39日目 つのる疑惑




 ――また夢だ、そう思ったのは景色が昔過ごしていた実家だったから。そして、足元で泣いている子供が……私だったから。


 「ああーん! ニーヤがぁぁぁ!」


 「佳鈴、泣かないで」


 ああ、この日か……大泣きしている理由はあの日、子猫をじっと見て動かなかった母猫の具合が悪くなり、殆ど動かなくなってしまったからだった。

 元々、体の強い猫だったわけでは無かったようで、いわゆる猫白血病にかかっていたらしい。ニーヤと名付けた母猫は家猫として飼っていたけど、病気が潜伏していたらしいと母親が後から教えてくれた。


 「にゃー……」


 「ニーヤ、ご飯食べて! そしたら元気になるから! ほら!」

 

 「佳鈴、無理をさせてはダメよ」


 母親に叱られながらも子供だった私は納得がいかず、ニーヤにご飯を食べさせようとする。


 「にゃー……」


 むしゃむしゃと、私に気を使ってか、ニーヤは柔らかい餌を少しずつだけど食べてくれた。


 だけど、病院での治療も虚しく、ニーヤは拾ってからちょうど一年、子猫の元へと旅立ってしまった――





 ◆ ◇ ◆



 「寒くなって来たわねー……」


 『わたしはまるで平気ですけどね!』


 「あ、やっぱり死神ってそういうものなんだ?」


 『そうですね、意識して五感を使うことはできますけど、基本は『無』何も感じないし、通常の方法でわたしを殺すこともできませんね』


 そう考えると賭けの報酬としてナイアを傍に置いたのは間違いではなかったわね。……そろそろ学院も最上級生だというのにちょっと不穏な感じになってきたし……


 「カリンさーん!」


 「あ、フラン!」


 学院の帰り道、私は待ち合わせをしてフランと一緒に学院の近くにある街を歩く。シアンのお店があるのもこの街だったりする。なんでまたこんなところを歩いているかと言うと――


 「おかえり、カリン」


 「ただいま、リチャード」


 「うふふ、いいですわねー」


 甘味屋さん……喫茶店に入るとリチャードが手を上げて挨拶をしてくれた。そう、迎えに来たときの待ち合わせ場所なのだ。


 「最初は恥ずかしかったけど慣れるものねえ」


 「おねーちゃんおかえりなさい!」


 「こんにちは!」


 「あ、エドアール君も来てたのね」


 「こんにちは、相変わらず仲良しですね」


 フランはリチャードと私のことを知ってから、帰りに下校してくれるようになった。何でもあの催眠術未遂事件からクラティス王子が信用ならないと思い、婚約解消後に警戒してくれている。それはこの人も――


 「あら、カリンさんいつも旦那様がお迎えに来て羨ましい限りですわね」


 「フラウラ……そういうのはやめてよね? 今日はどうしたの」


 「もちろんミモザさんとエドアール君を見にですわ! ああんもう、お二人とも可愛いですわあ!」


 フラウラはクラティス王子が好きだったので、婚約破棄が決定した後、クラティス王子にモーションをかけていたのだけどやはり相手にされず、私のことばかり口にするのが怖くなって相手にしなくなったそうだ。

 その様子がただごとではないということで、クラティス王子が何かをしでかすのではないかと彼女も隙を見ては私に色々教えてくれる。流石父親が将軍だけのことはあるよね。バレたらかなりやばい橋だけどね……


 「……こほん。クラティス王子が学院に来なくなって久しいですが、一つお父様から耳にしました。最近武具が新調されたそうです」


 「武具が? でも、リチャードの領地を一つ手に入れたんだから鉱山から石を採れるしそういうものだと思うけど……」


 「それが恐ろしく切れ味が良く、防具も強度が段違いなんだそうです」


 「俺の領地から採れた鉱石はそれなりに良質だったからな。ウチの騎士達が装備しているものも悪くないぞ。しかし装備を強化する意味があるだろうか? 俺は工芸品などを作るために必要だと聞いていたんだがな」 


 「そこですわ。戦力を増強する必要はないとお父様も言っておられました」


 「怪しいですわね。ですが、フラウラさんでも分からないとなると今は動きようがありませんか」


 フランがそう言うと全員が頷き、リチャードが口を開く。


 「クラティスが何を考えているか気になる――」


 「どうしたのリチャー――」


 目を細めて私の後ろを見るリチャード。その目線を辿って後ろを見るとそこに……クラティス王子が立っていた。窓越しに。ニコッと笑って喫茶店へ入ってくると、私達に声をかけてきた。


 「やあ、お揃いで。久しぶりだねカリン、それにフラウラも。そしてリチャード王子」


 「……王子が一人でこんなところにいていいんですか?」


 催眠術事件以来会っていなかったけど、こいつは私を殺した張本人……いざ目の前にすると、冷や汗が噴きだしてくる。やっとのことで絞り出したものの、気分は最高潮に悪かった。


 「顔色が悪いよカリン? リチャード君、ちゃんと見てあげないと」


 「……カリンは諦めたのか?」


 「……もちろんさ」


 そういうクラティス王子のの目は……笑っていなかった。


 「それより本当にどうしてこんなところへ? 今日は学院を早退したはずでは?」


 「良く知っているね。少し野暮用でね、欲しいものがあったんだ。なんだか私は邪魔者のようだ、これで失礼するよ」

 

 「待て、最近ブリザがよく出かけているんだが、何かしらないか?」


 するとクラティス王子はゆっくりと振り向き、言う。


 「妹さん? いや、知らないね。一度だけアポなしで私のところに来たけどそれ以降は……」


 「そうか。引き止めて悪かったな」


 「問題ないよ。それじゃカリン、また」


 「え、ええ……」


 私を見て目を歪めて笑うクラティス王子。この男、まだ諦めていない。そう思った。


 『……』


 「ナイア?」


 ナイアが黙っているので気になってみると、目線の先には何も無かった。恐らくあのクレルという死神がいるのだろう。


 『あ、何でもありませんよ? このスパゲティおかわりしていいですか?』


 「家で食べなさい……」


 この後、リチャードと一緒に屋敷へ帰り、他愛ない話をして終わる。さらに月日は経ち、それは起こった。


 いや、始まったのだ。

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