第42話 棚上げされた、その商売

「ショウゴ、おまーかんけなっ。これ、一族のもんだー」


 ツバサが声にいら立ちをにじませて、その若い男を睨む。「お前には関係ない、これは一族の問題だ」ということらしい。


「そりゃそうだ。でも、彼らに先んじて交渉に入ってた以上、僕としてはそっちのゴタゴタで進展が止まるのは面白くないからね。それに、彼らが本気になったら君たちの武器じゃ絶対敵わないと思うよ」

 

(へえ。ずいぶんと、理性的な……)


 どうやらこのショウゴという少年はここの集落の人間ではなく、どこか他所から来たらしい。ノゾミたちが「えんしゃん・たん」と呼ぶ旧時代の日本語に近いものを話しているからには、僕たちや志室木と同じように、どこか文明の残滓が多く残る場所から来た、というところだろうか? 

 

 何にしても、直接話してみないと詳しいことは分かるまい――

 

「こんにちは。僕は……カズマだ。僕たちは――北の『文明放送』から頼まれてここへ来た。商人じゃなくて使節ってところだね。君は?」


「あ、こりゃご丁寧にどうも。改めて自己紹介しよう。僕はショウゴ、商人だ……といっても、今は商うものが何もないんだけどさ」


 彼は頭を掻きながらそういうと、少し斜め前方の足元を見るようにうつむいて肩をすくめて見せた。

 

「商うものが、ない?」


 なんだそりゃ。そういえば、近くには荷車も彼の仲間らしき集団も見当たらない。

 志室木のように一人で旅をしているのだろうか? それだと商売をするには随分と制限がかかりそうだが。

 

「いやあ。困ったことに、ここに来る前に野盗に襲われて、仲間は散り散りになるし荷物は奪われるしでね……とんだ災難だったよ。君たちが使ってるような機械カシャカシャでも用意しとけばよかったんだろうけど、なかなかそうもいかないからさ」


「そりゃあ、何と言っていいもんかな……どうも」


 僕が応答に困って言葉を濁すと、ショウゴは自嘲の色を浮かべながらツバサたちの方を手で指し示した。


「ま、仕方ないから次に来るとき楽ができるように、ツバサたちと親睦を深めてるってわけさ」


「……おれ、まだ族長おっさでなー」


 ツバサはぼそりとそういうと、仲間に身振りで何か命じる。すると、若者たちは槍を元のように立てて僕らの周りから三歩ほど距離を開けた。

 

「大丈夫さ。僕も協力するから、首尾よく次の族長になってくれよ」


 陽を浴びたリンゴのような笑顔でそう請け合うと、ショウゴは踵を返してオリンピック公園の奥へと歩き出した。数歩行ったところで僕たちを招くように、肩越しに振り返る。

 

「僕が案内しよう。彼らはまだ、用事が済んでないみたいだからね。コーエンここはこれでなかなか、いい所だよ」


 ――そう! コーエンいいとこ!

 

 ノゾミが賛意を込めて頷き、僕は志室木を追い越して前へ出た。彼と薫子先輩は沈黙を守っている。

 やがて木立の向こうに、ノゾミの一族が起居しているらしい幾つもの小屋が見えてきた。競技場の遺構はどれも半ば崩壊してむき出しの土がそこここに露出し、あちこちに簡素な畑が並んでいる。

 

 そこに植えられているのは、犬のしっぽのような形の穂をつけた丈高なイネ科めいた植物だった。先輩がそれを手に取ってしげしげと眺めた。

 

「なるほど、どうやらこれがネコネコ麦か……栽培されている植物そのものには、初めてお目にかかるな」


「あ、これが? ……僕たちが知ってる栽培種のアワほどじゃないですけど、確かに大きな穂ですね」


 歩調を上げて僕のすぐ隣に並んだ先輩が、そんな話をしながら通信機インカムで全然違うことを伝えてきた――

 

〈高井戸君。少し気になったのだが……あのショウゴとか言う男、警戒を怠らん方が良さそうだぞ〉


「ん……やっぱり? 竹馬スティルツ見る目もなんか嫌な感じだし。さっきは先輩の事もすごい鋭い目つきで見てましたしね……一瞬だけど」


〈ふふ。他の男の視線に敏感な意識が向くか……ちょっと女心がくすぐられるな。だが彼はどうも、私というより竹馬――もっというと竹馬に積んであった『コームのナタ』を見ていた気がするのだがね〉


「あれを……?」


〈そう思えた。まあ、物騒な得物だから目が行く、と考えれば当たり前かもしれんが……〉


「……よく分からないけど、気を付けていきましょう」



 行く手に、壊れたパラソルのような形の屋根を持つ建物の残骸が見えた。そちらがどうやらここの中心地部らしい。そちらへさらに足を踏み入れると、ちょっと予想しなかったものが目についた。人間の背丈ほどの直径がある、黒光りする鉄製の壺のようなものが四角い広場の一角に据えられているのだ。

 その物体は膨らんだ胴体の下半分、底へ向かうにつれすぼまっていく形をした部位を廃コンクリートの塊で築いた土台に接地させ、壺の口を斜めに空へ向けられていた。 

 台座の下では火が焚かれ、壺に沿って煙が這い上がっている。どうやら何かを熱するための道具として使われているらしいそれは、よくよく見ればコンクリートミキサー車のドラム部分らしいと分かった。

 

「ノゾミ、あれは何だい……?」


 僕はノゾミのそばに寄って行って、それが何のためのものなのか尋ねた。

 

「ああ、がろんがろんのこと? あれはね、水をするの……普通はロカッキでこしてから鍋で煮るけど、一度のたくさんいるときはあれ、使う」


 ふむむ。この近くには自然の川とかはないようだが、水はどこから手に入れているのだろう? 確か古い地図データでは、ここから少し南に小さい水泳プールがあったが。

 ノゾミを保護した当時、彼女の体が予想以上に健康で、寄生虫や感染症の兆候がないことを先輩が確かめていたのを思い出す。彼らはどうやら、水をこまめにろ過、消毒することを知識として継承していて、それによって衛生状態を良好に維持している――そういうことらしかった。

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培養カプセルを抜けだしたら、出迎えてくれたのは僕を溺愛する先輩だった 冴吹稔 @seabuki

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