第15話 太陽と月の衝突
ハナサキ族の始祖が秋と冬で空を覆い、生命の睡眠本能を作り出した。
ときが過ぎ、トビヒ族の始祖は冷たい大地を春と夏で彩り、生命の五感を育んだ。
四季を何千も繰り返すことで、
両族の始祖の遺骨が土風よりも細かくなったころ、西南の果て地で人間の営みも始まった。
石、木、鉄と人間の武器が変わり、科学文明の発展とともに天然の元素を捨てた。
南から北へ、西から東へと人間の戦に合わせて両族は住処を縮小させた。
ある代の両族長は、本来の姿を人間の戦に利用されることを恐れ一つの決断を下した。
生まれた姿により生涯を送る世界を分かつ。
ハナサキ族は空の穴へ、トビヒ族は杜へ。
人型で生まれた両族は集団生活から単独行動へ。
有事に限り両族間で協力することを、互いの眷属名を血に刻み新しい生活へと踏み出した。
地上に降り立ち数億年後、二十世紀の開幕と同時に、人間界におけるハナサキ族とトビヒ族の静かな戦いが始まった。
「やだなー村雨さん、生身の人間に
軟式テニス・ボール大の濁った光が広がり、瑚子の顔面を覆う。
「え、チョウさん
「危なかとはあんたよ、村雨さん」
金切り音で体が揺れ、瑚子のガラケーが土壌へ飛び込んだ。スカートの裾が顎と右二の腕に触れ、生ぬるい棒が喉に食い込んだ。瑚子の右手が刈られた稲に触れる直前だった。
月面より薄い光沢が瑚子の人差し指を滑り、稲の隙間に入った。
「がはっ」
「やっと姿ば現したね。
中国語が右耳奥に響き、瑚子の頭部を受け止めたのが豊満な胸だと気付いた。長崎新地中華街と浜町アーケードを往復するクルーズ船客が日本製品を買い占めるときの剣幕な抑揚だった。
「や、チョウさん苦しか……腕離して」
「化けの皮ば
「こい、つ?」
右目の奥が熱くなり、視覚の頼りが左目のみになった。懐中電灯より明るい光で、チョウの視線の先を示しているのがナイフだと気付く。
「ひっ」
紅縁に白金の翼が女二人分の幅三倍に広がる。ガラケーを滑らせてしまった金切り音がくちばしから休みなく出ていた。
羽根の光沢で鳥の輪郭が見えなかったが、左右の眼球に一本ずつえんじ色の線を確認できた。
「
「そう、あんたの裸眼とは別種やろうけど、私にとっては化け物に変わりなか」
「どゆこと?」
目前で道を塞ぐのは、利矢から聞かされていたハナサキ族本来の姿だったが、瑚子の首を抑えているチョウには別物として見えていた。
光に慣れた右目に映ったのは、夏休み中の昼ドラで見る憎悪の顔だった。
「あんた、見かけ通り本物の世間知らずったいね。
「そがんことって……」
「
チョウの行動の真意に気付いた。
裸眼とコンタクトに言及しなかったのは、瑚子を油断させてハナサキ族の手がかりを掴むため。
礼儀を知らない利矢に腰を低くしていたのは、マークされず確実に仕留める日を伺うため。
実際瑚子と利矢は裸眼の色彩の色が異なれば、生まれ持った性質も種族も相いれない。また、母体で形成された姿は人間に酷似している。
それでも、チョウにとっては今の表情よりも複雑に歪んだ存在であった。
長崎市には大陸問わず各国の留学生が集うが、九割以上が大学生であり高校時代を地方都市で過ごすモノ好きは私立の交換留学の範囲内の収まっている。
諫早市には農業、温泉地である同県雲仙・島原市の通過点以外には、県内で生まれ育った瑚子にさえ特徴の認識がない。
卒業生、在校生ともに県内でも目立った功績のない奏真館にわざわざ通う理由は他でもない――。
スカートが膝を巻き、ハナサキ族が起こす行動が五十センチ手前に迫って来た。瑚子は上半身を左右に捻りながら、右腕をチョウの前に伸ばした。
「やめて! チョウさんの気持ちば汲み取ってよ!」
「村、さ……め」
くちばしに触れた途端、ナイフが汗を纏い土の上に落ちた。
えんじ色の色彩は、瑚子を見下ろしていた。
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