第14話 月の雲隠れ
「やっぱ帰る。今なら終電間に合うやろうし」
ちゃぶ台の破損で湯飲みとマグ・カップが空になった。瑚子の制服も浸し一分ほどで、コンビニで販売されている飲料水よりも冷たくなった。
ハンカチをスカートのポケットに入れたまま、カバンを持ち座布団から尻を離した。
「は? お前悲しか胸しとっても一応女だぞ。お前が良くても、夜道を歩かせたとかで
「
「おい、村雨」
瑚子は両拳に力を入れた。左手にカバンの持ち手が食い込み、右手には切り忘れていた爪が手の甲を刺す。
二度は許さない、と睨みを利かせて玄関に向かった。
「そんじゃ、お邪魔しました。ハナサキ族としても同級生としても、あんたとはもう関わらんやろうけん。送ってもらわんでも良かし」
瑚子は引き戸に力を入れた。腕力が利矢に敵わなくても、腰かけたままの陽子にも敵意を伝えるには十分な打撃音だった。
「利矢、ここは私が片付けとくけん連れ戻しといで。あの子が来たときから体が疼いて
「母さんも? 実は俺も。今が長袖の時期で
「任せたよ。周りは農家ばかりやけん、電気の点いとる家なんか無かよ」
利矢はベストとシャツ、靴下を脱ぎ捨てた。もう一度引き戸が閉められ、色素の抜け始めた肌が木の葉と同じくらい冷たくなった。
「あれ、ここどこ? なして田んぼと家ばかり続くと?」
日の入り前は利矢の言動に気を取られていたため、帰り道が分からなかった。
スマホでは徒歩でもナビ機能が使えることを聞いたことがあるが、連携サイトのサービス終了が進むガラケーでは現在地すら特定できない。
「バス停……いや、エンジンの音すら聞こえん。長崎市なら路電がまだ動いとる時間とに」
聖マリアンヌ女学園陸上部の練習を終え正晃の車で帰宅していた頃を思い出す。学校での様子を伺う正晃をよそに、走る路面電車を眺めていた。
午後八時台、車道の渋滞は治まっても路面電車の車窓には人が埋まっていた。
車内空間にゆとりがある日でも、空いている席に座らず立っている乗客が肩を縮めているのが常だった。
席を必要とする人が乗車したら譲れば良いのに、それまで座っていれば降車で困る人が減るのに、と意見を心に留めた日もあった。
正晃が隣で運転していたので、なおさら声に出したくなかった。
今では席どころか、道しるべに困っていた。
「
「呼んだ?」
振り向くと、瑚子と同じ丈のスカートを履いた人影が濃く写っていた。
新月の翌日、頼りの明かりはガラケーの液晶のみだった。
「そん声、チョウさん? まさかね」
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