第4話 Never let go
――やがて季節は巡り、期末試験をどうにか切り抜けた七月上旬。雨も昼から上がって珍しいほどさわやかに風が吹き渡る午後遅く。
薫子先輩が少し先を歩きながら、僕の方を振り返った。
「もうすぐ夏休みになるな。高井戸君は、何か予定はあるかな?」
「いや、今のところ特には……八月のお盆には一度実家に戻ろうと思ってますけど」
「ああ、そっちは八月なのだな。うちでは七月に済ませるのだ」
「ああ、じゃあもう、すぐですね」
「うん……ああ、話がそれたが、その……休みに入って最初の日曜日にだな――」
僕と薫子先輩は、放課後最寄りの駅前まで一緒に歩くのが日課だった。彼女の家からはリムジンが迎えにやってくるし、僕はそこから学校近くの男子寮まで歩いて戻る。駅前までは不肖僕が
その日も、蜜色に染まった初夏の夕空の下で、僕らはそんな時間を過ごしていたのだが――
奇妙なものが視界をよぎった。駅前のビル街を縫うように、軽快な動きで飛んでくる、一機の四軸飛行ドローン。
この種の物には厳しい法規制が敷かれているのだが、それでもニュース映像の撮影やちょっとした荷物の配送、はたまた不特定多数相手のティッシュ配布まで、様々な用途で飛び交う姿を街中でたまに見かける。
だが、そのドローンはどうもおかしかった。
機体のあちこちにまがまがしく灯った赤いLEDランプ。時折地表をスキャンする、照準レーザーらしき光点の動き。数日前にニュースになった、中東での低空飛行体によるテロが思い起こされた。
ハッと気づく。僕の隣にいるこの人は、国内外の政治、経済に大きな影響力を有する一門の、いわば次の「女王」ではないか。
よもや――そう直感した瞬間、既に僕は渾身のジャンプで空中に身を躍らせ、彼女とドローンの間を遮っていた。
「先輩、危ない!!」
その刹那、パァン、と空気の爆ぜる音。視界を彩る閃光と、全身を貫く衝撃があった。何か灼熱したものがいくつも体を突き抜けたようだ。
口の中に血の味がした。目が見えない。腰から下の感覚がない。即死ではないが致命的な負傷だと思えた。
「高井戸君! 高井戸君!!」
薫子先輩が僕に取りすがって、何度も僕を呼んだ。だが返事ができない。喉が血液でふさがりかけている。
彼女がスマホを取り出して救急車を呼ぶ気配がするが、僕がそのサイレンの音を聞くことは多分、もはや無いだろう。
急速に遠のいていく意識。胸の上で何度も衝撃を感じた。たぶん彼女が心臓マッサージを試みている。唇がこじ開けられ、たまった血液を吸いだし、あるいは指でかきだして、代わりに彼女の温かな呼気が吹き込まれているのもうっすらと解った。
そして、耳元で叫ぶ声――
「くそっ……高井戸君、逝くな! 私を一人にしないでくれ! 私がやっと得た、ただ私という個人を見て愛してくれる相手を……失いたくない! 人間が、個人の間で結ぶ愛情というものの意味を……! それが人生になにをもたらすかを……君が教えてくれるのだと信じていたのに!!」
そうかあ。そんな風に思っていてくれてたのか。
先輩。その言葉だけで、僕はもう十分ですよ――そう告げてあげたかった。
だが彼女の言葉は次第に、呪詛ともっとまがまがしい何かに変わっていくようだった。
「ああ……君をこんな目に合わせたやつを、私は絶対に許さないぞ……そして、私はあきらめないぞ。科学に魂を売ろうとも。いかなる罪を負うことになろうとも。必ず君をこの手に取り戻して見せる……だから……」
「私にどうか、時間をくれ」
彼女のその言葉を最後に、僕の意識はかき消えた――
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