第38話―冷たい太陽、伸びる月
「馬ッ、鹿な方の、バケモノ。あんたが人間と、共……存できん、ように私も……生きていく世界も無か。そもそも自分の、幸せの基準ば誰かの物差しで……決めて良かモンでもなかろう……もん」
表情を歪め声を絞る姿は白金の翼に覆われていた。握っていたナイフは撥ねられ、人型の片腕に抑えられていたからだ。
「俺が間違っとった。あのとき早急に処分しとったら後で厄介なコトにならんかった。お前に言っとるとぞ、村雨」
今までと違い、瑚子は利矢の苦声を抵抗なく受け入れられた。
感情の起伏だけならば人間と生涯覚醒しないトビヒ族の両者にもできるが、今の瑚子はそのどちらでもない。
光樹を天秤にかけられた情の乱れと、チョウが叫ぶ悲痛への共感で自我が揺れていた。
瑚子は真奈美と友里子を失い、これまで見慣れた物の色が抜け始めていた。
路上電車のボディやJRで乗降した各駅のホーム、真奈美と同じユニフォーム、友里子が淹れてくれたしょうがの葛湯。すべてが浄水より透明度が低く昇華した色素が遠のく。
瑚子の記憶ではチョウには二人と関わる要素がなく、二度の弔いに共鳴することもない。
それでも瑚子の乱心をチョウの手でさらにかき混ぜられるリアルな感触を、グリーン・ムーンストーンの力を蓄積している全身が拒んでいた。
利矢が指摘する厄介はトビヒ族を案じてのことではない。
「この女が政府を騒がせる要因ば作ったせいで、同胞を失った。俺の故郷も騒がしくなった上にお前の面倒ば見る手間が増えた。選ばせるのは最後だ、どっちにするとか?」
利矢には二択以上の選択肢を与える意思は粉雪一粒もなく、瑚子もまた一つの答えで精いっぱいだった。
瑚子はナイフを拾い、リカッソでチョウの首筋を冷やした。
「叔父さんに会えると良かね」
「お馬鹿だとばかり思ぅとったら、賢かところもあるったい。最期にご褒美の情報ばくれてやる――今朝のニュースでバケモノが一匹死んだとが分かった。長崎市の村雨正晃。もちろん知っ」
ナイフが落下してもなお、チョウは優越感に浸った微笑みだった。
「さっきと全然違うやっか。そがん苔玉のごと静かやったら、俺でも不気味に思うわ」
「そろそろ光樹の体力が限界やろうけん、いい加減気付いてもらわんばもん」
瑚子はナイフを捨て、右手の指すべてで宙を掻いた。施設を囲う細い木とツツジの垣根の一部が伸び、包んだ光樹を最も人気を感じる窓に移動させた。光樹は高温に耐えられず、木に落雷する声を上げた。
「それにうちにはもう、帰る家の無か。こいからは人殺し同士、死ぬまで
「もう聞いとる」
瑚子は屍の傍に膝を落としたまま、立ち上がった利矢を見上げた。
「お前が人間と乳繰り
瑚子は立ち上がり、経由する空の穴へ向かうまで一度も振り向かなかった。
「行くぞ、
利矢が白金の両翼を広げた。本来の姿での胴体より三倍ずつの面積だった。
「—―族長なんかじゃなくて」
人間の裸眼で見えなくなるまで離れると、地上の気温は通常の温暖化気候に戻った。
「プリキュアになれたら、どがん良かったやろうか」
瑚子が人間の世界へ戻ることは二度となかった。
―第一章完・第二章に続く――
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