Journey through the Decayed

第31話 この場は101

「学校みたいな、ですか……」


 志室木は少なくとも、学校がどういうものかを知ってるという事か。


「志室木さんの故郷には、学校はなかったんです?」


「やー、あんまり詮索してほしくないんだけどね、その辺は。まあ俺の古巣ってのは、古くからの知識を伝えてるけど、学校をやるほど規模は大きくないんだ」


「じゃあ、誰かについて一対一で教えを受ける、みたいな?」


「ああ、そんな感じ。はっきり言ってしまえば、もう消えかけてる集団さ」


「……興味出てきますね」


「まあ今はこのくらいにしておくよ。どうも俺は君たちにまだあんまり信用してもらってないみたいだしねえ。あれだ、まだ大分いろいろ隠してるんだろ?」


「……それは志室木さんも同じなんじゃ?」


 志室木が平林寺で語ったことを思い出す。旅から旅、あちこちで鍛冶屋兼電気技師のようなことをして回っている、ということだったか。

 もしかすると、同じ出身地の人間が何人か、似たような感じで輩出しているのだろうか。あるいは、文明放送の創始者というのもその一人とか?

 

 だとすれば志室木が竹馬スティルツを知っているのにも納得がいくが――ではなぜ彼は自分用に竹馬スティルツを持ち出していないのか。

 どちらが特殊なケースなのかもしれない。くだんの女性が不法に盗み出したのか、それとも志室木がイレギュラーな出奔者なのか。

 

 志室木は顔にざぶざぶとお湯をかけて洗い、すっかり暗くなった空を見上げた。


「……文明放送の拠点へ行く間に、できればもっと腹を割って話せるようになりたいね。ま、そろそろ上がりますか、お湯が本格的に冷めてきた。さっきの要領で薫子さんたちに追い炊きしてもらうこともできるだろうけど、キリがなさそうだ」


 脱衣所に向かって歩き出す志室木に、僕は叩きつけるように声をかけた。

 

「志室木さん!」


「なんだい?」


「僕は、薫子先輩と――今はこんな宙ぶらりんな、言葉上だけのことですけど……必ず、ちゃんと結婚しますから」


「ああ、ぜひそうしなよ。多分、あんな女性は今この世の――ああ、いや」


 と、志室木は急に首をかしげて言葉を濁した。

 

「あんな女性は、めったにいないと思うよ。手を放しちゃダメだぜ」


 振り返って笑った彼の笑顔が妙に意味ありげだったせいなのか――その夜寝袋に入った後も、僕は少し寝つくのが遅れた。



 翌日。

 

 目が覚めると――保健室の骨組みだけになったベッドの上に寝袋を置いて寝ていたのだが、天井に照明が灯っていた。

 

「え、なんだこれ」


 体を起こす。一瞬荒唐無稽な想像をしてしまったのだが、べつに現役高校生だったあの頃に戻ったわけではなかった――だいたいここ、小学校だし。

 薫子先輩が養護教諭のデスクに頬杖をついて、ラジオに耳を傾けているのが目に入った。

 

「起きたか、高井戸君。びっくりしただろうな。志室木氏が朝早く起きて、屋上の発電機を修理してくれたようなのだ」


「……なんと」


「まあ修理と言っても、風車の羽根をいくつか外して重量バランスを取り直して、回転するようにしたくらいらしいが」


「なるほど。ああ、それなら僕らでもできたかも……」


 発電機の状態を最初に見た時点で思いつかなかったのが、なんとなく悔しい。


「というわけで、電源さえ取れれば、あとは未使用の照明用LED管を探し出せばよかった。蝋燭や油脂ランプも風情があるが、光源としては不安定だし目に悪いからな。屋内配線の漏電が怖いが、まあここの屋内に可燃物はほとんどない。今日一日使うくらいは大丈夫だと思う」


 漏電は嫌だなあと思いながら、先輩をぼんやりと眺める。

 

 先輩は今日はウイッグを外していて、髪の先端が肩のあたりを彷徨っている様子が妙に軽やかで新鮮だった。そして、彼女はその辺りのロッカーから探し出してきたような、少し裾の方が変色した白衣を羽織っていた。

 

 白衣のデザインはラボで着ていたものとは違い、前面のボタンがシングルでゆったりしていて、裾もひざ下まである。

  

「先輩……そうしていると、なんだか保健室の先生って感じですね」


「そうだな。ここには体温計も舌圧子舌押さえヘラもないし、絆創膏の一つもないが……いろいろ余裕ができたら、ここで診療所のようなことを始めるのも悪くないかもしれん」


 そういえば、先輩は僕の再生のために、初代時点では医者としての経験を積んでいたはずだった。

 

「先輩って、臨床の経験もあるんでしたっけ?」


「まあ、少しはな。それはそうと、電源が復旧したおかげで、竹馬のバッテリーも充電できる。それがすんだら、適宜出発するとしようか」


「ですね、そうしましょう」


 さて、その後しばらくあれこれと準備をしていると、僕は妙なことに気が付いた。

 先輩の姿がどこかへ消えているのだ。

 

 叫びだしたくなるような不安に耐えつつ、通信機インカムのスイッチを入れて呼びかける。


 拍子抜けすることに、すぐに応答があった。

 

〈ああ、高井戸君。ちょっと急ぎかつ内緒の用事があったので、黙って離れていた。心配をかけてすまない。例の『イノシシの門』のところに出て待っててくれ〉


 何ごとかと思いつつ、指示に従ってあの塀の切れ目で待つ。やがて、先輩の竹馬ともう一つ、低い姿勢で動く四脚のマシーンが現れた。

 

「あれ。先輩、それは」


「この拠点を守らせるために、新たにもう一台人間狩猟機メンシェンイエーガーを起動して連れてきた。シリアルナンバーは101だ」


「そりゃあ、思い切りましたね……」


「この間のような野盗に出くわした時、竹馬スティルツだけでは心細い気がしてな」


 先輩は101に周辺哨戒のコマンドを与えると、入れ替わりに138を呼び寄せた。ここを一週間守っていたお馴染みのやつだ。

 

138こっちのAIの方が経験をいくらか余計に積んでいる。弾薬を補充して、こいつを川口へ連れて行こう。移動速度を合わせる必要があるが」

 

 それでも川口までは一日あれば着くだろう。何より、移動速度を落とせば荷台に志室木を乗せなくて済む――ちょっと意地悪くそんなことを考えながらも、僕はこの先あの男がますます重要なポジションに食い込んでくるのを予感していた。

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