40日目 始まりの日常
「どうだ、使えそうか?」
『バッチリだ。そっちはどうなのだ?』
「こちらも問題ない。父上には告げずに決行する。あの国王が戦争を起こせるとは思えん。騎士達も催眠術にかけて連れて行くつもりだが、多人数は出来るか?」
『当然だ。人を害さなければ行使することができる。死神とはそういうものだ』
「……直接刈り取ってくれてもいいんだがな」
『そんなことをすれば冥界の王に何と言われるか分からんよ。ともあれ、お前と私の利害は一致した、そろそろ計画に移ろう』
◆ ◇ ◆
「――この学院を卒業できること、嬉しく思います」
クラティス王子が代表で答辞を述べる……今日は学院の卒業式で、私達はホールに集まりそれを聞いていた。私達の疑念とは裏腹に、クラティス王子はずっと大人しかった。
『……』
「どうしたのキョロキョロして」
私が小声で聞くと、ナイアがハッとして私に返してくる。
『いえ、クレルがいないか見ていたんですよ。あの死神なら裏をかいてくる可能性はありますからね』
「この中じゃ難しいんじゃない?」
『そうでもありませんよ、この生徒を全員催眠術にかけてカリンさんを襲うくらいはできます』
ハッキリ言う。
「あんたも出来るってこと……?」
『……そう思ってもらって構いません。いざとなれば生徒を肉壁にすることも……』
「怖いから止めなさい!?」
「こら! 静かにしなさい!」
私が立ち上がって叫ぶと先生に怒られてしまった。チラリと端を見ると、来賓席にいるリチャードが笑いを噛み殺しているのが見えた。隣国からの視察とかそういう名目で入りこんだようだ。
パチパチパチ――
まったく聞いていなかったクラティス王子の答辞が終わり、拍手が鳴り響く。クラティス王子は片手を上げながら壇上を降りて自席へと座る。
「えー続いて証書の授与を――」
証書の授与に続き、学院長の長い話がくどくどと。この辺りはどの世界も変わらないのかなあ。ただ、卒業証書は今後の就職に大いに役立つので損は無い。
やがて話が終わると、私達は解放され教室へと戻ることになり、フランとシアンと共にてくてくと歩いていく。リチャードは……もう居ないわね。そこにフランがぐっと拳を握って口を開いた。
「いよいよわたくしたちも来月から最上級ですわね」
「そうねー。ちょっと早いけど、卒業したらフランはどうするの?」
「わたくしですか? わたくしは、幼いころから決まっている許嫁と暮らしますわ」
「「ええ!?」」
さりげなくフランの爆弾発言が飛び出した!
「あ、え? そ、そうなの?」
「ええ。ミモザさんより少し大きい歳くらいに、両親から紹介されまして、それからですね。えーっと、コルドー伯爵家の次男ですね。とても良いお方なんです」
珍しくにへら、っと顔を緩ませるフラン。
「あそこの次男ってことはシェイプさんか。もう学院はとうに卒業しているから年齢はリチャードと同じくらいじゃなかったっけ?」
「ですわ」
「コレドー様はお得意様だから良く知ってるよ! 一家揃って穏やかだよねー。そっかあフランも結婚かあ」
シアンが頭の後ろで手を組んで困り顔で呟く。だけど私達はそれを見て、二人で両肩に手を置き、耳元で囁く。
「オールズ……」
「ご挨拶……」
「んぐ!? げほ……げほ……ど、どうしてそれを……!?」
マジで!? という顔で私達を見るシアン。ちょうどそこへオールズが私達を見つけて走ってきた。
「愛しいオールズに聞きなさいな」
「おーい、シアンに二人とも! どうしたんだ? はやいところ教室に戻ろうぜ。ここは寒くていけねえ」
「ねえ、オールズ。あんた二人にお父様にご挨拶に言ったの――」
「え? ああ、話した! いやあ、父上があんなに喜んでくれるとは思わなかったから誰かに言いたくてさ。二人ならシアンの友達だし、いいかと思ったんだ」
「いいわけあるか!」
バキイ!
「なんで!?」
「さ、先に戻ってるわよ!」
「あ、おい待ってくれよ!?」
「着いてくるなぁぁぁぁ!」
かなり腰の入ったフックが入ったが、そこは男の子。すぐに復活しシアンを追いかけて行った。
「ふふ、あれはあれで羨ましいですわね」
「本当ね」
そんないつもの日常。
そして、今日でまた、学院は長いお休みに入る。そう、私が記憶を取り戻してそろそろ一年が経とうとしていた。
「ただいまー」
「おかえりなさいおねーちゃん!」
「おかえりなさい、カリンお姉さん!」
『ふふ、すっかり仲良しさんですね』
ナイアが目を細めて笑うのをよそに、私はリビングへと入っていく。すると、部屋にはお母様とリチャード、そしてブリザが居た。
「あれ、ブリザも来てたんだ。卒業式には居なかったわよね?」
「……ええ、先程こちらへ来たんですのよ。お兄様とカリンさんにお話がありまして」
「話?」
私が首を傾げるとブリザは頷き続ける。この子ともだいぶ打ち解けてきた……と思う。多分。
「明日から学院はお休みでしょう? お兄様とエドアールがこちらに来ることが多くなってお父様が寂しがっていますの。少しでいいので、ウチで過ごしてもらえませんか?」
「あー、確かに週一くらいでしか帰っていない気がする……でもエドアールは帰しているだろ?」
リチャードが肩を竦めて言うと、ブリザは答えた。
「エドアールはミモザさんが居なかったら勉強漬けですのよ? お父様が構おうとしても突っぱねられておりますの」
「うん。僕、頑張ってるんだ」
「えらいわねえ」
ドヤ顔のエドアール君はまだ人見知りをするけどね。私が頭を撫でてあげると、リチャードがソファから立ち上がって言った。
「それじゃ、カリン一緒に帰ってくれないか? たまには揃って顔を出すのもいいだろう」
「うん、わかったわ。明日でいい?」
「ええ、勿論ですわ! お父様も喜びます」
こうして、私とリチャード、ミモザにエドアール君とブリザがフィアールカへと行くことになった。お父様はお仕事の都合で行けず、そんなお父様を放ってはおけないとお母様も断念した。
『お城でゆっくり羽を伸ばせますね! ブリザさん気が利きますね。エースの称号を与えましょうか。名付けてブリザエ……』
「止めてあげなさい!」
「うふふ……」
そして私達は小旅行気分で屋敷を後にしたのだった――
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