28日目 立ち込める暗雲
「当時の王子は町や村が焼かれることに胸を痛めたんだ。だから、発端である国王を断罪し諸外国と戦争を止めて手を取り合う道を選んだ。そうしてこの国は豊かになったんだ。戦争なんてやるものじゃないと、歴史が教えてくれるね」
『ぐす……立派な方だったんですね、200年前の王子様……』
「(本当だったら凄いことよねー)」
と、私の横でナイアが歴史の授業に感銘を受けて涙を流しながら呟いているお昼前の授業。リチャードとチーズケーキを食べてから、すでに一週間近く経ち、またも休みが近づいていた。
ちなみに休み明けにお弁当攻撃をしたけど、次の日からはもう止めてくれとクラティス王子からギブが出たのでもうやっていない。フラウラも少しがっかりしているようだった。
しかし、若干ながらも私を遠ざけている感はあり、いわゆる『効いてる効いてる』状態なのでもう少し押せば、と勝手に考えていた。
カーン、カーン
「では今日はここまでだ」
「きりーつ、れいー」
やる気のないオールズの号令で教室に喧噪が戻ってくる。私はナイアの弁当をそっと出しているとフランから声がかかる。
「カリンさん、お昼ご一緒しませんか?」
「私、お弁当だけどいい?」
「はい。わたくしもお弁当、というのを持ってきましたので」
どこに置いてあったのか、重箱みたいなお弁当をドン! と取り出し、ニコッと微笑む。そこへシアンがオールズを伴ってやってくる。
「やほー! 私も仲間に入れてー!」
「……フランのそれは弁当箱か……? 食べれるのか……?」
もうオールズがべったりなのは気にしなくなったシアン。しかしそんな二人にフランがぴしゃりと言い放つ。
「申し訳ありませんがラブラブなお二人には今日席を外してもらいますね」
「ラブ……!? だ、誰がよ!」
「はい。シアンさんとオールズさんですわ♪ 学院に入る前は別々に来ていますが、馬車の中でキ――」
「うわあああああああ!? 分かった! お、俺達は学食へ行くよ!」
「ううう……」
顔を真っ赤にして去っていく二人……一体何があったというの……? フランはにこにこしながら手を振って身をくり、私に振り返って言う。
「それでは行きましょうか!」
フランはどこで食べるのかすでに決めているようで、先頭をゆっくりと歩き校舎を出てからいつもの庭とは逆の出口へ向かった。
『こんなところがあったんですね』
ナイアがてくてくと歩きながら口を開く。ここは裏庭に当たる場所で、花壇などはあるけど、陽が差しにくい場所なのであまり生徒は寄って来ないのだけど……
「それではお昼にしましょう」
休憩用のテーブルがあるのでそこの一つを占拠し、フランの豪華なお弁当を並べる。私はいつも通り厨房で作ってきた自作のお弁当で、野菜の煮物と、気持ち悪いからと捨て値で売っていたわかめのご飯にソーセージである。少し離れたところでナイアもお弁当を広げて手を合わせているのが見えた。
「それで、私に何か話があるんでしょ?」
「ええ、実は――」
◆ ◇ ◆
一方その頃――
「どういうことだビル! あの男が来たと言うのは本当か!」
「は、はい……間違いなくリチャード王子でございます。大事な話があるとかで、至急城に戻るよう国王に言われたと伝達の兵が――」
ガラガラと勢いよく馬車が学院を抜け、街へ入り真っ直ぐ城へと向かっていた。授業中は別室に居るビルが慌てて教室に入って来るやいなやクラティスは早退を告げて城へ戻る最中と言う訳だ。
「ふう……向こうから接触してくるとはいい度胸と言うべきか……」
少し落ち着いたクラティスが独り言のように呟くとビルが頷き口を開く。
「性格などが分かっていれば、せんそ……げふんげふん……手の打ちようはありますからね。それにしても向こうがどういう用件で来られたのか、それが気になります」
「それはこの後聞けばいいだろう」
クラティス達は間もなく城へ到着し、急いで着替えると父、国王とリチャード王子の待つ来賓室へと向かう。
「クラティスです」
「……来たか、入れ」
「?」
いつもなら明るく声をかけてくれるが、今日は様子が違っているとクラティスは声色で感じた。よほどの案件なのかと慎重に扉を開け中へ入る。
「帰られたか、学院の時間に申し訳なかった。 初めまして、俺はリチャード。フィアールカ国の王子だ」
「……いえ。マルクウ王国のクラティスです。以後よろしくお願いします」
立って迎えてくれたクラティスはリチャードと握手をするが、胸中では「初めまして」とは食えないやつだと思っていた。お互いの挨拶が終わったところでソファに座るとリチャードが深呼吸をして用件を告げる。
「実はクラティス王子には折り入って頼みがあるのだ。ノーラス領のカリン嬢……彼女を私の妻にしたい」
「な……!? それはならん! 知っているか分からんが彼女は私の婚約者だ。早々にお引き取り願おう」
激昂するクラティスだが、困った顔をした国王がそれを諫めて口を開く。
「それなのだが、もしカリン嬢を嫁にくれるなら……鉱山のある領地を譲ると言ってきたのだ。お前も知っての通り我が国は先の戦争で鉱山のある領地は無くなってしまった。鉱山があれば我が国はますます豊かになる。お前には申し訳ないが、カリン嬢は諦めてもらおうと思う」
「馬鹿な!? そんなことをせずとも戦――い、いえ、何でもありません……ですがカリンの意思はどうされるおつもりですか?」
クラティスは喉まで出かかった言葉を飲みこんで国王へ尋ねると、国王はすぐに返事をしてきた。
「ふむ、そうだな……侯爵家の娘の意思は尊重したいと思う。リチャード王子、もしカリン嬢が貴方との件で首を縦に振らなければこの話は無かったということでも良いかね?」
「ああ、こちらは構わない。無理を言っているのは承知している。その場合は領地を明け渡して逸れないが、鉱山の使用権は認めよう」
「承知した。クラティスもそれでいいな?」
「……はい」
「それではこれで失礼する」
リチャードは話が終わるとすぐに退出し、国王とクラティスだけが残された。
「では、ビルよ。学院からカリン嬢を呼び寄せてもらえるか? ラウロも同席してもらおう」
「は……」
「待て、ビル」
一礼して出て行こうとするビルに、クラティスが耳打ちを始める。
「(そろそろだと思っていたが試す時が来たようだ。カリンを連れてきたら、私の部屋に通せ)」
「(例の催眠術ですか……)」
「(そうだ。私だけを見るよう暗示とやらをかけてもらえば首は振らないだろう。頼んだぞ)」
「(かしこまりました)」
そう言ってビルは来賓室を後にする。
「……私が目をつけたのだ、渡すものか……」
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