10日目 純粋な心はすべてを見通す力があるのよ

 「カリン、恥ずかしがることはないぞ? お前は成績もいいし、母さんに似て顔立ちも整っている。王家に入っても十分な資格があるから自信を持て」


 「あら、あなたったら♪」


 「もちろん今でも綺麗だよローラ!」


 「はいはい……それが言いたかっただけでしょ……」


 さりげなくお小言からノロケるお父様達。超がつく愛妻家のお父様だし、夫婦仲がいいのは見ていて微笑ましいので構わないんだけどね。

 そんないつも通りの夕食も終わり私は部屋へと戻る。いつもなら歯を磨いてお休みだけど、昨日からの来客でもう少し起きていなければならない。


 「戻ったわよ」


 『おかえりなさ……! ……何だ、手ぶらですか……』


 心底がっかりした声を出すナイアと同じテーブルに腰掛けて話を続ける。


 「もうちょっと待ちなさい。今20時でしょ? 厨房が空になるのは遅くても20時半だから後30分くらいね」


 『ふあーい……』


 何とも情けない声を上げて突っ伏すが、それはそれとして策を練らなければならないので体を揺すって起こす。


 「ほら、ちゃんと食べさせてあげるんだから仕事はしなさいよ。よく考えたら私、学院で王子を遠ざけちゃったからアピールしにくくなったの。何かいい手はないかしら?」


 『そうれふねえ……もう諦めて嫁げばいいんじゃないですか……』


 「やる気なさすぎ!? 婚約破棄をするためにあんたを留めたんだから考えてよー」


 『よいしょ……でも、ちょっと怪しいですけど、わたしが受けた印象は悪くないですよ? 王子ってイケメンで金持ちな上、カリンさんに溺愛と優良物件じゃないですか。国に関わると大変でしょうけど助けてくれるでしょうし、結婚も悪くないかなーって思いますけど?』


 ナイアは割と真面目な顔でそう言ってくれる。確かに通常な思考ならそれで問題ないし、99%の女性ならOKを出すだろう。しかし国に関わるのが嫌、というのは建前で私には受けたくない理由があるのだ。


 「……前世の記憶を取り戻す前にも王子とは何度か会っているんだけど、記憶を取り戻してから思い返すとどうもあの男と同じ匂いがするの」


 『……あの男、ですか?』


 「ええ。外面はいいんだけど、実は根性が悪かったあの男よ」


 『……誰です?』


 ガクッとなる私。


 「あんた自分で説明してくれたんでしょうが! 私を殺したストーカー男よ!」


 『あ、あー、あー……』


 微妙に覚えてい無さそうだわ……


 「まあ覚えていなくてもいいけど、そいつに雰囲気が似ているのよね。生理的に無理って感じ?」


 『なるほど。それなら仕方ありませんね!』


 「軽いなぁ……」


 即答するナイアを見ていると、ナイアは顎に手を当てて考えはじめた。


 『うーん……せめて魔法があったり、冒険者とかが闊歩する世界なら、やりようはあるんですけどねえ……』


 「難しい?」


 『はい。これ以上はご飯を食べないと浮かびません』


 「……」


 『痛い!?』


 私は無言でナイアの頭を引っぱたくと、時間も頃合いだったので厨房へと赴く。今日は私も食べた秋キノコのシチューに、鮭のバター焼きをチョイス。そしてパンを焼いてから部屋へと戻る。


 「できたわよ。あまりごそごそ出来ないから簡単な物しか作れないけど、どうぞ」


 『おお……! 神様仏様カリン様! 仙〇を出されたらどうしようかと思いました!』


 「なんで猫っぽい神様が出てくるのよ……でもあんたには〇豆はお似合いかもしれないわね」


 『わたしはグルメです! 豆だけで満足いくはずも……はぐはぐ……』


 言動はアレだけど行儀はいいナイアはパクパクと料理を食べて行く。王子を牽制しつつアピールするにはどうすれば……そんなことを考えているとドアがノックされる。


 「……誰かしら? メイア?」


 「ミモザなのーはいっていい?」


 何とノックをしてきたのは我が妹だった! 遅くは無いけど、この時間はうとうとしているはずなんだけどなあ。


 「いいよ、入っておいで」


 「しつれいしますー」


 扉を開けてぺこりとおじぎをするミモザにクスリとし、招き入れる。


 「どうしたのこんな時間に」


 「うん、おねーちゃんがお料理をはこんでいるのがみえたからお腹すいたのかなって。ミモザもおなかすいたの。昨日もおねーちゃん食べてたよね?」


 やば、見られていたの!? そこで私は「あ!?」っと気付く。なぜならナイアが食しているのだから、ミモザからみれば料理だけが皿から消えるという大魔術が披露されているに違いないからである。


 「じー……」


 『はぐはぐ……もぐもぐ……美味しいですねー』


 「(ちょっとナイア、食べるのを止めて! ミモザが見てる!)」


 『あ、そ、そうですね……』


 幸い、あまり動きの少ないシチューだったので、スプーンを置いて事無きを得る。だけど、ミモザの視線はナイアの方から離れない。


 「じー……」


 「(……あんた、見られてない?)」


 『いえいえ、そんなはずありませんよ! わたし死神、人には、見えません!』 


 自信たっぷりに胸を張り、主張するが、ミモザの目はまばたきすらしない。


 「(やっぱり見えているんじゃ……)」


 『心配性ですね、カリンさんは。では見えていない証拠をば……』


 「……?」


 ナイアは椅子から立ち上がり、ミモザの前で中腰になる。そしてにっこりと微笑んだ後――


 「ばあ!」


 カッ!


 いつもの髑髏顔になっていた! 確かにこれで驚かなければ見えていな……


 「やああああああ!?」


 ガッ! ドッ! ゴシャ!


 『きゅう……』


 ミモザが叫び、ゴトリとナイアが崩れおちて倒れる。印堂・人中・承漿しょうしょうの見事な三段突き……妹ながら恐ろしい……


 「おかーさまーおねーちゃんの部屋に死神がいるよー!」


 「あ、やばっ!」


 私がぼーっとしていると、ミモザが叫びながら駆け出そうとするので慌てて口を塞ぎ手元に引き寄せる。


 「んーんー」


 「カリン様! ミモザ様! どうなさいましたか!?」


 「メイア!?」


 相変わらず早い!? どう言い訳しようか考え始めた瞬間だったので、一瞬頭が真っ白になってしまったが、何とか口を開く。


 「だ、大丈夫よ! ミモザが寝ぼけて私の部屋に来たんだけど、こけそうになったから庇ったの」


 「そ、そうでございましたか……何やら『死神』などという不穏な言葉が聞こえていたような……」


 「き、聞き間違いよ! そ、そう『鼻紙』って言ったのよ!」


 するとメイアはフッと顔を綻ばせると


 「ふふ、そうでしたか。では何も無さそうなので私めは失礼いたします。お騒がせしました」


 「ううん、いつもありがとうメイア」


 「! 勿体ないお言葉……それではおやすみなさいませ」


 何故鼻血を出していたのかは分からないが、メイアは満足気に部屋から出て行く。だが、まだ終わっていない。口を塞いでいるミモザが抗議の目を私に向けているのだから。

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