第3話―密かな演奏が止まるとき

 PansyとSakuraが杜の奥へ案内されるまで、三体のガーディアンが両脇と前方を固めていた。

 Pansyの両肩はSakuraの脇へ引き寄せていたので、行き交うトビヒ族が赤毛を目撃する確率は最小限に抑えられた。

 染色剤の配合成分や流水の環境汚染、Pansyに大人になるために必要な色気が未だ芽生えていないこと。

 トビヒ族の概念とPansyの精神的成長段階を考慮した結果、Sakuraは予め欧州のトビヒ族には一人もいない赤い地毛を晒すことを選んだ。

 親心故の決断の意図を読み取れなくても、Pansyはとして好奇な目で見られる感覚の意味を理解した。

 好奇の矛先が自分自身のコンプレックスの髪であるため、サイズの合わない靴で歩かされるような不快感と苦痛が羞恥のアクセントとして際立っている。

 欧州ではあくまでPansy自身の美的感覚で勝手に他者の髪を羨ましがるだけであり、近所の住人や学校で関わる人間にはもえぎ色の色彩も含めてとしての個性とみなされていた。

 一方で同じ色彩のトビヒ族は誰一人、先頭を歩くMarronに名前すら聞こうともしない。

 Pansyは肩に置かれた指を握り、Sakuraの注意を引いた。大人に囲まれる中で唯一の子どもが自ら発言するべきでないと、Aoiもいた生活で躾けられていたからだ。 

 そんな非力の訴えも虚しく、SakuraはただMarronに導かれる先を見通しているだけだった。

「どうしたPansy、緊張しているのか?」

 Marronは腰の高さでの微かな動きが見えているようだった。開いた脇と歩幅で前進するたび、Pansyの顔面に重い気圧を感じる。

 拳で飛行機を玉砕し破片を杜に持ち帰ったに違いない、とPansyは乏しすぎる情報と人生経験で独断した。

 Marronが杜で発言力が強く、Marronが自他ともに過信していることは間違った推測ではないようだ。

「大丈夫よ、Pansy。今向かっているのは怖い場所なんかじゃないから。グリーン・ムーンストーンって言って、トビヒ族の長にご挨拶するだけよ」

 Pansyの右隣を隔てていたIrisが耳打ちした。

 Irisはガーディアンという立場上、外側に気を巡らせていたはずだが、初見の幼い心情を読み取っていた。自称子ども好きは本当だった。

のもとに辿り着いたらOliveにも会えるわよ。彼女専属のお世話係だから。Marronちちおやといい、親子揃って優秀なんだから参っちゃうよね」

 みぞれシロップの頬に、清水せいすいに近い色が広がった。

 Marronのため息が聞こえても困惑を楽しんでいる様子から、少なくともIrisはガーディアンとしての威厳以外の、大人の顔色伺いには無頓着のようだ。

「Pansy、Sakuraも気にしないで。Irisは杜の内部に戻るといつもこうなのよ。まだ未熟だからというのもあるけど、トビヒ族としての名誉と子どもたちのハートを掴むこととを天秤に測るような子だから」

 Violaのブロンド・ヘアが両肩を掃いた。木の葉のカスタネットに合わせる口調は娘の好き嫌いの改善を諦めるときに近い。Irisがトビヒ族だからこそ大目に見ていた。

「帰還を受け入れてくれるなら、トビヒ族としても母親としても嬉しい限りよ。一人っ子だからこの子にとっても良い姉として頼るでしょうし」

「そうだったら、ガーディアンであることなんかよりもずっとずっと名誉なことだわ」

 Sakuraは脇目も振らず、低音のドを放った。Pansyは自分の生まれ故郷でも警戒する理由が分からなかった。

「Sakura、Pansy、ここが杜の最奥部だ。グリーン・ムーンストーンが首を長くして待っていたぞ」

 視界からMarronの背中が消えると、Pansyの世界から音が抜けた。


 人間界のセラピー・ホースと大して変わらない体格の、大理石より濃いグレーの狼が体を休めていた。

 ラディッシュの実と生の人参の間ぐらいのオレンジ色の角は倒木でも潰せそうにないほど芯がしっかりしているように見えた。


 Pansyが何よりも驚いたのは、自分自身と焦点が合った目に同じもえぎ色の色彩が入っていたことだった。

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