29日目 フラン、恐ろしい子……!



 「――アコウの街で一泊した日、カリンさんは『婚約破棄』と言いませんでしたか……? それに誰かと話していたような気がするんです……もし独り言だとしたら、カリンさん何か悩みがあるのでは、と思いまして……」


 げっ!? あの時ナイアと話して飲んでいたのを聞かれていた!? い、いや、まだよ!


 「そ、そんなことあったかなあ! ちょっと覚えていませんですわよ!」


 「いいえ、寝ぼけていましたけど確かに『婚約破棄』とおっしゃっていましたわ! ……ここ最近のカリンさん、頭を打ってから変わりましたけどもしかして王子と結婚したくないんじゃありませんか?」


 「ね、寝ぼけていたから聞き間違いよ! えっと……えっと……そ、そう!『こんにゃくはだ』って言ったのよ! こんにゃっくてお肌にすごくいい――」


 私が誤魔化していると、フランは黙って目に涙を溜めて私を見ていた。まいったなあ……


 「か、カリンさんは学院に入学した時、おろおろしていたわたくしを助けてくれました……その時から決めていたんです。困っていたら必ず助けようと」


 ……そうだったのね。あの時の私は今の私じゃなかったけど、フランより私の方がのほほんとしていて、いわゆる天然と呼べる性格だった。学院で人ごみに酔っていたフランを見つけた私が手を引いて教室まで連れて行ったんだっけ……記憶が戻るまえだから懐かしいなあ……


 『カリンさん、フランさんなら話してもいいんじゃないでしょうか? もしかするといい案が出るかもしれませんよ?』


 「そうね……ねえ、フラン聞いてくれる?」


 私はナイアと記憶のことは話さず、クラティス王子との婚約を破棄したい、できれば向こうからという話をした。すると当然の疑問が返ってくる。


 「どうしてですの? 王子と結婚すれば不自由はありませんし、領地が繁栄しますからいいと思いますけど……」


 「長い目で見ればそうだけど、最近気づいたのよ、王子の性格が私に合わないかなって」


 「? そんなに話されていましたかしら……?」


 「あ、ああーあれよ、噂でちょっとね……私が好きなのか性格が好きなのか……ちょっと頭を捻ることがね」


 私がふうとため息を吐くと、フランは眉を顰めて口を開いた。


 「まあ……そんなことが……確かに王子は少し自己主義なところがありますわね。今のカリンさんの性格だと合わないかもしれませんね。そう言われると以前のままなら、いい様にされるかもと思ってしまいますわ」


 「でしょ! 良かったぁ……フランに『王家に従うべきです』とか言われたらどうしようかと思ったわ……」


 「うふふ、わたくしもボーっとしておりますが、お友達は大事ですわ。でも困りましたね、婚約を承諾した後に頭を打つなんて……」


 フランが顎に手を当てて困りましたわと、悩んでくれている。ありがたいけど、フランを巻き込むわけにはいかない。


 「あー、そのあたりは#私達__・__#が考えるからフランは見守ってくれればいいわよ」


 「達……?」


 「なんでもないなんでもない!」


 『迂闊! カリンさん迂闊!』


 もー! と、腕をぶんぶん振るナイアを置いておき、私はフランに首を振る。さて、話したら少しスッキリしたわね。


 「ま、そう言う訳だから内密に頼むわね?」


 「はい! 何かできることがありましたら、言ってくださいませ」


 私の悩みが分かって嬉しかったのか、パクパクとお弁当を食べながら頬を緩ませるフラン。私もお弁当を食べてしまおうとフォークを手に取り昼食を終え、二人で教室に戻ると、ニーニャ先生が慌てた様子で顔を覗かせてくる。


 「あ! 居た! 良かった! カリン君、至急荷物をまとめて門の前まで行ってくれ!」


 「ど、どうしたんですかそんなに慌てて。門の前って……」


 「歩きながら話そう」


 「カリンさん……」


 「ちょっと行ってくるわフラン! また明日ね!」


 私はニーニャ先生と共に門の前まで移動を始め、早速尋ねてみる。


 「で、どういうことなんですか?」


 「……さっき城から兵士が来て、カリン君を城に寄越すよう頼まれたとのことだった。外に馬車が用意してあるからそれで城まで行ってくれるか?」


 城……王子かしら……? 呼ばれたなら行くしかない。お父様も今日は仕事だから安心だしね。するとニーニャ先生は驚愕の言葉を発する。


 「呼んでいるのは国王だとのことだ。大丈夫だと思うが、粗相の無いようにな」


 「……はい」


 ますますわからない……一体何が起こってるんだろう……馬車に乗りこみ、横に座るナイアを見ると――


 『……』


 何故か髑髏顔をしていた。


 「どうしたのナイア?」


 『え? どうしたんですか?』


 「髑髏顔になっていたわよ?」


 『ほわ!? ……ふう、びっくりしました……』


 「それはこっちのセリフだけど……どう思う?」


 『うーん、何か進展がありましたかねえ。とりあえず行ってみましょう。大丈夫、わたしが姿を消しているから安心ですよ』


 「うん」


 何だか胸騒ぎがする……そんな思いを抱えて私は城に到着した――




 ◆ ◇ ◆




 カリンが出て行ってすぐ。フランは席に着いて次の授業の準備を始めていた。悩みが聞けて良かった、そんなことを考えていると、窓の外を見ていたクラスメイトが騒いでいた。


 「あの馬車、国の紋章がついてる! あ、カリンさんだ。まさか城に行くのか?」


 「!」


 フランは慌てて窓から下を見ると、カリンが乗りこむところだった。


 「(こんな中途半端な時間に呼び出し……おかしいですわ……気になります……)」


 「よーし、授業を始めるぞー」


 「あ、あの、わたくし、お腹と頭が生理痛なので早退しますわ!」


 「あ、おい!?」


 フランは荷物も持たずに教室を飛び出した!

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