第24話 志室木庵という男(2)

「お願い、とな?」


 僕が通訳して彼らの言葉を伝えると、先輩は微妙な表情で眉をしかめた。


「私たちは見てのとおり三人しかいない。何か頼まれてもご期待に沿えるかどうかは分からん……だが、まずは話を聞かせてもらえるかな?」


(聞いちゃうんですか、先輩――)


 ラジオで「えんしゃん・たん」が流れているせいか、「寺院シュライン」の門徒メンバーたちは、こちらの言うことが分かるようだ。聞きとりヒアリングに関してはさほど支障ないらしい。


 彼らの話というのはこんな具合だった――


 ――周辺に派遣している斥候が、野盗集団について気になる報告をしてきたのです。普段よりも大きな規模の部隊が動いていて、この市に集まる物資を狙っている可能性がある、と。


 さもありなん。志室木から聞いたような野盗の勢力がいるなら、当然懸念される問題だった。


「ふうむ。あなた方はこの地域の経済活動を実質的にコントロールしていると、私は理解している。当然あなた方はその備えはしているのではないかな? そのうえで、自力だけで済まずに私たちに頼もうというのはいったい?」


 先輩はいつになく用心深く、相手の出方を探るようすだった。ラボから遠く離れているのがやはり心細いのかもしれない。


 ――われわれ「寺院シュライン」もまとまった数の武装人員を擁してはいるが、市が行われる平林寺大門前通りの範囲は見ての通りたいへん広く、局地的に対応が遅れて、集まっている交易隊に被害が及ぶかもしれない。だが今後のためにもできればそれは避けたい。

 あなた方の持っている機械は少数でも大人数の暴力に対処するだけの力があるとお見受けする。前面に立て、などとは申しませんが、警備に一役買っていただけるとありがたい――


「うーむ……」


 先輩の表情がさらに渋くなった。相手の要求に付け込むつもりなら、ここでかなりの利益を引き出せそうだ。しかし、そのためには僕たちの生命と身体の安全を一定以上の危険にさらすことになる。難しいところだった。

 

 と、意外にも志室木がそこへ口を挟んできた。


「や、ちょっと待った……それは『商談』になるんじゃないか? あんた方はこちらの高井戸ご夫妻に、『今日一日は商談をしない』と約束させたはずだ、そちらからそれを破る、というのはちょっと反するんじゃあないかね――その、ホトケの御心とかいうやつにもさ」


 寺院シュライン側の数人が、それを聞いて酢を飲んだような顔になった。(なお先輩は『高井戸ご夫妻』というフレーズに、頬をうっすらと染めて口元を緩めていた)


「ぬんむ。たしかっ、そんとーり――わららとしとっこが……」


 確かにその通りだ、我らとしたことが、と言いたいらしい。


(あー、上手いなあ志室木この人。先輩の約束はあくまで『自分たちと志室木の間での商談を凍結』だったはずなのにな。まあもともと「開催前は商談を禁止する」というの彼らのルールではあるけど、それをこんな風に寺院シュライン側の失点として認識させちゃうわけか)


 そして「仏の御心」という彼らの内心の道徳律に照らしても、その失点を看過できないものと位置づけさせてしまったのだ。


「まあ、そうは言っても事が事だ。ここはあんた方から、高井戸さんに相応の報酬をまず提示すべきだよな。そうだろ」


「ま、待ってください志室木さん。僕たちはまだ、彼らの要請に応じるとは――」


 あまり勝手に話を進められるのは困る――そう思って僕が釘を刺そうとすると、先輩が鋭い視線で僕を制した。


「いや、高――和真。ここはひとつ、彼らに恩を売っておこう。案外、ただ交易をするより大きなメリットを得られるかもしれん……我々の目標は高く遠い。手始めに協力関係を築ける地元勢力として、この『寺院シュライン』はまあ妥当だと思うぞ」


「そ、そうで――そうかな?」


 志室木の「高井戸夫妻」発言についのせられる感じで、僕も先輩も互いに二人の実際の関係性よりもちょっと脚色した言葉で呼び交わしてしまった。

 くそ、名前呼びとかタメ口とか、それだけのことなのにこれが甘美すぎる――


「大門前通りが広範囲にわたる、と彼らは言っている。なら、我々は竹馬スティルツよりもむしろ、まず通信機インカムの機能をもって市の警備に貢献できるだろう」


「あ、なるほど」


 先輩の考えていることが何となく僕にもわかった。例えば大門前通りの両端部にそれぞれ僕と先輩が位置取りして、何か異変があったら周辺の寺院メンバーを連れて互いの近くまで移動するのだ。分散警備から集中対応への変化がスムーズにできることになる。たぶん。


「あとは長柄の武器を装備しておけば、リーチの差で野盗どもの攻撃が私たちの身体にまで届くことはまずあるまい。用心すべきは弓ぐらいだな。あとは――まずないと思うが――こちらのあらゆる対策を無意味にするような、でたらめな戦闘能力を持つ個人とかか」


「ヤなこと言わないでくださいよ」


 そんなアクション巨編コミックに出てくるような化け物に遭遇したら、僕たちは逃げの一手に決まってる。冗談じゃない。


 さておき、その後の交渉は、ほぼこちらが主導権を握った。

 癪に障ることに、志室木と先輩のコンビはこういう交渉事にはうってつけ、というか嘘のように息があっていて――僕は後半、ノゾミと肩を並べて無言で事の推移を眺めるだけ、という体たらくだった。


 七日間の間警備の一員として立哨し、その間の食事等は「寺院シュライン」もち。

 一日当たりタブ百個を報酬として受け取り、こちらの交易品は――彼らの期待に反してその内容は仔豚三匹とエドエックスの燻製肉五十キログラム、学校跡で入手した少々錆の浮いたバケツに、駅周辺で見繕った使い勝手のよさそうな鉄スクラップといったものだったのだが――寺院側が責任をもって買い手をあっせんする、という契約になった。

 僕たちの安全については、盾を持った屈強な門徒数人がそれぞれ周囲を固めることでひとまず落ち着いた。


「まあ、こんな物じゃないかな。悪くないだろ?」


 志室木がひょうひょうとした顔で笑う。すこし腹立たしい。確かに想定以上の利益を引き出したが、僕たちが危険を冒すことには変わりがない。


11型マーク・エルフを連れてくるべきだったか……」


 先輩がそうこぼした。彼女にだって予期せぬ事態というものはあるし、こんな風に後知恵で後悔することもあるのだ。そんなことを考えて、少しだけほっとしたのだが。

「まあ案外、こんなところが私たちの国家建設の旗揚げということになりそうだな。せいぜい威を示し、名を売ろう」


 薫子先輩はやっぱり薫子先輩で、強気で、誇大さが妄想でとどまらないパワフルな人であるのだった――困ったものだ。

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