24日目 カシューという男



 「あなたカシューさん!」


 「カリンだったかな? 相変わらず元気そうだ」


 ミモザがぶつかった相手は赤い瞳で目つきの悪い、シアンを助けるときに現れたカシューさんだった。私の顔を見ながら尋ねてくる。


 「こんなところで何をしているんだ?」


 「私達はそこのお店でデザートを食べるため遊びに来てるんです。あ、手を振っている彼女と一緒に並んでいるですよ」


 「……今日は男が居ないようだな?」


 「え? ええ、クラティス王子は忙しいですし、滅多に一緒にいることはないですけど……」


 ガッカリアピールをするためには一緒に居たいけど、あまり一緒に居ると色々面倒というジレンマはあるけれど……それはそうと、あの時のお礼をしっかりできていなかったので私はカシューさんへ提案する。


 「そうだ、良かったらご一緒しませんか? シアンを助けに来てくれたお礼をしたいわ」


 「む。しかし俺はなにもしていないんだが……」


 「ちゃんと送ってくれたじゃないですか。ささ、ここのチーズケーキは美味しいんですよ!」


 「お、おい……」


 「ナイア! 一人追加よ!」


 『合点承知です! あ、わたしナイアと申します』


 「ミモザだよ!」


 「ナイアは私の友達で、ミモザは妹なんです」


 「そうか。俺はカシューだ、よろしくな。まあ、どうせ散歩してただけだ、こういうのも悪く無いか……」


 「おにーさんはお散歩をしていたんですか?」


 人見知りをしない(ナイアは敵だと思っていたから別)ミモザが早速、カシューさんに質問を始めていた。並ぶのに飽きていたからというのもあると思うけど。


 「ん? そうだな。天気もいいし、活気もあるいい街だ。視察だけには惜しいと思ってな」


 『視察、ですか?』


 「ん? ……いや間違えた『見学』と言いたかった。ほら、ミモザ肩車をしてやろう」


 「わーい高いです!」


 『見学もおかしいと思いますけど……(なんか怪しくありませんか?)』


 あからさまに誤魔化したカシューさんを訝しむナイアが私にひそひそと耳打ちしてくる。確かに今の返しは無い。


 「(あの時助けに来てくれた人だし。大丈夫じゃない? 何かあるならあの時してそうだし)」


 『(実は誘拐犯の仲間で、顔を見られたカリンさんを追いかけていた、とか考えられませんか?)』


 「(怖っ!? よくそこまで話を発展させられるわね……う、うん。ちょっと注意しよっか……)」


 そう聞くとミモザを肩車したのは人質に見えなくもなくなってしまい、私はどきどきする。


 「おにーさんは大きいです! 遠くまで見えるー」


 「ははは、そうか。そりゃよかった」


 「そ、そろそろ降りないと、カシューさんも困ってるわよ」


 「ん? 俺は別に構わないぞ。俺にも妹が居てな。小さいころはこうして遊んでいたものだ」


 「そ、そうですか……」


 ダメだ、目つきの割にいい人だ……裏で何を考えているかはともかく……というか妹さんがいるんだ。

 

 するとミモザが上からカシューさんの顔を覗き込みながら尋ねる。


 「おにーさんはどうして目が赤いんですか? うさぎさんみたいです!」


 「あ、こら! ダメよそんなこと言ったら! すみません妹が……」


 謝る私だが、カシューさんは気にした様子も無く顔を上げてから口を開いた。


 「……これは生まれつきでな。病気でもないし目が見えない訳でも無いんだ。だけど、親父はこれを嫌がって、呪われた子だなんて言って酷い目にあったな」


 「そんなことが……」


 確かにこの世界において赤い目を持つ人間はいない。黒か茶、ハシバミ色に青が一般的だから、カシューさんのお父さんが気味悪がるのも無理はない。


 「おにーさん、かわいそう。おとーさまに叱られたの?」


 「叱られたってわけじゃないけど……おっと、すまない。変な話をしてしまったな。どうやら順番が来たみたいだ、行こう」


 ミモザを降ろしたカシューさんがそそくさと店の中へ入り、私達はそれを追う。


 『……なんだか秘密がありそうな人ですねー』


 「そうね。もしかしたらいいところの貴族で、目のせいで息子扱いされてないとか? だからウロウロできる、みたいな設定かも……」


 『設定って言ったらダメですよ……』


 珍しくナイアにツッコまれてしまう。気にいったのか、カシューの後ろをてとてとてとついて行くミモザが可愛い。


 『くっ……妹ちゃんが盗られた……』


 「家に帰ればまた元通りでしょうが……何で姉の私より可愛がってるのよ」


 

 店に入り席に通され、私達はそれぞれ注文をする。


 「私、スフレチーズケーキの紅茶セット」


 「では俺もそれにしよう」


 カシューも同じものを注文し、次はナイアだが、ここで店内がざわつくことになる。


 『スフレチーズケーキとベイクドチーズケーキをホールで一つずつください! それとハーブティーを!』


 「え!? か、かしこまりました……」


 (ホ、ホールで? み、みんなで食べるのよね……)


 (いや、他の二人は頼んでいたしもしかして一人じゃ……)


 (小さい子は頼んでないから一緒に食べるんじゃないかしら?)


 「ミモザはチーズケーキぱふぇとミルクがいいです!」


 (違ったー! しっかり頼んだよあの子もー!)


 と、外野がひそひそしているのが聞こえてきて恥ずかしいが、ナイアは一人でこれを食べるのである。それにしてもナイアってホント食べるわよね? 太らないのかしら。


 そして到着する本日のデザート!


 スフレチーズケーキはまだこの世界に無かったんだけど、この店で初めて売り出すことになったのだ。私も前世では会社にお菓子を作って持って行っていたけど、チーズケーキ。それもスフレチーズケーキは作るのが難しいのだ。で、この世界の出来はどうかと食べに来たの。


 「んー……美味しい!」


 「クリームがいっぱいで美味しいー」


 「ふむ……スポンジとは違う食感が面白いな……俺は甘いものが苦手なんだが、これはいいな。妹にも持って帰ってやるか」


 と、カシューさんも絶賛するくらい美味しかった。


 だが――



 『んふー! チーズですよチーズ! ベイクドのチーズ感もいいですけど、スフレも美味しいですねぇ……』


 (あのお姉さん一人で食べてる……)


 (美人なのに残念な食べ方ね……)


 (あの男の人どっちの彼氏かしら。大食いの彼女だったらかわいそうね……)


 一般人から見て、ナイアの評価はだだ下がりした。


 美味しいデザートを食べ終え、私達はお店を後にする。

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