37日目 いつもの日常にスパイスを





 「――ねえ、あの猫さんどうして動かないの?」


 「うーん、それはね――」


 あれは――


 「うぐ、ぐす……ダメだよそしたらこの子もしんじゃう!」


 「あ、佳鈴!」


 ――あれは私……? 小さいころの……これは夢?


 「猫さんの子供はもう死んじゃったの、わたしが一緒に埋めてあげるからばいばいしよ?」


 ああ、覚えている……雨の日……お母さんが幼稚園のお迎えに来て、新しい傘を喜んでさしていたあの日……私は空き地で雨に打たれてじっと二匹の子猫を見ている母猫に出会ったのだ――



 「ふーっ!」


 「きゃ!? もう子猫さんはしんじゃったの! もう動かないんだよ……猫さんまで死んだら、嫌だよ……」


 「にゃー……」


 子猫を埋めようと手を伸ばすと母猫は攻撃してきた。でも、よくみればやせ細っており、倒れていた子猫も痩せていた。今なら分かる、あれは餓死だったのだろうと。

 母猫が諦めて蹲ったので、私はお母さんと一緒にお墓を作ってあげた。その後、私は寂しそうにしている母猫を拾って帰ったんだっけ――


 でも――


 



 ◆ ◇ ◆





 「ん……」


 『ぐがーぐがー』


 「何か変な夢を見ると思ったらあんたのせいか!」


 『ふぎゃ!?』


 私の上にどっかりと乗って寝ていたナイアを転がし、床に叩き落とすと、変な声をあげて――


 『ぐう……』


 また寝ていた。


 「ほら、起きなさい。学院へ行くわよ」


 「ハッ!? にぼし……にぼしはダメなんです……」


 「寝ぼけるな」


 と、いつもの朝の風景で、学院生活も別段変わった様子は無い。


 ……無いのだが、実は書状が届いたであろう日からクラティス王子が何も言ってこないのが逆に不気味さを醸し出していた。初場 桐、諦めてくれたのならいいんだけど。


 『ご飯、ごっはん♪』


 「相変わらず良く食べるわねぇ……」


 『カリンさんが食べろって言うからですよ!』


 「言ってないわよ!?」


 「おねーちゃん、ナイアおねーちゃんおはようございます!」


 「おはよう、ミモザ」


 『おはようー!』


 ミモザはエドアール君とのこんにゃく。もとい婚約が決まり、帰りの馬車でお父様とお母様が色々レクチャーし、今は立派なレディーになるよう勉強に励んでいる。

 

 「今日は帰ったらお勉強教えてください!」


 「うん、いいわよ。というかまさかミモザがこんなに頑張るなんてね……」


 『いいじゃありませんか、王族! お金持ち! 幸せ!』


 「お金で幸せを語っちゃダメな気がするけど」


 『貯金が趣味で、婚期を逃したカリンさんがそんなことを言うなんて……』


 「うるさいわよ!?」


 家ではこんな感じ。


 そして学院は――



 「おはようございますカリンさん」


 「おはようーありゃ、シアンとオールズ、もう隠しもしないのね……」


 「うふふ、羨ましいですわ。カリンさんも隣国の王子とご結婚されるのでしょう? クラティス王子はどこか嫌な雰囲気がありましたから正解ですね。でも――」


 「分かってるわよ、何か企んでいるかもしれないってことよね?」


 「はい……」


 私が催眠術を駆けられていた時のように、フランの勘は鋭く反応しているという。用心に越したことはないと思う。


 『一人でお城に行ったりしないようにしましょうね。死神クレルが何をするかわかりませんし。……あ、クラティス王子ですよ』


 ナイアが窓の外を見ながらそんなことをいう。その表情はいつものにこにこ笑顔とは違い、とても緊張していた。


 「カリーン! ねえねえ、隣国の王子ってどんな人なの? そろそろ教えてよー」


 「もう、シアンったら……」


 穏やかに続く日常。だが、歯車はすでに動きだしていた。




 ◆ ◇ ◆



 

 「まったく、この国は客人にお茶も出しませんの? わたくし、ブリザ=フィアールカが直々にはせ参じたというのに!」


 「姫、アポなしで来てそれはダメですぜ」


 「まったくですよ。アホですねアホ」


 「首を刎ねるわよ!? おっと、来たようですわ」


 ブリザはカリンと兄、リチャードの結婚に納得がいかず、クラティスのところへ来ていた。もちろん、カリンの思惑を伝えて、この話を混ぜっ返そうという腹だった。


 ノックの音がし、クラティス王子が入ってくると、横に立っていた三人の男達は息を飲んだ。


 「どうも、遅くなりまして申し訳ありません。私がマルクウ王国の王子、クラティスです」


 「まったく遅いですわ! わたくしを誰だと……あら……」


 ズキューン! と、効果音が聞こえてきそうなくらい、ブリザの表情はみるみるうちに乙女の顔へ変わっていく。いわゆるドストライクというやつだった。


 「ビル、お茶をお持ちしろ。……それで、お忍びでわざわざいらしたのは? 何か内密なお話でも……?」


 「あ、あの……好きな女性のタイプは……?」


 「は?」


 クラティスが間の抜けた声を上げると、取り巻きの男が慌てて肩を叩き、耳打ちをする。


 「(姫、そうではないでしょう! カリン様の話をするんじゃなかったんですか!)」


 「あ、そ、そうでしたわね。クラティス王子のお顔が眩しくてつい……」


 前世もモテていた初場はそれを聞いて悪い気はせず、笑いながら話を続けた。


 「ははは、ありがとうございます。ブリザ殿もお美しいですよ」


 「あら、お上手ですわ」


 「(社交辞令って言葉、知ってますか? 姫)」


 「ふん!」


 「ぐあ……」


 「ど、どうされましたか……?」


 「いえ、長旅で疲れてしまったようですの。それで話というのは、カリン……カリン=ノーラスについてです」


 「ほう……」


 クラティス初場の表情がスッと真顔になった。

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