第17話 野獣VSメカニズム(2:修正版)

「高井戸君、お待たせした! 怪我などないかな?」


「大丈夫ですよ、先輩」


「そうか、そうか……それは良かった、安心したよ!」


 目の前に僕の満足な五体がまるまる見えているというのに、先輩はまるで母親か何かのように僕の身体を案じた。

 

「全く、とんでもない化け物がいたものだ……だが所詮は動物。先ほどは不意を打たれていささか算を乱したが、きちんと準備を整えれば元来イノシシごとき人間の敵ではない。次は思い知らせてくれる」


「先輩、セリフが悪役っぽいです」


「ははっ、君に厚切りのトンカツを食べさせるためなら、私は悪にでもなんにでもなるぞ――ノゾミはまだかな?」


 ――かーるこー!

 

「今来たみたいですね」


 駅の北側から、コンコースの崩れたアーケードを潜り抜けて、ノゾミの竹馬スティルツが姿を見せる。

 彼女が着ているスーツは僕たちのとは色違いのエンジ色で、周囲に生い茂ったクスノキの新緑に映えて、鮮やかだった。


「びっくりしたー。こんなに速く走ったことない」


 ノゾミは少し顔色を悪くしていた。どうも竹馬の速度と振動で車酔いの様な状態らしい。


 意外だったが、よく考えてみればうなずける話だった。彼女もあの奴隷商人たちも、足ごしらえは工業以前の段階まで退行したような粗末な履物で活動していたのだ。

 原始的な生活をしているからと言って、走り回れるとは限らない。釘やガラス片がいまだに点在する瓦礫の荒野では、移動速度はぐっと落ちる。


竹馬スティルツには少しづつ慣れてもらうしかないな……それで、ノゾミに訊きたいのだが。君の一族の男たちは、エドエックスを狩るのにどんな得物を使っていたのだろうか?」


「得物? んー、長いやつよ。棒の先に刃物ポントとりつけて、それで突く」


 ノゾミの語彙が少々奇妙だが、どうやら英語の「Point(穂先)」と日本刀ぽんとうが混交したものらしい。

 

「なるほど、槍だな?」


「あーそう、それそれ。男衆にはそう呼んでる人いた」


 ふむ、とうなずくと薫子先輩は周囲の廃ビル街を見回した。巨木と化した街路樹に半ばまで隠れ、それらは陽をさえぎる暗い影となってそびえている。

 

「少し探し物をするか……竹馬のマジックハンドで取り廻せそうな太さで、長さ五メートル程度の鉄棒か鉄パイプを入手したい」


「とがらせて槍にしようって訳ですか」


「そうだ。できれば中空でない方がいい。あと錆びたものは避けろ。それと、棒の途中に何か付属の突起物があればベターだな。

 中学生の時に家族で出かけたドイツで、中世以来の伝統的なイノシシ猟を見たことがあるのだ。そこで使われたイノシシ槍には、刺さり過ぎを防ぐために途中にストッパーがついていた」


「なるほど」


 ドイツかあ。そういえば薫子先輩、妙にドイツ語好きだよなあ。


「行ってくるー!」


 ノゾミはこのわずかな間の休憩で、元気を取り戻したようだった。竹馬を低速で走らせて、手近なビルの方へ向かって行く。


 

〈崩落の危険があるから、建物の中には入るな。あと、割れたガラスや構造物の落下にも気を付けて〉


 先輩がインカムで僕たちに指示を飛ばす。急に周囲のビル街が、見慣れぬよそよそしいものに感じられた。

 これだけ建物が残っていても、もはやここは人が生活する場ではない。これはもう、断崖そそり立つ岩山や、昼なお暗いジャングルと同質の場所だ。

 

 一時間ほど辺りを駆け回り、僕たちは再び南口の広場に集まった。

 収穫は十本ほどの長さも太さもまちまちな金属棒。崩れたビルの壁からむしり取ってきた鉄筋や、信号機の電力線を覆うようについていた、錆止め加工された鉄パイプといったものだ。

 中には、炭素繊維カーボンファイバーで出来た中空の物干し竿らしきものもあった。もし見立て通りだとしたら、よほど外干しにこだわる人が使っていたものなのだろう。

 

「それなりに集まったな。ひとまず全部持ち帰って、槍を作ろう」


「そうしましょう。あ、この電線を使って結束すれば、運びやすくなると思います」


 棒のほかにも、僕たちは役にたちそうな若干の資材をかき集めてきていた。その一つが、崩れた廃屋の屋内配線に使われていた電線だ。被覆のゴムは劣化しきっていたが、内部の銅線はちょっと断裂部分に緑青が浮いている程度で、比較的に状態がよかった。

 他には掲示板の枠に使われていたものらしい、アルミ合金製のアングル材とか、消火栓の鉄蓋とかそんな感じ。


「しかし、市街地はどうもダメだな、ほとんど何も残っていなかった」


 ラボへ戻りながら、先輩がため息とともに首を振った。


「ええ。もう少し色々手に入るかと思いましたが……」


 人の手がないところで放置されていた物はそのほとんどが湿気で錆びるかふやけるか、有機物にはカビが生えて分解され、石油化学製品は紫外線やオゾンの作用で劣化してしまったようだ。今都市で僕たちが得られるものは、本当にわずかな不銹性の金属材料か、石材代わりのコンクリート片といったところだろう。


「都市はエネルギー供給と商品流通が十分に行われないと、人口を支えられん。百六十年前の時点でもすでに郊外への流出が始まっていたし、多摩臨時政府とやらが活動していた時期からも、既に百年だ。生存者は多分、山間部で前近代的なごく小規模の生産活動に従事しているのだろう」


「なるほど」


 先輩の言う「国づくり」にはどうやら想像以上に時間がかかりそうだ。ノゾミたちの一族はもっと都心に近いところに住んでいると聞いたが、いったいどうやって暮らしているのか。彼女からの聞き取りも進めるとして、やはり一度は見に行く必要がある。

 

 ラボに戻ると、僕たちはありあわせの道具で棒を槍に仕立て始めた。ラボ内の設備補修用に買ってあった小型アーク溶接機を持ち出したが、先輩はしばらくマニュアルに目を通すとため息をついた。

 

「高井戸君。私は今とても後悔している。なぜ、まだ学校教育が行われているくらいの適当な年代で、一人分くらいは工業関係の勉強をしておかなかったのか、と」


「そんなの、仕方ないじゃないですか。人間だれしも、なんでもかんでもは習得できないんですから」


「それはそうだが、工業高校へ行かないとしても講習くらいは受けておくべきだったと思う。どうにもこれを安全に使える自信がない」


 イノシシ槍に適した形状にするため、先端を加熱して加工可能な状態にするつもりだったが、ここにはさすがに鍛冶場のような炉の類はない。思いつくところで役にたちそうなのは、この溶接機くらいだったのだが。

 

「ああ、この溶接棒とか言うのをいうなればハンダのように使ってくっつけるのか……当てが外れたな。あの火花を当てると鉄も切れるのかと思った」


 どうやら先輩はアセチレンバーナーか何かと混同していたらしい。困り顔がちょっと可愛い。


 結局、竹馬スティルツのマジックハンドに、オプション装備の大きな蟹のハサミのようなカッターを装着して、それで食い切ることにした。

 無理矢理に圧縮された金属が、ギキュウウウ、と耳ざわりな軋みを上げる。かなり不細工な感じになったが、細部はグラインダーで調えれば何とかなるだろう。


「あとは例の奴隷商人が使っていた鉄パイプを加工した短剣だが、あれのハンドルは、ほぼパイプのままだ。径の合うものを長柄にして、ドリルか何かで目釘穴を通すとしよう。つまり矛や袋ナガサの要領だ」


「なる、その方法がいいかもですね」


「どれも実に不細工な武器になるし、取り回しや耐久性が心配だが……」

 

「これが済んだら、なんとかして金属加工用の炉を作りましょう」


 やや出来合いにバラつきがあるが、三人分の長槍が完成した。短剣には少し短めの柄をつけて使うことにした。まあ、こっちはあくまで予備の武器だ。

 

 槍ができたところで僕たちはいったん睡眠をとり、翌朝からいよいよ再戦の準備を始めた。エドエックス狩りだ。


 

「作戦はこうだ。11型マーク・エルフを投入して、まず奴をいぶりだす。あれがテリトリー内に入れば、エドエックスは逃げるなり排除を試みるなり、何らかのアクションを起こすはずだ。そこで、麻酔銃を撃ちこんで行動の自由を奪う」


「あー、もしかして私が眠くなったあの毒矢みたいなの、この機械が撃ったのか?」


 ノゾミが余計なことに気づいたようだが、先輩は取り合わない。

 

「推定体重から考えて、五発程度撃ちこめば動きを鈍らせられるはずだ。これがまず第一段階。闘牛で言えば槍士ピカドールの役目だな」


「HOMO!」


 11型の機体から甲高い合成音声が響き渡る。たぶん、また先輩がオーバーライドして操作するはずだが、どうも時々こいつには独自の知性が備わっているかのような錯覚を覚える。


「で、高井戸君とノゾミには、距離を取りながら短く切った鉄パイプを投げつけて挑発してもらう。これも斜め切りになっているから、上手く刺されば失血効果が見込める。闘牛士助手バンデリジェーロの役どころだ」


 どうやら先輩は、ピカドールと正闘牛士マタドールの役を独り占めするつもりなのか――

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