36日目 真意と次のステージへ
「エドアールお前、一体どうしたんだ? そりゃミモザちゃんは可愛いが昨日今日で結婚はないだろう?」
国王様が困った顔で笑いながらエドアール君の頭を撫でると、眉をあげて国王様に一生懸命話しかけていた。
「僕、ミモザちゃんがいい! 大きくなったら結婚したい! そうじゃなきゃ僕、このおうちを出て行くから」
「ミモザも、エドアード君をけっこんしたい! おねーちゃんがおにーちゃんとけっこんするからいいでしょ?」
「おいおい……困ったな……」
頬をふくらますミモザが、お父様を見上げてそんなことを言い、お父様が頭をかいて呻く。私の婚約騒動が一転、妹・弟の結婚話しになるとは誰が想像しただろうか……するとリチャードさんが大声で笑い始めた。
「あはははははは! まさかエドアールに先を越されると思わなかった! いいじゃないか父上、婚約をゆるしてやっても。ここは良いって言っておかないと拗ねるパターンだ。それに考えてもみてくれ、エドアールがこんなに頑固な我儘を言ったことがあるかい?」
「う、むう……そうだな、子供の戯れだし、ラウロ殿構わないか?」
「え!? そ、そうですな」
するとずっと黙って聞いていたお母様が口を開いた。
「私はいいですよ、ミモザが選んだんですもの。ミモザ、大きくなるまでエドアール君を待っていられる? ミモザを好きって言ってくれる人が他に現れるかもしれない。それでもエドアール君を選べるかしら?」
「うん!」
ハッキリ頷くミモザ。一体何があったというのか……? 横ではにこにこしているナイアが、泣いていた。
「ナイア?」
『え?』
「どうして泣いているの?」
『わたし、泣いてますか?』
ほら、とハンカチを渡すと、ようやく泣いていることに気付いていた。
『多分、カリンさんより先に結婚が決まったのが嬉しかったんですよ! このままカリンさんは王子二人を振って一人寂しく老後を過ごすと思いますし』
「んなわけあるか!? もう……とりあえず、この件はエドアール君の勝ちみたいね、となると次は……」
「ではエドアールよ、ミモザちゃんを妻にできるよう勉学に励むのだぞ。ラウロ侯爵、たまにお互いの家に遊びに出しても構わないだろうか?」
「はい。いやはやこんなことになるとは……」
「良い、私としても他国とはいえ侯爵家の娘を嫁候補にできるなら願ったりだ。さて、それでリチャードよ、婿行きをしてこの国はどうする?」
するとリチャードはくっくと笑って、エドアールとミモザを手元に引き寄せて国王様へ言い放つ。
「この二人でいいじゃないか。結婚すればエドアールが国王、ミモザちゃんが王妃……それで問題ないだろ? 呪われた赤い目の王子よりはよっぽどいい」
フッと笑い「?」顔の二人の頭をくしゃりと撫でると、国王様が目を見開いて驚いた。
「お前、まさか最初からそのつもりで自分で嫁を探すなどと……!?」
「ま、そういうことさ。悪いな父上。お見合いや他国の姫だと、しがらみが多い。平民の娘なら押し通して王族から抜けられると思ったんだ。だけど、まあ、一つ失敗したのはカリンが侯爵家の娘だったってことだな」
そう言って笑うリチャードさん。
「色々な街を歩いて回ったし、貴族の娘なんかも見てきた。その中で意気があったのはカリン、お前だけだ。俺が婿養子になれば王族にはならない、どうだ?」
「どう、って言われても……」
困った……これではクラティス王子に立つ瀬がないし、ブリザもきっと怒るに違いない。あ、ほら、凄い顔になってる。
「それとも俺が嫌いか?」
「う……」
イケメン顔で悲しそうな顔をされるととても心苦しい……! でも良く考えてみよう、クラティス王子はあのストーカー男、まずない。そしてリチャードさん。子供のミモザにも優しく、話が合う。イケメン。
私が欲しいもの……平穏な生活……リチャードさんは婿養子になってまで私と一緒になってくれるという……あれ? よく考えたらあまり悩む必要なくない?
「……本当にいいんですか? 侯爵家へ婿養子は肩身が狭いかもしれませんよ?」
「いいさ、そういうのはもう十分味わった。それが好きな人と一緒になれるのならいくらでも我慢できる」
「もしかしたらクラティス王子が怒って没落するかもしれませんよ……?」
「その時はこっちの国で地味に過ごせばいい。あ、畑耕して売ったりするのもいいかもしれないな」
「お兄様にそんなのは似合いませんわ!? わたくしが食べさせてさしあげます」
兄を甘やかすな、ブリザ……
というかこの人にとって身分は関係ないんだなって感じた。恐らく私が何を言っても受け入れてくれるだろう。諦めてくれる気がしない。王族でないなら――
「分かりました。国王様がよろしければリチャードさんとの結婚、受け入れましょう!」
「おお! 本当か! 父上、ご決断を!」
戦にでも行くかのような言い方をするリチャードさんに苦笑しつつ、苦い顔をした国王様を見る。口をへの字に曲げて目を瞑っていた国王様がやがて目を開ける。
「……良かろう。今までお前を守ってやれなかった私の責もある。好きにするといい」
「ありがとう、父上。なに、この国は大丈夫だ! エドアールがきっと立派に継いでくれる」
「え? え?」
良く分からないといった感じでキョロキョロするエドアール君。そこに国王様がコホンと咳払いをして言う。
「ただし! エドアールが成人するまで城に居てもらうからな。カリンさんもそのつもりでお願いしたい。なに、私もすぐ死ぬわけではないから、公儀には関わらない安心してくれ」
「は、はい! でも結婚はその、学院を卒業してからでもいいですか?」
「ああ、勉学は必要だ。エドアールもこちらにある学園で学んでいる」
「ミモザもおべんきょーがんばるの!」
「ははは……父さんは複雑だよ……」
お父様がそう言うと、わっと笑いが込み上げる。ブリザは引きつった笑いだったけど。ごめんねー……
「では、私が書状を送っておく。ゆっくりできるのだろう? はっはっは、ちと変わった結末だが悪くない! 嫁が兄弟で決まるとは! 今夜はパーティだ」
そう言うと、椅子から立ち部屋を出る。
「よろしくな、カリン」
「は、はい……まさか路地裏で会ってからこんなことになるなんて……」
『良かったですね、カリンさん!』
結構心臓がドキドキしている私の肩に手を置いて、ナイアがやっぱり泣きながら祝福してくれた。
◆ ◇ ◆
――数日後
「クラティスよ」
「……はい」
「カリン嬢がフィアールカへ行き、この度の件、決まったぞ」
「……! で、カリンはどうでしたか?」
あの性格なら二人を選ばず独り身を選ぶことも有り得る……そう考えていたクラティス。それならばまだチャンスがあると、思っていたのだが――
「カリン嬢はリチャード王子を選んだ。そして、リチャード王子は王族を捨ててノーラス家の婿養子になるそうだ。フフフ、これで鉱山はこの国のものになった……」
ほくそ笑む国王。その言葉はクラティスに聞こえていなかった。
「(馬鹿な……!? 私が選ばれなかっただと! 何故だ何故いつもあの女は! ……あの女? 私は何を……?)うっ、頭が……!」
「ど、どうしたクラティス!? 誰か! 誰かおらぬか! クラティスが――」
バタバタと従者や兵士が駆け込み、クラティスが運び出される。それを客人として招かれているクレルが柱の影からニヤリと見ていた。
「(どうやら始まったか……ヤツの記憶を取り戻すトリガー……それは『もう一度、鳴瀬 佳鈴に振られること……)」
クレルは背を向け部屋へと歩きはじめる――
「面白くなってきたな。ま、私は魂を食えればなんでもいいがな」
そしてもう一人、良しとしない人物が暗躍を始めようとしていた。
「カリンめぇぇぇぇ! 結局お兄様と結婚するとは! 嫌がらせしてやる……! まずは隣国の王子に真実を話すのよ!」
「止めた方がいいと思いますがねぇ……」
「王子に嫌われますよ?」
「おだまりなさい! 黙ってついて来ればいいのです!」
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