22日目 お昼対決!


 「えー、本日は私ことカリン=ノーラスとフラウラ=ホーデンのお弁当勝負にお付き合いいただきまして誠にありがとうございます!」


 庭に着いて、私が用意したシートに座らせ、みながゆったりし始めたところで宣言をすると、喧騒がピタリと止まり、その内の一人であるシアンが私を指差して大声を上げた。

 

 「な、なんですってぇぇぇ!? さも当然のように前もって知らせていた風に振る舞まっているだと……!」

  

 「お、落ち着けシアン。驚きすぎだろ」


 「あらあら、まあまあ」


 「ど、どういうことなのかなカリン? それにフラウラ君?」


 クラティス王子が困惑顔で私とフラウラに目を向けてきたので、コホンと一つ咳払いして私はにっこりとクラティス王子へ説明をする。


 「えっとですね。最近放課後もそそくさと帰られる王子とたまにはお話をしたいと思ったんです。でも理由も無く話しかけるのは、難易度が高い……そこでお弁当です」


 「いや、最後のお弁当にはまったくつながらないんだが……」


 「まあお弁当を食べる、という口実で王子とお話をしたかったんですよ! で、フラウラさんも王子が好きということで、二人で用意してみよう! そういうことです。で、王子にはどっちが美味しかったか『嘘偽りなく』答えて欲しいんです!」


 「分かるような分からないような……」


 「申し訳ありませんクラティス王子、わたくしもカリンさんに唆されるまま応じてしまいましたの……」

 

 ここぞとばかりに王子の同情を誘うフラウラ。うんうん、そういうのもアリよ!


 「ふふん、まあ私のお弁当の方が美味しいと思うけどね。私のお弁当でお腹いっぱいになって食べられなくなったら困るし、先にフラウラさんからどうぞ?」


 「ぐぬぬ……憎たらしいですわね……いいでしょう、カモン召使い!」


 カモンをサモンに置き換えても呼び寄せている意味になる……と、どうでもいいことを考えていたら、どこに控えていたのかメイドさんがざっざと規則正しい動きで料理を運んできた。シートに座っている私達の、胸までの高さくらいあるテーブルを設置して、お皿を次々と置いていく。


 「ふわあ……」


 『どきどき……』


 よくマンガとかで見る、お皿を蓋しているドーム型のアレを取り外すと、その下から豪華な料理が現れた。


 「おほほほほ! 如何ですか! 王都でも一、二を争う料理人"ド・フランチャス"に頼んで、朝から用意させておりましたの!」


 「な、なんですって! ド・フランチャスと言えば先代国王の退位式の晩餐を任されたほどの料理人……! 予約で半年先は埋まっているという口にするのも難しい料理……」


 あ、シアンは今日そういうキャラで行くのね?


 「それを王子とはいえ学院のお昼として提供させるとは……」


 私はそのドなんちゃらを知らないんだけど、オールズも普通に驚いているので、これはかなりお高い食事だと言える。


 そこで私はハッとナイアを見て小声を出す!


 「(ナイア、待ちなさいよ!)」


 『ふひひ……カモロースのバジルソース和えにエビとキノコのクリーム煮……な、なんで止めるんですか!』


 「(そりゃあんたが食べたら急に消えるんだからダメに決まってるでしょ! もうちょっと待ちなさい。私が取ったやつをさりげなく食べなさい)」


 『ううう……かもぉ……』


 恨めしそうなナイアは捨ておき、フラウラはぺこりとおじぎをしてクラティス王子へ微笑みかける。


 「さ、クラティス王子のためにご用意したお料理です……召し上がってください」


 「……私達の分は?」


 「あるわけないでしょう!? 王子にお弁当を食べさせる勝負だったはずですわよ! ささ、どうぞ」


 「あ、ああ……ではカモロースを……おお、流石はド・フランチャス。いい仕事をしている」

 

 『神よ……!』


 フラウラは私達と王子だけだと思っていただろうし、そう言う勝負だったのでこれは仕方ない。ナイアが食べられないことを知って絶望に打ちひしがれているけど見なかったことにしよう。というかあんたは死神。


 「キノコはしっかりローストして水気を切ってから煮ている。これも美味しいよ」

 

 その他、しっかり裏ごしした濃厚コーンスープに新鮮なサラダバーとバランスも良く、王子は満足気に平らげていた。


 「ありがとうフラウラ君、ごちそうになったね。お父上にもお礼を言っておくよ」


 「良かったですわ! よしなにお願いいたします。さ、それではカリンさん、あなたの番ですわ! ですがこれに勝るお弁当など存在しませんわ!」


 勝ち誇っているフラウラの言葉よく分かる。お弁当と言っていいかは謎だけど、王子を満足させることができたという事実は間違いないし。

 まあ、私としては勝つ必要がないからどちらでもいいんだけどね。私は不敵に笑いながら、お弁当を開封する……!


 「おおお! カリンのお弁当! これは……!」

 

 「あら、これは……」


 大げさに目を覆いながらお弁当に目を向けるシアン。そしてフランも手を口に当てて目をパチパチさせて呟く。


 「じゃーん! カリン特製のから揚げ弁当です!」


 「から、揚げ?」


 王子が不思議そうに私が広げたお弁当を見て言う。


 「はい! 鳥のもも肉を味付けして、カラッと揚げたものになります。それと卵焼きにおにぎり。後はポテトサラダですよ!」


 はい、とフォークを渡して別に用意したお皿を使っておにぎりとから揚げ、卵焼きを盛りつける。


 「い、いただこう……」


 「私達もいいの?」


 「いっぱい作って来たからいいわよ! はいどうぞ。(ナイアもほら、泣いてないで)」


 『うえええ……カモ……むぐ……から揚げ……おいしい……』


 全員に配り終えた後、フラウラが怪訝な顔をしてから揚げを突いていた。


 「……大丈夫なんですの? これ、あなたの家のコックが?」


 「ううん。私が作ったの」

 

 「はあ!? 自分でって――」

 

 と、フラウラが叫ぶと、王子が横で感嘆の声をあげた。


 「ほう……これは中々いけるな。卵焼きも甘く作ってあるからから揚げとやらの胡椒味のアクセントにもなる。おにぎりというのかこのライスの塊は?」


 「そうです。ライスってお皿で食べるという考えが根付いているので、お弁当はサンドイッチみたいなパンが多いんですけど、おにぎりなら手でもって食べられますし、いいですよね」


 「なるほど……中身は鮭だな」


 そう、オーソドックスに鮭を焼いてほぐし身を作った具を入れた。梅干しはこの世界にないので、いつか作らねばと思ってしまったのは内緒だ。

 

 「これわたくし好きですわ。カリンさん、ウチの料理人に作り方を教えてもらえませんか?」

 

 「俺鶏肉って少し苦手だったんだけど、こりゃやみつきになるな」


 「これ、売り物になるんじゃない? ねえ、カリン商売の話を――」


 うんうん、みんなには大好評! それはそうと王子は、とチラ見すると、先にドなんちゃらの料理を食べたにも関わらず、王子はおにぎりとから揚げを割と食べた。


 「ふう、美味しかった……カリンが作ったそうだね?」


 「ええ、お気に召していただいたようで良かったです! ……それで、勝敗は……?」


 「そうですわ、王子、どうですの?」


 「うーん……」


 クラティス王子は腕組みをして考えた後、目をゆっくり開けてフラウラを見た。


 「……フラウラ君かな」


 「ガーン」


 別に悔しくはないけど一応ショックを受けたふりをすると、フラウラがとても喜んで声をあげた。


 「やりましたわ!」


 「クラティス王子、勝因は?」


 シアンがキラリと目を光らせて尋ねると、一度頷いてから解説を始めた。


 「……カリンのは確かに美味しかった。だけど、私達は王族であり貴族だ。みずから厨房に入り料理をするのは庶民のすることさ。だから料理人に作らせたフラウラ君を勝者とした」


 「そうですか……」


 「気にすることはないさ。君の考えた料理を料理人に作らせればいいだけなんだ」


 王子が私を気にして声をかけてくるが、私はにこっと笑って口を開く。


 「そうですね。でも、私はお料理が好きですから、もし結婚したら手料理を食べて欲しいと思いますよ?」


 「そういうのは要らない。君は横に居てくれればいいんだ」


 それを聞いて、私は前世でのやり取りを思い出す。私を殺したストーカー男もこんな感じだったなあ……




 (どうして私に声をかけるんですか? アラサーの私より、新入社員の美香さんとかの方がいいんじゃありません?)


 (あの子、この前も失敗して怒られていただろ? やっぱり佳鈴さんみたいな大人の女性が――)


 (それって私の役職が高いからでしょう? 一緒にいればハクがつく。そういう風に見ているんじゃ? 私は見栄を見せるためのマスコットじゃありませんので)


 (くっ……黙って俺と付き合えばいいんだよ……!)


 (ちょ、離して!)


 この王子とあいつは良く似ている。自分で言うのもアレだけど、美人で侯爵家の娘で何でもいうことを聞いてくれそうという『見た目』だけで私と結婚しようと言うのが見え見えなのだ。

 

 「君は一体どうしてしまったんだ? 婚約を告げた日から君は様子がおかしい……」


 「でも私ですよ? おしとやかでは無くなりましたが、間違いなくカリン=ノーラスです。頭を打ちましたが、フランが初めての学院で緊張して保健室へ運ばれたことなども覚えています」


 「何故かわたくしが辱められました!?」


 「……そうか……そうだな……いや、さっきのは忘れてくれ。料理、美味しかったよ」


 そう言った王子の目は、怒っているような寂しげなような、そんな目をしていた。

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