38日目 忍び寄る悪魔の手

 

 「え? リチャードさんが送り迎えを?」


 学院から戻るとリチャードさんが屋敷へ来ており、応接室でお父様とミモザと話し込んでいたようだった。メイアに案内され、私も加わるとそんなことを言い出したのだ。


 「ああ、たまにだけど。俺もその内この屋敷で住むことになるんだ、泊まらせてもらいたいと思っている。その時は送り迎えをさせてくれないだろうか?」


 「私は構わないけど……婚約中とはいえ、それはいいのお父様?」


 横で新聞を読むふりをして聞かなかったことにしていたお父様がビクッと体を震わせた。


 「……その、夜の営みをしないなら私も構わない」


 「ちょっと……!? ……お、お父様がいいならいいけど……」


 「よし、決まりだ! 今日は帰るがまた準備をして戻ってくるからな! エドアールも連れて来てやる」


 「わーい!」


 ミモザの頭を撫でながらリチャードさんは席を立ち、笑顔で帰って行った。元気だなあ……そう思っていると、ナイアが話しかけてくる。私は玄関から立ち去ると、そのまま自室へと足を運ぶ。


 『……クレルとクラティス王子の動きが無いのが不気味ですね。このまま結婚まで何事もなければいいんですけど』


 「流石に諦めたかしらね? お父様はこの国の重役だし、国王の言うことに逆らえるとは思えないわ」


 『だといいんですけどね。……さて、楽観的な結果が出たところでおやつにしましょう、おやつに! カリンさん作のフルーツゼリーが楽しみです!』


 「ま、あんたはそういうやつよね」


 シリアスな雰囲気が台無しになるが、相手の出方を待つ以外できることはない。よしんばこっちから接触するメリットはないからね。



 ◆ ◇ ◆



 「そうか、カリンは王室暮らしが嫌だった、と」


 「ええ。だから最初からクラティス王子とは結婚する気はとんと無かったということです」


 「……いや、恐らく最初は違っていたはずだ。記憶が戻ってからだろうな。あの女は昔からそうだ……金や地位よりも自分の考えと信念で行動する」


 「記憶……?」


 ブリザが訝しむと、クラティスは咳払いをして話を進める。


 「話は分かった。こちらにも考えがある。リチャード王子との婚約は無かったことにできるさ」


 「まあ! 流石クラティス王子! 一家揃って辺境にでも送るんですの? ……あ、あの、カリンさんを失脚させた暁にはわたくしとその……お付き合いを……」


 「? どうして私が君と?」


 「ガーン!? ……っ!」


 ゾクリ……


 クラティスの冷たい笑顔をみたブリザは目を見開いて驚いていた。その表情は、とても邪悪で嫌らしい顔に歪んでいたからである。


 「(この方、一体……?)で、では、わたくしはこれにて失礼しますわ! ……またお会いしてくれますか?」


 「……カリンを追い落とすためなら構わない。ビル、お見送りをしてくれ」


 「はい!」


 「かしこまりました、こちらへ」


 パタン


 ブリザが出て行ってから、クラティスは一息つく。


 「ふう、困ったものだ」


 『相変わらずモテモテってやつだな』


 「言うな。あの手合いは顔だけで近寄ってくるヤツの典型だ」


 『いいじゃないか、いつもみたいに食ってやれば』


 「一国の姫だ、後が面倒だろう? どうせあの一族には死んでもらうつもりだしな」


 『違いない。で、どうだ記憶が戻ってから』


 死神装束に変わったクレルがニヤリと笑いながらクラティスへと言う。すると、クラティスもニヤリと笑い、返す。


 「いいね、悪くない。鳴瀬佳鈴を殺した後、私は道路に飛び出し死亡……悔やんだものだが、お前に出会ってよかったよ」


 『賭けには負けたけどな。しかし、それ以上のモノが手に入るなら問題は無い』


 「分かっているよ。魂だろ? カリンは手に入れる。無理矢理にでもだ。監禁して体に分からせてやる……前世では殺してしまったが今度こそ私に向くようにしてやる。その前にリチャードの奴には仕返しをしないといけないがな」


 そう言ってクラティスが見事な剣を取り出すと、クレルが口笛を吹いた。


 「鉱山の使用が出来るようになり、良質な鉱物が手に入るようになった。私の知識で剣や鎧の強度を上げる技術も提供できた。この武具をもってフィアールカへ攻めるとしよう」


 『いいね。食い放題か……』


 舌なめずりをするクレルに、クラティスが尋ねる。


 「カリンについている死神は問題ないのか?」


 『ああ、あいつには何もできないよ。なんせ魂を喰うのも嫌がる変な死神だってもっぱらの噂だ。じかに話したけど、大した力はない』


 「そうか。……クク、待っていろリチャード。今はまだ生かしておいてやる。準備ができ次第お前を――」



 ギラリと光る剣を見ながら、クラティスは残忍な笑みを浮かべるのだった――

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