41日目 嵐の始まり
「あーあ、これじゃあ明日もお庭に出られないねー」
「うん……それじゃあお部屋でお勉強しようよ」
「わかったー!」
外を見ていたミモザとエドアール君がリビングから出て行く。庭に出られないのは、雨が降っているからにほかならない。ここへ到着したのは昨日で天気は物凄く良かったんだけど、今日は陽が暮れるにつれ雲行きが怪しくなり、ついにどしゃ降りになってしまったのだ。
「たまにはのんびりするのもいいか」
「学院は忙しいのかい?」
ソファのクッションに顔を埋めた私にリチャードが声をかけてくる。苦笑している感じの言い方だ。彼は熱心に送り迎えをしてくれるのでもうすっかり慣れてしまい、リチャードのお城だけど実家のような安心感で過ごしていたりする。
「今はそうでもないんだけどね。恐らく忙しくなるのは休み明け……最上級になってからかも」
「……クラティス王子は?」
「そっちも音沙汰なしね。流石に諦めてくれたんじゃないかしら? たまに見かけるけど、話すこともないし」
「そうか。さて、こうして語らいたいところだけど、父上に内政のことで呼ばれているんだ。悪いけど少し外すよ」
「あ、うん。ブリザでも探して遊んでおくわ」
「はは、あの子と仲良くできているのが俺の一番の安心だな。それじゃ行ってくる」
私の額にキスをしてウインクするリチャード。キザったらしいけど、彼がやると自然でかっこよく見えてしまう。うーん、私もたいがいだなあ。
「それじゃナイア、ブリザを探しにいきま――」
カッ! ゴロゴロゴロ……
『……』
「きゃ!? や、やめてよ雷をバックに髑髏顔はガチ過ぎて怖いって!」
『え? ああ、すみません。素が出ていましたか……ブリザさんを探しに行くんですね! このわたしの鼻で見つけて見せましょう!』
「いや、部屋にいるでしょ……」
リビングを後にした私達はブリザの部屋へ向かい、扉をノックする。
「ブリザ、リチャードがお仕事に行っちゃったから話さない?」
シーン……
『……居ないんですかね?』
「もう暗くなるし、お風呂かしら?」
城から出て行くことは考えにくく、もし町へ出るならリチャードに声をかけていくはずなのだ。一日一緒に居たけどブリザを見ていないので恐らく城の中に居ると思うんだけど。城の探索でもしようかと思った時、メイド長さんが話しかけてきた。
「カリン様? ブリザ様をお探しですか?」
「え? あ、そうですそうです。部屋に居ないみたいんんでお風呂を見てこようかと……」
「……それじゃあれはやっぱり見間違いじゃなかったのかしら……」
「どういうことです?」
困ったわ、という顔をするメイド長さんに尋ねると、窓の外からブリザが外に出て行くのを見たのだと言う。傘をさしていたから顔は分からなかったけど、雨の中フラフラとどこかへ行ったのだとか……部屋に戻ろうかと廊下を歩き出すが、ブリザの様子が心配である。
「うーん……どうしちゃったのかしら? 見間違いだったらいいんだけどね、ナイア」
『……』
「ナイア?」
『ハッ!? あ、えっと、ブリザさん、わたしが探してきましょうか? わたしなら雨に濡れないですし、一人で出て行ったのなら心配じゃありませんか?』
「それなら私も一緒に――」
そう言うと、ナイアが首を振って手で制してきた。
『それはダメですよ。雨の中で風邪でも引いたらどうするんですか? それに付き添いも無しだと、今度はリチャードさんが心配しますよ?』
「う、そっか。じゃあ、お願いしていい?」
『もちろんです! それじゃ行ってきますね』
フワリと宙に浮き、ナイアは廊下の窓を開けて出て行った。何となくだけどナイアは焦っていたような気がする……
「大丈夫、よね?」
私の呟きに、ゴロゴロと雷の音が大きくなった気がした。
◆ ◇ ◆
じゃり……じゃり……
フラフラと傘をさして歩く女性……それはブリザだった。適当に歩いているように見えるが、目的地は決まっているらしく、その場所へまっすぐ進んでいく。
やがて――
「来たか」
「……」
『ブリザよ、カリン=ノーラスとリチャードは城に招き入れたな?』
ブリザが到着した場所にいたのはクラティスとクレルだった。何度かカリンを追い出そうと計画していたブリザをクレルが催眠術で利用するし、今まさに最後の計画が実行されようとしていた。ブリザはクレルの言葉に頷くと、詳細を話し始めた。
「……はい……お父様が寂しがっていると言いお休みにウチへいらしたらどうですかと尋ねると二つ返事で了承して今はお城に滞在していますわ。キスをしたのを目撃したのは機能だけで四回。カリンさんがお兄様に微笑みかけた回数一四回。一緒にお風呂に入れば圧倒的ひたすら圧倒的胸の大きさで敗北したわたくしは枕を涙で濡らしました。お兄様なんて知りませんわたくしもクラティス様と視線をかわしたりした――」
「もういいもういい! 何だ、本当に催眠術にかかっているのかこいつは!」
淡々と口だけを動かすブリザの言葉に戦慄を覚え、自分の名前が出たあたりでストップをかけた。クレルは動じることなく返答をする。
『もちろんさ。私の能力でバッチリ誘い込むことができたようだ』
「……それならいいんだがな。そいつは用済みだ、殺してやるから魂を喰え」
『自分を好いてくれる人を殺すとは、なんてお優しい王子様で。前世でも似たようなことをしてたから余裕かね』
「……黙っていろ。もうすぐこの国の人間全てを始末するからな、まずは城の人間を殺してからだ」
「……」
人形のように黙ってクラティスを見ているブリザの瞳に色は無く、クラティスは冷ややかにそれを見ながら剣を抜く。
「まずは一人」
ヒュン……!
ザクッ……!
「ブリザ姫! ぐああああ!?」
「何!?」
クラティスが剣をブリザの頭に振り下ろした瞬間、横から男がタックルをブリザにし、剣は男の背中を斬り裂いた!
「大丈夫かアジーン!」
「ああ、セロ。……なあにかすり傷だ……おい、しっかりしてくだせえ姫!」
「まったく、最近おかしな態度がこれでようやく分かったな。流行の催眠術か」
アジーンと呼ばれた男に続き、二人の男が陰から現れ、ブリザとアジーンを庇うように立つ。この三人はブリザが手駒として使っていたあの三人だった。
「貴様等……ブリザの……!」
『ありゃりゃ、これは想定外かねえ』
「久しぶりだな、他国の坊ちゃん。あの最初の日以来俺達に声がかからなくなってな? あんたらは臭い、そう思ってずっと監視させてもらってたってわけだ」
「このアホ姫のおかげでかなり痩せたんだぞ?」
「それはどうでもいいだろトレス!? ……さて、質問だ。姫を催眠術にかけた上に騎士を連れて他国に来るとはどういう了見かな? ことと次第によっちゃ――」
「どうすると言うのだ? 貴様等をここで始末すればいいだけだろう?」
クラティスが手をあげると背後に控えていた騎士が前へ出る。鎧の家紋はフィアールカのものだった。
「それも姫が、か?」
ブリザを背負ったアジーンが小さく呟きながら後ずさる。それを見てニヤリと笑ったクラティスが口を開いた。
「知る必要があるか? ……やれ!」
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