第二章:Holidays In Eden

第14話 レイディオ ガ・ガ

〈二三〇二年五月二日です。こんにちは、関東文明放送が今月のトピックをお届けします――〉


「おお、始まった始まった」


「あ、『えんしゃん・たん』でしゃべってますね……!」


 新緑眩しい晴れた日だった。僕たち三人はそれぞれ竹馬スティルツを装着し、ラボから少し北へ離れた丘陵地へ足を延ばしていた。

 目的は周辺の情勢および資源の調査。それとラジオで「放送」を聴取することだ。

 

 災害対策グッズとして作られた手回し発電機付きラジオは、1134khz付近にダイヤルを合わせると、ややノイズ交じりだが明確な音声を出力し始めた。パーソナリティは名のる様子がなかったが、つややかな深いアルトの声質で、耳に心地よかった。

 

「これ、これだ。あたしが聴いたのもこの声だった。こんなことをしゃべってたのか、このラジオ」


 ノゾミは興奮した様子で、ラジオにかじりつかんばかりだった。

 この一か月と少々の間に、彼女には竹馬スティルツの扱いと僕たちの時代の日本語――彼女が言う「えんしゃん・たん」の聞き取りと発話を練習してもらった。

 そのせいで、以前にはぼんやりとニュアンス程度にしか分からなかった放送内容が、明確に理解できるようになったらしい。

 

「では間違いないな……『関東文明放送』か。中波帯域だから所在地はだいぶ遠いのかもしれん」


〈今月開かれる予定の交易市は、代々木公園跡で五月五日より十日間……五月二十日より平林寺境内林で七日間……〉


「月単位のスケジュールか。人間の営みはずいぶん長閑のどかになっているようだな。通信と移動の速度と規模にギャップが生じているらしい」

 

 先輩の声にかすかにため息が混ざったのに気づいた。嘆いているのだ。

 

長閑のどかってのはいい事かと思ってましたが」


「君はそう感じるかもしれんな。だがケースバイケースだよ、この場合はあまり良くないだろう。

 ラジオでこんな情報を流しているのなら、本来交易市の開催期間はもっと短縮できるはずだ。その方が売る側にはメリットになる」

 

「商売が長く続けられれば儲かる、って訳じゃないんですね?」


「そうだな。慣れない土地にキャンプをはって七日や十日も過ごすとなれば、その間消費する食料の準備もばかにならない。商品を抱えて一つ所にとどまれば、良からぬ集団に襲われる可能性だって高まるだろう。 

 だが、現に交易市は長期間の開催になっている。おそらく移動の日程に余裕を持たせるためだ。ほぼ徒歩に近いであろう移動手段、道中のトラブル、何らかの原因による遅れが、決定的な取引機会の損失にならないように。それにだな、このパーソナリティは『今月の』と期間を区切っただろう?」


「たしかに」


「おそらく、放送すべき情報を集めるのに時間がかかっているのだ」


「あー……」


 僕らの時代には情報の受信も発信も、スマホ一つで自由自在に行えた。ラジオ放送はもうメディアとしてはずいぶんと衰退してしまっていたが、やはりスマホを用いて番組にレスポンスを返すことが出来た。リスナーから寄せられた情報や意見、感想は、その場で、あるいはごく早いタイミングで同じ番組の中にフィードバックされていた。

 あの頃は、ラジオと言えど番組内容は日替わり、週替わりだったのだ。そうでなくては日々の目まぐるしい変化に対応できなかった。

 

「送信機が少ないんでしょうね」


「ああ。この間の様な粗雑な受信機はそれなりの数作れたとしても……送信機は難しいはずだな」


 ということは、僕たちが持っているインカムの様な双方向性の通信機器は、通信可能エリアは狭いとしても、局地的には非常に大きなアドバンテージになり得るのだ。何に対して、と言われるとちょっと悩むが――まあ、現れるかもしれない敵対者に対してだろうか。

 

 大事にしよう。そうしよう。

 

「平林寺というと旧埼玉県の新座辺りか。国分寺ここからだと代々木より近いな。準備期間も長めに取れる、見に行ってみる方向で考えておこう」


「市にいくの!? あたしも行きたい、連れてってかーるこ!」


「まだ発音が訛るな……かおるこ、だ。まあいいとも。ノゾミも私たちの家族だからな」


「わあい!」


 当初の畏怖心はどこへ行ったのか。ノゾミは薫子先輩にすっかり懐いている。思慕の三十パーセントくらいはシャワーで体を洗われて気持ちよかったのが理由ではないかと思う。

 つい余計な事まで想像してしまいそうにもなるが、平均二日に一回のシャワーの後で、互いの髪をタオルで拭いて乾かし合っている二人を見ると、ノゾミが実に安心しきった感じで幸せそうなのだ。


 まあ見ていて悪い気はしない。

 

「さてと、次は資源調査だな。今日は植物に重点を置いて回ってみようか」


「了解です」


 一口に資源といってもさまざまだった。金属については駅周辺を漁ればまだ、電車やレール、鉄骨に自販機の残骸などいくらもある。だが利用できるかといえばこれがなかなか難しい。

 電車などにはもっと早い時代に電動工具で切り出した痕跡が残っている。僕らの手元にそういう便利な道具はない。ラボにも、流石になんでもあるわけではないのだ。

 どこかで整備工場でも掘りだせれば、ヤスリや金鋸などが手に入るだろうが、当面それほど急ぐ課題でもなかった。

 

 食料品と医薬品についてはやや急ぐ必要があった。ラボの高度な機器や医薬品はいざというときの切り札だ。僕や薫子先輩にとっては、でもある。普段使いの医薬品として、漢方に使われるような生薬の形で補充できるものがあれば、というのが先輩の思惑だった。

 

 で、食料品について。

 動物性の肉などはともかく、植物由来の野菜などについては周辺の地域で探せるだろうと考えている。この辺りには、二十一世紀半ばを過ぎても、まだ個人経営の農家や家庭菜園が残っていたからだ。

 

 当時の栽培品が、何とか野生で細々と残っていてくれないか、と僕たちは期待していた。

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