第18話 野獣VSメカニズム(3:修正版)

 午前中に出発して、再び学校跡へ向かう。


「ちょっと心配な点があるんですけど」

 

 五.五六ミリ機銃が通じない相手に、麻酔銃が効くのか?

 その疑問をぶつけると、先輩はうなずいた。

 

「ああ、対人用の注射器では無理だろうな。だから今回は特に大型動物用に機材をセッティングしてみたよ。11型マーク・エルフの麻酔銃はカセット式で換装できるのだ。薬剤も昨晩のうちに動物用の物に入れ替えておいた。薬剤の強さと容量で、おおむね一発で対人用三本分相当だな」


 注射器が大型になったぶん麻酔銃の有効射程も短かくなるという。せいぜい十五メートルが限界ということだ。 


 11型マーク・エルフを先行させ、僕らは周囲の廃墟に身を潜めて動きを停めた。内蔵するドップラーレーダーが、はたしてエドエックスらしき大型獣の移動を検出する。 

 先輩は手元の端末を介して、ゴーグルの視界とマジックハンドのトリガー・レバーを11型マーク・エルフにリンクさせた。


「よし、これで11型マーク・エルフは私の一部となった。ではちょっと行ってくるぞ――」


 作戦開始だ。実際に動いているのは白い四脚ドローンだが、動きのリズムにどことなく先輩っぽさが現れた。ゆったりした優雅な足運びで、藪の中に分け入っていく。

 

 

 咳き込むような連射音とともに五.五六ミリ機銃が火を噴いた。

 

「やはりだめか、角度が悪いと弾かれる……だが、怒って突っ込んできてくれたぞ!」


 藪の向こうで、重量物がぶつかり合ってたてる鈍い金属音が響いた。壊れるんじゃないかと心配になったが――

 

「はは、その突撃はあらかじめ予想済みだ! それに人間狩猟機メンシェンイエーガーの装甲された脚部フレームを破壊するには、もはや戦車レベルの重量と火器が必要っ……!」


 先輩のテンションが大変に上がっておられるようなのだが、藪が邪魔で僕たちにはよく見えない。辛うじてわかるのは、エドエックスが突進を止められて11型の正面にいることくらいだ。

 

 そして空気が破裂するような鋭い音。

 

「よし、まずは一発! 高井戸君、ノゾミ、散開してくれ! 念のためもう一発撃ちこみたいところだが、強力な麻酔だ。誤射を食らうと人間には命に係わる」


 慌てて五十メートルほどその場から離れる。だが直後、先輩の声がインカム越しに飛んできた。

 

〈高井戸君、そっちに行ったぞ!〉


「げっ!?」


 振り向く――首の動きに連動して、後部のカメラセンサーが視界を補完すると、体長三.五メートルほどの巨大イノシシがこちらへ向かってきていた。まだ麻酔の影響もそれほどはっきりと現れてはいない。


(こいつに、尖らせた鉄パイプを投げつけるってことか……うまく刺さるといいんだけど)


 僕とノゾミの竹馬スティルツには、投擲に適した軽量タイプのマジックハンドを装備してある。あらかじめプログラムされた動きで投げるので、僕自身の右腕はビンディングから解放してフリーの状態に。

 いうだけなら簡単だが、実際には複雑で高度な制御だ。特に腕を振った速度がピークになるポイントでの、指関節のリリースが難しい。百六十年前の基準で見てもごく枯れた技術で作られているというこの竹馬スティルツだが、これでなかなか高性能なマシーンなのだ。


「……上からだな、これは」


 辺りにはクスやケヤキの大木に混ざって、昔の建物がいくらかまだ残っていた。崩れかけたマンションのベランダにマジックハンドの指をひっかけて、機体を階上へ引き上げる。

 足場がしっかりしているのを確認。右手のビンディングを解除し、イノシシめがけて鉄パイプを投げ落とした。

 

 ――刺さった!!


 急所ではない。おおよそ肩甲骨のあたり。内部へ深く刺さっているわけでもなさそうだが、それでも中空になった短い投げ槍からは、血液が脈打ちながら噴出し始めた。


〈上手いぞ、流石だ!〉


〈あー、タカイドが褒められてる! あたしもやる!〉


 ちょっと意外だったが、ノゾミは僕に対抗心を燃やしているらしかった。竹馬スティルツを走らせて明らかに速度が鈍ったエドエックスに近づき、二十メートルほどの距離を取って並走状態になる。

 民家の残骸が前方に位置していたが、ノゾミはあえてそれを跳び越えようとはしなかった。壁に沿って迂回し、小回りの利かないエドエックスを引き離しつつ誘い込む。

 地形を利用して側面へ回り込み、ビンディングを解放した右マジックハンドをフル回転させて鉄パイプを放つ。一本目は外れ――だが、ノゾミはめげない。並走を続けながらチャンスを狙い続けていた。


 後ろを確認すると、先輩はとどめ用の長槍(太めの鉄筋)を携え、11型とのリンクを切って慎重にこちらへ走ってきている。


 周囲の地形は、かつての大きな交差点あとに差し掛かっていた。鉄道線路の踏切だったらしい構造物と、さび付いた軌条レールが目に入る。


「先輩、ここで仕留めましょう」


〈そうだな、解体がしやすそうだ――〉


 とはいってもまだイノシシは、僕たちの生命を危険にさらすのに十分な力を残している。もう少しダメージを与える必要があった。

 走りながら互いの位置関係を確認する――今ノゾミがイノシシの隙をつくことができれば、右側面から有効打を加えられるはずだ。ならば。


「こっちだ、エドエックス!」


 わざと大きな声を上げ、速度を落として距離を詰める。鉄パイプを一本、イノシシの手前の地面にバウンドさせるように投げた。

 中空の鉄パイプは空き缶を蹴った音をもっと重くしたような、くぐもった響きを上げて宙へ跳ね上がり――


 イノシシがこちらへぐるっと頭を向けようとする。ノゾミは果たして、そのチャンスを逃さなかった。


 竹馬スティルツのマジックハンドがくるんと回転し、勢いのついたパイプを一直線に飛ばした。


「やった!」


 イノシシの右肩より少し前、首の付け根に深々と突き刺さったパイプ槍。その後端から、僕が撃ちこんだ箇所よりもはるかに大量の血液が噴出した。イノシシがくたりと膝を折る。

 ひび割れてところどころ崩れ、草の生えたアスファルトの路面に、その赤い液体が広がりしみこんでいく。後方から長槍を構えた先輩がゆっくりと近づいて来た。


 不意にイノシシが屈した膝を伸ばして起き上がる。

 エドエックスは先輩を僕たちの群れのアルファリーダーだと認識したらしく、恐ろしい勢いで突進を始めた。


「せ、先輩!」


 息をのんだ僕たちの前で、先輩は竹馬スティルツごと腰を落として低く構えなおした。槍の後端を地面につけ、そこを竹馬スティルツの足で押さえて固定した待ちの姿勢だ。


「――最後の力を振り絞るか! そうでなくてはな!」


(いや、待って先輩! それを槍で受けるのはいくら竹馬パワードスーツあっても男前すぎますって!)


 駆けだす。イノシシ猟の話をしていたから、馬上から突く要領かと思っていた。


 エドエックスの巨体は見積もって五百キログラムはあるだろう。突進の速度はおおよそ秒速十メートルくらいか。運動エネルギーの計算式はうろ覚えだが、時速三十六キロの軽自動車に激突されるくらいの衝撃であるはずだ。


 そのすべてを槍でイノシシに返せればいいが、もしもかわされたら。当たり所が悪ければ、牙が刺さらなくても大変なことになる。

 何とかしてスピードを殺し、あいつの突進をそらさなくては。


 僕は足を踏切り、再び竹馬ごと跳んだ。


(壊れるかもしれないな、竹馬スティルツ


 一瞬そんな考えが頭をよぎる。だが僕にとっては当然、先輩の方が大事だ。


 空中での姿勢制御をわずかにしくじって、狙ったはずのドロップキックは無様なボディプレス気味の着地になった。それも有効打には至らず、イノシシの毛皮を掴んで引きずられる形――だが、それで十分だった。


 状況の変化を見て取った先輩が槍を構えて数歩飛び出し、イノシシのちょうど心臓のあたりを脇から突く形になったのだ。

 

 それが、エドエックスの致命傷となった。

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