35日目 思いもよらぬ展開



 「――で、あなたは王族になりたくないという訳ですの?」


 「そうそう。ブリザに聞きたいんだけど、姫として国を背負うってどう思う?」


 「ちょ!? まだ会ったばかりで慣れ慣れしいですわね!? ……あまり考えたことはありませんわね。産まれてからずっと姫として可愛がられてきたわけですし、民から税を貰って暮らし、見返りに民の暮らしを良くするというのを教えられてきましたから。……まあ、母はどうだったか分かりませんが」


 そんなわけで私とブリザは部屋でお茶をしながら語り合う。裏事情である王族には向かないというのを話したうえで質問してみるとそんな回答が返ってきた。習うより慣れろって感じもするかな? 侯爵家も領地経営があるけど、国ほど大きくないしねえ……



 「なるほどね。あ、このお菓子美味しい」


 「当然ですわ! フィアールカで取れる花の蜜から作ったお菓子ですもの! 街でも大人気ですわ!」


 「いいわね、これ。フラウ達におみやげにしようかな。話合いが終わったらお店に案内してよ」


 「問題ありません。特注で取り寄せれば良いのです」


 「おー、流石王族! こういう時は便利ね」


 「そうでしょうそうでしょう……ってそんなちっさいことで王族の凄さを噛みしめないでくださいまし! 調子狂いますわね……ではカリンさんはお兄様と結婚する気はないと?」


 急に本題に戻り食べていたお菓子でむせる私。


 「ごほっ!? んぐ! そうね、一応表向きは『どっちにも悪いから』で通したいから単純にお断りを言うつもりだけど」


 「おかしな方ですわね。お兄様は確かに瞳の色が変わっていますけど、王妃になれるとなったらどんな手を使っても結婚したがる人が多いでしょうに」


 「んー、まあさっきも言ったけど性格的に向かないのよね、多分。領地を回って挨拶するくらいがいいところよ」


 するとブリザがふう、とため息をついて席を立つ。


 「お話は分かりました。お兄様と結婚しないというのであればわたくしはどっちでもいいから特に邪魔をしませんわ」


 ふむその口ぶり、もしかするとこの子……


 「もしかしてブリザ、お兄ちゃん子なの? 好きな人はリチャードさんとか?」


 すると一瞬で顔がリンゴのように真っ赤になり、私の口を塞いできた。


 「なななななな何を根拠にそのようなことを!」


 「ぷは! だって、リチャードさんと結婚しないならいいってもうそう言う事にしか聞こえないわよ?」

 

 「ひい!? ……だ、だってやっとちゃんと会えるようになったから、お兄様というより異性に見えてしまって……」


 「え? どういうこと?」


 一瞬ブリザが「あ!?」という顔をしたけど、渋々事情を話してくれた。


 「……お母様が生きていた頃、お兄様はあの瞳のせいでずっと別宅で過ごしてきたのです。たまにお母様が居ない時にお父様がパーティなどに連れ出していたのですが、その度に喧嘩をしていましたわ」


 「そういえばさっき出迎えてくれた時お母様が居なかったわね……?」


 ブリザはコクリと頷き、続ける。


 「去年の今ぐらいでしたかしら……心臓発作を起こして亡くなりましたわ」


 「ごめんなさい……」


 「良いのです。わたくしが言うのもなんですけど、良い母ではありませんでしたから。それでお父様は大々的にお兄様を王子として城に戻し、王位を継がせる準備を進めているのですわ。ですが結婚相手は自分で探すとふらふらしていて」


 そこで私と会ったってことか。でも二回しか会っていないのに結婚したいというのは何だか胡散臭い気もするけど……


 「お話が過ぎましたわね。忘れてくださいな。……とりあえずお兄様と結婚するなら、わたくしは邪魔させていただきますからそのおつもりで! おーっほっほっほ!」


 「はいはい」


 「軽っ!?」


 テンプレな笑いをしながらブリザが出て行き、静けさが戻る。後はリチャードさんと話をしてみてお断りを入れるだけかな。ブリザがちょいちょい口を挟んでくれることを期待しよう。


 そんなことを考えていると、しばらくしてナイアとミモザが戻り、食事・お風呂を頂いた後就寝する。


 『わたしのご飯……』


 流石に実家ではないので、私に出されたパンを持って来るのが精一杯だったことを付け加えておく。



 ◆ ◇ ◆



 「ミモザちゃんおはよう!」


 「おはようエドアールくん!」


 「ふあ……朝から元気ねえ……」


 『うふふ……仲がいいことは喜ばしいことですよ……』


 「顔、髑髏になってる」


 ミモザはすっかりエドアール君と仲良くなり、二人で朝食前から遊びに行く。子供は出席しなくてもいいだろうと、お父様が言い、着替えを済ませて朝食。


 そして――



 「やあ、カリン。そちらから来てくれるとはな。その内挨拶に行くつもりだったんだ」


 にこにこ笑顔のリチャードさんが憮然とした顔のブリザと共に来賓室へと現れた。何でも昨日は領地めぐりをしていたらしい。今後のためってことでしょうね。


 「カシューさんがまさか隣国の王子だとは露知らず、無礼なふるまいをしました。お許しください」


 「おいおい、知らなかったんだからいいって。いつもみたいな態度で構わないぞ?」


 リチャードさんが無茶なことを言う……流石に公式の場で隣国の王子相手に軽口を叩けるほど気は大きくない。そこへ国王様がにこやかに窘める。


 「リチャード、無理を言うものではないよ。すまないねカリンさん、今まで外に出られることが少なかったから嬉しいんだよ。21にもなって子供みたいで申し訳ない」


 「い!? 子供みたい……父上、それはあんまりです……」


 「フフ……仲がよろしいのですね」


 お母様がそう言い、場が和むと、国王とリチャードさんは本題に入る。


 「……さて、話しは聞いていると思うが私の息子、リチャードがぜひカリンさんを妻にしたいと言っている。クラティス王子の婚約者であることも重々承知しているが、リチャードには今まで不憫な想いをさせてきたから、少しくらいのわがままは許してやろうと思っておる。しかし、カリンさんの気持ちも汲まねばならん……どうだろうか?」


 「今まで出会った女で、お前がこう、びびっときたんだ。話も合うし、一緒にいて楽しい。だから無理を言わせてもらったんだ」


 う、そんなキラキラした目で見られると困る……確かにリチャードはイケメンだし、王子っぽい偉そうなところもない。言うなら理想の人ではある……あるのだが……


 「……申し訳ありません」


 「……そうか。やはりリチャードの瞳のせいで……」


 「ええ!? い、いや違いますよ、私はクラティス王子もリチャード王子も選ぶつもりは無いと言いに来たのです」


 私がぴりゃりと言うと、ブリザが「本当に言ったー!?」みたいな顔で口を開けていた。


 「ほ、ほう、それはどういうことなのかな?」


 「コホン……最初にクラティス王子に婚約を言われたのはここに居る皆さんが知るところです。そしてリチャード王子から出てきたこの結婚話。二人の王子に迫られたとしても、ああ! 私は一人しかいないのです……これではどちらかが悲しい思いをしてしまう……そう思った私はお二人からの求婚を断ろうと決めたのです!」


 芝居がかった話し方でみんなを見わたしながら演説する私。両親はもちろん、国王様もポカーンと口を開けて呆然としていた。しかしリチャードさんは――


 「あははははは! 聞いたかい父上、王子を両方振るんだとさ! やっぱり面白い子だ。俺の嫁はカリンがいい。クラティス王子には俺からもきっちり謝罪をする。俺と一緒になってくれ!」


 怯みもしない!?


 「あ、あのね? 私考えたの、クラティス王子に婚約を言われた時舞い上がっちゃったけど、よく考えたら私に国を治める王妃は務まらないと思うの! だからごめんなさい!」


 私がもう一度謝りながら頭を下げると、部屋がシン、と静まった。そっと顔を上げると、リチャードさんが顎に手をあてて何かを考えながらぶつぶつと呟いていた。


 「あ、あの……?」


 私がおずおずと声をかけると、リチャードさんがとんでもないことを言い出した。


 「よし、なら俺はカリンの家に婿に行こう。それなら王族にならないしいいだろ?」


 「な、何ですって!?」


 「お、おい、リチャード! お前は折角表舞台に出たのに……」


 「いいんだ父上、俺はそれでもカリンと結婚したいと思った」


 「おおおおおお兄様! 考え直してくださいまし!」


 ブリザも慌てて説得に入るが、リチャードはどこ吹く風だった。私がどうする、と考えていた所で、外に出ていたナイアとミモザ。そしてエドアール君が部屋に入ってきた。


 「おお、どうしたエドアール。今大事なお話の最中だ、外で遊んでいなさい」


 するとエドアール君がとんでも発言をしだした。


 「ちちうえ! 僕、ミモザちゃんと結婚する!」


 「するー!」


 「「「なにぃぃぃぃ!?」」」


 部屋に大人たちの絶叫が木霊した! こりゃ兄弟だわ……

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