23日目 陰
「あ、王子お帰りなさいませ」
「ああ」
「王子がお戻りになられたら、来賓室へ来るように伝えてくれとビル様が」
「分かった、ありがとう」
クラティスが昼のカリンのことを考えながら廊下を歩いていると、メイドに声をかけられたので自室へ向かおうとしていた足を来賓室へ変える。目的の部屋へ辿り着き、クラティスはノックをする。
「クラティス王子ですか?」
「ああ、入るぞ」
「戻られましたか」
部屋へ入ると、誰かとテーブルに向かい合っているビルが顔を上げ、立ち上がる。ソファに近づきながらクラティスはビルへ尋ねていた。
「ビル、調子はどうだ?」
「ええ、丁度見つけたところですよ。……さ、クラティス王子です。ご挨拶を」
ビルに促されてビルの向かいに座っていた男が立ち上がり、陰気な目を向けながら会釈をする。
「……私はクレル。催眠術をご所望とのことで?」
「……うむ。今度は大丈夫なのだろうな?」
クラティスが訝しげな目でビルに尋ねるには理由があり、ここ最近集めた『自称催眠術師』はまるで役に立たないまがい物ばかりだったからである。しかしビルは力強く答えていた。
「今度は大丈夫です。庭師のレオさんにかけて貰ったのですが、彼しか知らない情報を暴露し、今離婚調停中です」
浮気か何かがバレたのだろうか……むごいな。
そんなことを思いつつ、クラティスは気になっていることを尋ねてみた。
「催眠術は相手の意識を変える力があると聞く。私には婚約者がいるのだが、その娘が最近おかしなことになっているんだ。それを元に戻すことは可能か?」
「……やってみなくては分かりませんが、刷り込みというのもあります。『あなたは本来こうあるべきだ』と思いこませればあるいは……」
「ほう」
ニヤリと笑うクラティスに、ビルが腰を折って口を開く。
「僭越ながら……ここまでのことをされずとも、フラウラ様に変更してもよろしいのでは? 彼女も十分容姿は優れておりますし――」
「ダメだ。確かに将軍の娘も必要だが、戦争をするには金が要る。そのためにカリンを選んだのだ。催眠術で元の性格に戻しさえすれば、金は思いのままだろう?」
クラティスはそう言ってほくそ笑む。どうしてカリンにここまで固執するのか? それは彼が王座についた際、国土を広げるため他国へ戦争を仕掛けるつもりだからであり、そのためには国庫を管理するノーラス家がどうしても必要だった。
「なあに、まだ先の話だ。軍事力以外で、それこそ外交で屈服させられればそれに越したことは無いからな。その前にはまずカリンだ。では――」
「……」
ビルとクレルにクラティスは作戦を語り始める――
◆ ◇ ◆
「おねーちゃん、今日はどこへいきますか!」
「今日は王都の美味しいデザート屋さんがあるらしいから、そこへ行くわよ!」
「わーい!」
『わーい!』
お昼イベントから時は経ち、今日はお休みである。
年甲斐もなくはしゃぐナイアと年相応のミモザ。今日は二人を連れて王都へやってきていた。たまにはナイアのことを知る私達だけというのもいいんじゃないかと思ったからである。
『よく許可が出ましたね? 貴族ってこう、お供が居ないとダメ! っていうイメージがありますけど』
「私が来させないようお願いしたからね。王都って安全な場所だから、そう犯罪に巡り合うこともないし、トラブルになったら自警団に駆け込む手もあるわ」
『そうなんですね。ノーラス家のカリンである! とか言って家紋とか見せたりしないんですか?』
「あのね水戸黄……んん、テレビじゃないんだから。そういう権利を駆使する時は見極めないと、何でもかんでもひれ伏せ―いとかしちゃうと疎まれるのよ?」
「ナイアおねーちゃんは他の人に見えないから安心です」
「うん……多分手を繋いでいるミモザも見えなくなっているわよ。安心だからいいけど」
どうも弁当のようなモノ以外もナイアが手にするとその場から見えなくなってしまうらしい。一度家でナイアがミモザを抱っこしているとお母様が慌てて探し始めたということがあった。
「さて、それはいいとしてお目当てのお店はっと」
『あれじゃないですか?』
ナイアがミモザを肩車し、二人で指をさす方向には行列ができていた。恐らくアレで間違いないだろう。
「多いわねぇ。仕方ない、並ぼうか。ナイアは姿を現しておいて、人数が急にふえたとか言われたら嫌だし」
『はーい。ところで何を食べさせてくれるんですか?』
「ケーキよ。何でもチーズケーキがすごく美味しいんですって! ……ま、実はそれに加えてお父様のお仕事場にケーキをおみやげで持っていくつもり」
で、噛みあえば王子にも会っておこうと言うプランだったりする。あの日以降、微妙に避けられている気がするんだよね。なら婚約破棄してくれないかなと追い打ちをかけておきたいからだ。
そしてしばらく列に並んでいると、ミモザがあくびをしはじめフラフラと船をこいでいた。
「眠くなっちゃった? 回ってきたら起こしてあげるから抱っこする?」
「んーん……赤ちゃんみたいに見えるからいやです……大丈夫! ミモザは元気です!」
「あ! ダメよミモザ!」
目を擦りながら通りに出て元気アピールをするミモザだったが、その直後誰かとぶつかりミモザが転ぶ――
かと思ったらぶつかった人が助けてくれた!
「すみません妹が! ミモザ、あなたも謝るのよ」
「ごめんなさい……」
「気にしなくていい。俺も前を見ていなかったからお互い様だ。ケガは無かったか?」
「だいじょうぶなのー!」
ミモザが元気に答えて、私はもう一度お詫びをしようと顔を上げると、
「あ、あれ? あなたアリコの街でシアンを助けてくれた……」
「お前は……確か、カリンだったか?」
私の前に現れたのは、この前と同じ服装をした赤い目の男。カシューだった。
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