21日目 飛び火したみたい?


 『今日はちょっと楽しみですねー』


 「お弁当があるから?」


 『それもありますけど、やっぱり王子ですよ。カリンさんは近づくための口実で作ってきましたけど、あれだけ美味しかったら性格がおしとやかじゃなくてもそのまま結婚したがるかも……』


 「嫌なこと言わないでよ……あくまでもアピールはフェイク。この先のハッピーライフをするためのいわば踏み台……」

 

 『カリンさんの方が嫌な感じがしますけど……』


 そう反論するナイアにくっくと笑いかけて私はナイアの肩に手を置いて言う。


 「婚約破棄さえすれば後は自由よ。何度も言うけどお父様達に迷惑をかけないで破棄する為には王子から言ってもらう必要があるの。だから利用できるものは全て使わないとね」


 悪役思考になってきたけど、これは記憶を取り戻してからの私が掲げる公約みたいなものだ。しばらくは婚約破棄されたと後ろ指差されるかもしれないけど、我慢すれば大丈夫なはず。


 そんな話をしていると馬車はあっという間に学院へ到着し、教室へと向かう。その途中でフランの後ろ姿を見つけて声をかける。



 「おはようフラン!」


 「おはようございますカリンさん。今日もお元気そうで。おや、その大きな包みはなんでしょうか?」


 「ああ、これ? これはお弁当よ! 後でのお楽しみ♪ フランにもおすそ分けするわね」

 

 「そうですか、それは楽しみです! そういえば今朝――」


 ふわっと笑顔を見せるフランは今日も可愛い。フランの朝から大変だった話(私にとってはそうでもない)を聞きながら教室へ入って行く。席に着いた時、思い出したようにフランが声をかけてきた。


 「そういえばカリンさん、アリコの街で泊まった宿でのことですけど――」


 「ん?」


 私が椅子に座ろうとしたところで声をかけられたので振り向いて聞こうとしたが、それは猛ダッシュで入ってくるシアンと、何故かシアンを追っているオールズによって遮られた。


 「はあ、はあ……お、おはようカリン……」


 「よ、よう……」


 息切れをしているのでかなり全力で走ってきたのだろう。二人同時に片手を上げて挨拶をしてきたので、私も片手を上げて返事をする。


 「お、おはよう……朝から元気ね、二人とも……」


 「ふう……もう聞いてよ二人とも! オールズったらお休みの後から毎朝、私の家に馬車を乗りつけて来るのよ! いいって言ってるのにお迎えだ、とかいって。恥ずかしいから門のちょっと前で降りてたんだけど、一緒に歩くのも恥ずかしいから全力ダッシュしてきたのよ!」


 「休日の話を聞いたからな……き、危険だと言っているのに……!」


 私とフランはすぐに察し、同時に口を開く。


 「あー」


 「あー」


 「な、何? 二人とも? 目が怖いんだけど……!?」


 「いいえ、いいですわねシアンは」


 「本当ねーオールズってそうだったんだ?」


 私がオールズに声をかけると、顔を真っ赤にして口ごもった。


 「う……」


 「え? 何? 何のこと?」


 知らぬは本人ばかり也……シアンが本気で困惑顔をしていると、オールズは口をへの字にして自分の席へ戻って行った。


 「なるほどねえ」


 「喧嘩する程、ということでしょうか?」


 「二人だけ分かっててなんかずるいんだけど!?」


 シアンとオールズは運動、成績が似通っているのでよく争っている。シアンは気にしていないみたいだけど、オールズは一歩先の感情に変わったという所だろうか。


 『少し羨ましいですね。磁石の息子と商家の娘さんなら親御さんも文句言わないでしょうし』


 「(そうねー。ああいうレベルの生活で十分だわ……っていうかナイアって食べる以外にも興味あったの!? 後、磁石じゃなくて子爵だからね!?)」


 「あ、そうだカリンさんこの前の――」


 カーン、カーン……


 「なになに?」


 「いえ、また後で……」


 フランが何かを聞きたそうに口を開くが、今度は始業の鐘に阻まれて口をつぐんだ。どうしたのかしら?


 ま、そんな朝の喧騒はさておき定刻通り授業が進むと、程なくしていよいよお昼の時間だ! 私は早速包みを持って席を立つ。


 「今日はクラティス王子を誘って庭に行こうと思うの。フランとシアンはどうする? 一応いっぱい作って来たけど」


 「あ、本当に!」


 「俺も行っていいか?」


 「あんたは一人寂しく学食で食べてなさいよ!」


 「なんだと?」


 「何よ?」


 シアンとオールズが睨みあっているとフランが手をパンと叩いてやんわりと口を開く。


 「まあまあ。カリンさんがよろしければわたくしはご一緒させていただきたいと思いますわ」


 「なら、私も―!」


 「お、俺もな」


 「オッケー、なら庭で待ってて! すぐフラウラと一緒に行くわ!」


 「はあ!?」


 「まあ……」


 驚愕の声をあげる二人をよそに、私は王子のいる隣の棟へと足を踏み入れる。


 『王子の教室ってどこでしたっけ……』


 「大丈夫。私が分かるわ」


 ふよふよと浮いてキョロキョロするナイアを引き連れて目的の部屋に到着し、そっと中を覗くとクラティス王子を発見することができた。


 「クラティ――」


 「クラティス様!」


 「痛っ!?」


 急に後ろから押され、つんのめって転ぶ私。その声に気付いたクラティス王子がこちらを振り返って声を出した。


 「ん? フラウラ君じゃないか、どうしてここに? それに……カリンじゃないか!」


 「あ、あはは……ご無沙汰しております……」


 包みは転ぶ前にナイアがキャッチしてくれたので無事である。包みを受け取ってクラティス王子に話しかけることにした。


 「最近クラティス王子お忙しいようでしたからお昼なら、と思って。もしよかったら庭で一緒に食べませんか?」


 包みを掲げながらウインクをする私。するとフラウラがツカツカと戻ってきて耳打ちしてくる。


 「(ちょっとカリンさん!? あなたアポ取っていないんですのー!?)」


 「え? うん。前もお昼を一緒したことがあるから来てくれるかなーって」


 「浅はか!? ま、まあいいでしょう……実はわたくしもカリンさんに誘われてご一緒しようかと……」


 私達のやり取りを見て目をぱちくりさせていた王子だが、ようやく頭が追いついて来たようで私を見て微笑みながら言う。


 「君からお誘いが来るとはね。やはり私を放っておくのは少し心配なのかな? いいよ、一緒に行こうじゃ無いか」


 「え、ええ、アリガトウゴザイマス……」


 「では、参りましょう! ちょっとしたサプライズをご用意しておりますの!」


 ちょっと顔が引きつった私は、キラキラと星を撒いているフラウラとやはりカリンは私のことを……などと言うクラティス王子を引き連れ、庭へと向かった――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る