第36話 マグリブ人の狡知

「何だ、やっぱり親戚かあ。引き合わせたときにびっくりさせるつもりで黙ってたけど、そんなことならさっさと説明しとけばよかった」


「うむ。秘密を持つのは心地よいものだが、度が過ぎると混乱を招くな……私たちも気を付けよう」


 蚊帳の外に置かれたのを根に持ってぼやく志室木に、先輩が巧妙に話を合わせていく。お気の毒に志室木さん、あなたまだ蚊帳の外なんですよ――

 

 文明放送に着いた日の夜、僕たちと平家母娘は内輪だけでささやかな宴席を設けて過ごした。ラボの存在とその詳細については触れない、と決めたうえで志室木とノゾミにも同席が許された。 

 僕たちと光子は所在を秘匿されたとあるコミュニティの出身だが、光子が旅立った時代は僕たちが生まれるずっと前だったため、お互いに面識はなく、その存在も知らなかった――対外的には当面そういう設定で行くことにしている。

 

 志室木に対してもそれで通しているわけだが、彼はいずれ桜子嬢から真相を明かされることになるかもしれなかった。

 二人は今のところ、文明放送のリーダーとその依頼を受けた残存文明探索の請負人で鍛冶師、というごくビジネスライクな関係を保とうとしている。だがはたから見てもそれ以上の関係になりつつあるのは丸わかりだ。

  

 知的水準も同レベルで年齢もつり合い、容姿もそこそこ魅力的(桜子さんはもちろん母親譲りの素晴らしい美貌の持ち主だ)。距離は今後も縮まっていくことだろう。 

 ラボに関してノゾミからの情報漏れだけが心配だが、先輩と伝説の魔女カールコがほぼ同一の存在であるという事実は、ノゾミにとって庇護下にいることの安心感と圧倒的な恐怖をない合わせに植え付けていて、彼女の言動はかなり抑圧されているようだった。

 

(さすがにちょっとかわいそうなので、いずれ先輩にその辺のケアを申し入れたい)


 光子が自室から出てきて一緒に食事をとることは本当に久方ぶりだということで、桜子嬢はひどく嬉しそうだった。

 だが、寺院シュラインからのメッセージを伝えると、にわかに母娘の表情が渋いものになった。

 

「そう……野盗が、ラジオ受信機をね」

 

 桜子嬢がそういいながらテーブルから立ち上がり、別室へ行って何か紙束のようなものを持ってきた。


「高井戸ご夫妻、メッセージを運んでくれてありがとう。誰でも受信機さえあれば聴取できて、有効に利用できる情報を定期的に流す、というのが文明放送うちの方針なんだけど、確かに野盗は排除したいわ」


「ううむ。普通の交易商人にとっては市場の開催情報だが、野盗にとっては獲物の集まる格好の狩場の情報が、無償で提供されてるに等しい。同じ情報でも受け取る人間によって、利用価値とその在り方が変わるということだ」


 そんな物言いまで、光子は薫子先輩にそっくりだった――いや、この人もまた薫子先輩なのだ。存在する位相フェーズが違うだけだ。

 

「いま関東一円でうちの放送を受信しているラジオは、実のところうちで製造したものがほとんど。これはその製造と販売の記録よ」


 そういって桜子嬢が、手にした紙束をぽんと叩いた。

 

「まあ、なんとなく持ってきただけで、これを見たからって何か有効な対策を思いつくってこともないでしょうけど……」


「いや、そういうのは重要だと思いますよ。少なくとも考えのとっかかりになる」


 志室木がもっともらしく顎に手を当ててのたまった。


「僕にも見せてください、その記録」


「どうぞ」


 渡された紙片の数枚を手に取った。やや変色しているが保存状態のいい、おおよそA4サイズの中性紙に、文明放送で販売したラジオ受信機数種類の仕様と数量、販売先といった細目が取引ごとに粗製のインクで記録されている。

 

「仕様が結構バラバラですね」


「ああ、流石に電子部品――トランジスタやダイオード、可変コンデンサバリコンといった部品を一から作るのは無理だからな。神田方面まで遠征して、発掘した電子部品の中から使えそうなものをそのつど見繕ったのだ。同じ仕様のものが一度に十個も作れれば、まあ万歳だよ」


 なるほど、そういう事情か。

 

「それにしてもよく作りましたね、ダイナミックスピーカー搭載・無電源式ゲルマニウムAMラジオ(※)なんて」


「なんだその矛盾した仕様は」


 先輩も目をむいてくちばしをつっこんできた。言いたい事は僕と同じだ、よく解る。

 

 無電源ラジオは普通、イヤホンで聴く。スピーカーで音声をオープンエアに出力するには、一定の電圧と電流量を賄う電源が必要になる。

 つまりスピーカー搭載と無電源は、基本的に相矛盾する仕様なのだ――


「ふふふ、すごいだろう。乾電池や充電池などもおいそれと規格品を作れるような工業レベルではないから、そういう仕様にせざるを得なかったのだがな。変圧器トランスによる昇圧を利用するのだと、孝成は言っていたよ」


 まあそういう抜け道はある。あるが、それにもまた技術的な問題がさまざまにあって――うん、旦那たかなりさんすげえ。

 

「まあとにかく、これを野盗に利用させない方法、ですよね。電波の帯域を変える、とかですかね」


「それだと一般の利用者にも不自由をさせてしまうな……」


「じゃあ、野盗のだけ、だまして取り上げるとか?」


 ほう、と唸ってダブル薫子先輩が同時に僕の方を向いた。

 

「いい線ついてくるではないか、流石は私の和真だ」


「襲って強奪とかそういう手荒な手法でないのは実に良いが……どうやろうというのだ?」


 うーん、この同じ声が左右から聞こえてくる謎の環境。思えばこれ、薫子先輩も三十年経ったらこんな感じになるのか。参考になる――あ、いやそうではなくて。

 

「やり方は今から考えますけど、うーん、そうですねえ……」


 首をかしげて考える。ふと、生前に父が話していた、昔――祖父が若かった頃の時代の、笑い話を思い出した。

 

 とある電機メーカーが作る製品が、丁度保証期間が切れたころに故障が頻発するようになっていたのを「『○○タイマー』が搭載されている」などと揶揄していた、というのだが――うん、これは使えるかもしれない。

 

「こういうのはどうでしょう。『不具合が発生することが判明したので、回収して新品と交換します、こちらまで持ってきてください』って感じの告知をですね、放送で流すというのを思いついたんですけど」


 ほほう、と唸って、またダブル薫子先輩が同時に僕の方を向いた。


「『アラジンの魔法のランプ』の後半で、悪い魔法使いがランプをだまし取るために使った手だな。面白い」




註:執筆中に調べたところ一応製作可能なものであるとのこと。鉱石ラジオでググってね

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