25日目 悪役令嬢参上
「おいしかったです!」
『ねー♪』
ナイアとミモザの二人はケーキをたらふく食べてご満悦で前を歩いていく。次の目的地はお父様が働いているお城なので、足取りは自然とそちらに向かっている。スキップする二人を見ながら、私はカシューさんとお話をしていた。
「そういえばノーラス家はどの爵位なんだ? 領地持ちならそれなりに大きいんじゃないか?」
「え? そうね、ウチは侯爵家ですよ。今からお城で働いているお父様にコレを届けに行くの」
あの店のチーズケーキを目の高さまで上げて微笑むと、カシューはそっぽを向いて話を続ける。気を悪くしたかしら?
「……なるほど。城まで馬車を使わないのか?」
「用事がお城だけならそれでいいんですけどね。折角の休みだし、街を歩きたいんですよ。ほら、カシューさんも散歩だって言ってたでしょ? 同じです!」
「はは、そういうことか。カリンは貴族なのに変わっているな。お嬢様というのはもう少し我儘だと思っていたよ」
「それは妹さんのことですか?」
「おっと、よしてくれ。バレたら俺が酷い目に合わされる」
そう言って肩を竦めるカシューさん。私がその言葉に笑っていると、向かいから来た馬車が私達の近くで停車した。
「? 何かしら?」
私が首を傾げていると、窓から顔を出してきたのは――
「地べたを歩くその人はカリンさんじゃありませんか。相変わらず庶民臭いことをしていますのね」
フラウラだった! 口に手を当てておーっほっほと笑いながら続けてくる。
「というかあなた! クラティス王子と言う婚約者がいるのに男性と歩いているとは許せませんね。フフ……このことを王子に告げたらどうなるか……」
「別にそこでたまたま会った知り合いと話しているだけじゃない。まあ、告げ口してもいいけど? それで嫌悪感を示されるなら婚約破棄してもらっても構わないし……」
「『婚約破棄してもらっても構わないし』!? あなたねえ……って、あら中々のイケメンじゃありませんか」
「? 俺か? カリン、この方は?」
「ああ、私と同じ侯爵家のフラウラさん。ホーデン家のご令嬢です。こちらはカシューさんで、前に王子達とシアンを助けてくれたことがある人よ」
「カシュー様……フラウラです。以後お見知りおきを――」
と、私が紹介し、フラウラがうっとりした顔でカシューさんを見つめていると、カシューさんが私に尋ねてきた。
「あ、ああ……というかカリンはクラティス王子の婚約者だったのか……?」
「あ、そうですね。言う必要も無かったから言ってませんでしたけど、一応そうですよ」
「一応とかおやめなさい! まったく、婚約者の自覚が足りないのではなくって?」
うーん、ライバルはカシューさんに狙いを定めたのかしら? それはあまりいい展開ではない。そこへナイアとミモザがやってくる。
「おねーちゃんとおにーちゃん、どうしたんですか? 迷子になります!」
『振り返ったら誰も居ないから驚きましたよ。わたしなんて架空のカリンさんに話しかけてしまいました』
それはナイアが注意深くしていればいいと思うけど……
「? おねーさんは誰ですか?」
「……わたくしはフラウラと言います。あなたは?」
「わたしはおねーちゃんの妹でミモザです!」
ぺこりとおじぎをするミモザを私は褒める。
「うんうん、挨拶できて偉いわね」
するとガチャ、バタンとフラウラが馬車から降りてきてミモザに抱きついた!
「か、かわいいですわ! わたくし一人っ子だから妹というものがどういうものか分かりませんでしたが……かわいいですわ!」
「うぎゅ」
『ああ、ダメですそんなに乱暴に抱きしめたら!』
ナイアにミモザを引き離され、口を尖らせてナイアに詰め寄るフラウラ。
「……あなた……誰ですの?」
『わたしはカリンさんのお友達ですよ! ミモザちゃんともお友達です! ねー?』
「ねー」
「ぐぬぬ……わ、わたくしにも抱っこさせなさい!」
『嫌でーす』
「あはははは」
フラウラがナイアを追いかけ始め、何だか場がとっ散らかってしまい、私は呆れる。横に立っているカシューはそれを見て笑っていた。
「はっはっは、ナイアよ、もっと速く走らないと追いつかれるぞ!」
「な、なかなかタフですわね……!」
『こ、これくらい大したことありませんよ……!』
二人が膠着状態になったその時、いつの間にか馬車から降りてきたフラウラの従者が耳打ちをしに近づいた。
「――お嬢様」
「……本当ですの?」
「?」
耳打ちされたフラウラの表情が段々と強張っていき、従者が一歩後ろを下がったところで私に話しかけてくる。
「……カリンさん、あなたこの後どうするおつもりですか?」
「ふえ? 私は今からケーキをお父様に届けようと思ってたけど」
「そうですか……ではわたくしが送って差し上げますわ。というわけでカシュー様、申し訳ありませんがわたくし達はこれで失礼させていただきます」
「え? 別にいいわよ、歩いていくし……わわ!?」
「ほら、そこの金髪のあなたとミモザさんもお乗りになってください」
半ば無理矢理馬車に乗せられる私達。
「ご、ごめんなさいカシューさん! またどこかで会ったらお礼するわね!」
「ははは、構わない。元々俺の予定は散歩だったからな。また『必ず』会おう」
「出してくださいませ」
フラウラが急いで出発させ、馬車は方向転換して城へと向かいだす。
「どうしたのフラウラさん?」
私が聞くと、横に座っていた従者が代わりに口を開いた。
「……あの男はカシューなどという名前ではありません。あの赤い目、恐らく隣国フィアールカの王子"リチャード”です。城から滅多に出ないので王子が赤い目というのを知っている者はごくわずかです。私はフラウラ様が産まれたすぐくらい、旦那様に着いていたころフィアールカのパーティに行ったことがあるのですが、その時居た子供の目が赤かったので間違いないかと」
「どうして隣国の王子が一人で王都を歩いているのかしら……」
「それは分かりませんが、王子に一報入れておく必要があると思いましたの。もし何か企んでいるのであれば、カリンさんは絶好の交換材料になりますからね。別にカリンさんがどうなろうと構いませんが、王子の迷惑になるようであれば困りますし」
フラウラはフラウラだった。
それにしても偽名を使ってまで何をしてたんだろう?
◆ ◇ ◆
つけられている。
カシュー……もとい、リチャードはカリン達と別れた後、適当にぶらつくふりをして背後の気配を感じ取っていた。いくつかの違和感が常に一定の距離で着いてくるのが分かった。
「倒してしまっても構わないが、騒ぎは避けたいな……」
そう呟き、一度立ち止まる。深呼吸をしてポツリと漏らした。
「撒くか」
ダッ!
「!?」
リチャードは一気に駆け出し、路地裏に潜りこむ。慌てて追い掛けてきた者が追跡者だと、チラリと後ろを振り返る。
「(三人か。なら――)」
リチャードは角を曲がり、追跡者はすぐに曲がらず一旦壁に張り付きそっと様子を見る。すると――
「い、居ない!?」
「馬鹿な、速すぎる……一直線だぞこの道は」
「くそ……ダメか。仕方ない、戻って報告だ」
三人の追跡者はぶつぶつ言いながら路地裏を去っていく。その様子を、リチャードは屋根の上に伏せてから伺っていた。
「何者だあの三人……。さっきのお嬢さんの手のものか? 長居はできなさそうだが、目的は達した。帰るか」
リチャードは訝しみながら彼等とは別の方向へ屋根伝いに進み始めた。
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