第35話―夏と冬の円門

「お前、自分がなんばしたとか分かっとるとか!」

 光沢のある雪の弾丸が瑚子と光樹の間を割き、瑚子は受け身を取れず左の上腕で全身を支えた。

 雪の弾丸は瑚子が起き上がるまでの間に混色し、人間もどきに変形する寸前に名残が粉雪一粒も消え失せた。

「お前だけは手ば下したらでけんかったとに。こがんことになるんやったら、あんとき俺が引き留めるべきだった。そいからでもおそぅなかったとに」

「雪平……まさか姿ここまで? どがんして来たとか。そいに『こがんこと』って、いかにもうちがやらかしたような言い方……」

 窓から侵入した利矢が瑚子の背後を指さすと、瑚子は途切れていた記憶が裸眼に刻印された。

「あのキモかと、まがい物の木ば……そういやうちが出したね。あのザマは当然やろう? ママが長崎県外に出とらんかったってだけで奴隷のごと扱っとったし。何よりママと光樹が戻ってくるまで、ここまで他の女としとったごたるけん」

「そいはあくまで人間の都合やろうが。お前の感情一つで人殺しした挙句、俺が着くまでもう一つの命ば消そうとしとった。こいが何が分からんか?」

 利矢は光樹の左胸を貫こうとしていた垂木の枝を瑚子の前へ引き寄せた。

 枝は利矢の放つ冷気で極細ポッキーより脆く千切れ、切断部の粉雪がミストシャワーに変わった。

「まさかそれそいで光樹ば……? 光樹は何も悪ぅなかろうもん、うちが弟に手ばかけるわけ無かたい。 あんたうちば見下ろさんちゃ、ドッキリの小道具やったって言わんね。それかそいかうちが催眠術にかかってそがんことしたとかでも他の何でも良かけん、嘘だって証明せんね。あんたお目付け役やろう、要らんときばっかりお節介ば焼かんでさ……」

「いい加減認めろ!」

 利矢が握っていた木枝が乾煎り音を上げて蒸発した。光樹を覆う大気は寒暖で乱れ、泣き声が止まらない。

「本当はもう分かっとるとやろうが。お前は初めから人間になんか成りきれんかったコトの。安っぽい偽善者ぶったところで、相手が人間である以上お前は守るどころか殺すことしかできん。お前の言葉ば借りるなら、お前も所詮バケモノだ!」

 これまで不機嫌で整った顔立ちが初めて怒りで歪んだ。密着しなくても、利矢の腹部で冷気と熱気が衝突しながら喉を貫いている圧が伝わっていた。

「やだ! やだやだやだ、バケモノなんか好かん。人間になりたいなりたか! 人間に生まれたかった! 鈍足でも今よりもっとブスでも頭の悪くても良かけん、今すぐ人間にして欲しか! なしてこがんわけの分からんことの起こらんばならんと?」

 瑚子は両拳で利矢の腹を突き、服で控えめに見せている腹筋で頭部を何度も割ろうとした。

 決して異種族ハナサキぞくに縋っているのではなく、従える緑ごと瑚子の存在自体を利矢の放つ変圧で訂正したいだけだった。

 利矢は一切の慰めの言葉無しに平手でつむじを突き、後方の光樹にもう片方の手で触れた。

「返さんね」

 利矢は右腕で光樹の全身を支えたまま、もう片方で瑚子が伸ばした左腕を撥ね退けた。

「こいつは返さんばでけん。らん世界に」

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