的なのだとしたら、そこに働いているのは人間の歴史を再び動かすといった崇高な意思か、あるいは工業力をもって覇権を握るといった貪欲な企図。そのどちらかであるにちがいない。


「まあこっちの方針はおのずと明らかだ。ラボはおいそれとは見せられん、だが金属加工用に何らかの炉は欲しい。そうだな……古い地図データで少し範囲を広げて検索してみるか。関東方面にはあまりそういう重工業の施設はなかったはずだが、ともかくこっちには崩壊前の情報にアクセスできる強みがある」


「じゃあ、協力する方向で行くんですね?」


「彼が自分で言う通りの技術を持ってるなら、この時代では得難い人材だよ。正直、どんな手を使ってでも仲間に引き入れたいくらいだが」


「どんな手を、って……あの、まさか」


 歴史の読本で読んだ、いささか隠微な話を思い出した。日本に鉄砲が伝来したころ――火縄銃の国産化のために、ある鍛冶師が娘を異人に差し出したというエピソードだ。


「やれやれ、またそんな顔をする……安心したまえ。私の身柄はその天秤には載せないよ。

 第一本末転倒じゃないか、にあらゆる摂理を捻じ曲げたというのに。まあ、いずれにしても今日は結論は出さん。結論を出せば『商談』になってしまうだろうからな」


「あ……」


「それに、『タブ』の話は確かに有益だったが、彼に協力するにはもう少し向こうの情報を搾り取ってやらんとなあ」


 先輩はそういうと、見たこともないような悪い顔をした。


「こう見えても私はな――身内の恥をさらすようであれだが、解柔院家の資産乗っ取りを目論んだを排除するために、法律とその実務を専門に学ぶ個体を並行で存在させたこともある。目的を果たした後は、その記憶も保存して継承させたが」


「えええ」


 なんと、一時代に二人の薫子先輩が存在したことがあるというのか!


「その、喧嘩とかしなかったんですか」


「するものか。どっちも私だぞ、同じ目的を持った――むしろあの時くらい心強い信頼関係を得られたことはなかった、と言えるほどだ」


 法律家の薫子先輩か。戸籍とか日常生活とか、どうつじつまを合わせたのか気になるが、とにかくそれはさぞ痛快な一時代であったことだろう。ダブルヒロイン、並び立つ最強ツインズ――


「だから、彼と交渉をするのは私に任せておけ。巧くやって見せる」


 そこまで言い切られると、僕にも反対する余地はなかった。その後しばらく細部を詰めて相談を進め、僕たちは志室木の前へ戻った。


「お待たせした。そのものずばりの情報はさすがに持っていないが、最近手に入れたジャンクの中に、多分古い地図データにアクセスできるものがあると思う。拠点に帰ったら精査してみよう」


「おお……そこまでしてくれるのか。ありがたいなあ……」


「私たちは今後、協力関係を維持すべきだと思うのだ。とりあえずはこの交易市の期間中、共に行動して親睦を深めようと思うのだが……いかがかな?」


 要するに、その間に彼の――被っているものであれば――化けの皮を剥いで、丸裸にしてからことを進めよう、というプランだ。


 志室木がそれに気づいた様子はなく、彼は大喜びで先輩の申し出を受けた。

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