30日目 虎穴に入って虎児を得ようとしたら出口でばったりな感じ
「ありがとう、一人で降りられるわ」
お城の兵士さんが馬車の扉を開けてエスコートしてくれるが、私はやんわりと断って地上へ立つ。ナイアも私の横に立つと、クラティス王子の執事、ビルさんに声をかけられた。
「急にお呼びたてしてしまい申し訳ありません。まずはクラティス王子の元へ向かいましょう」
「あれ? 国王様に呼ばれたとお聞きしましたけど……?」
私が首を傾げて尋ねると、ビルさんは振り向かずに答えた。
「……国王様にいきなり会うのはカリン様も気が引けるであろうとの気遣いでございます。さ、こちらへ……」
「ふうん。お父様が居れば大丈夫だけど、せっかく気を使ってくれているのだしお言葉に甘えましょうか。……ナイア?」
『……』
何故か険しい顔をしたナイアはゆっくり頷くと、歩き出した。私達はビルさんの案内でクラティス王子の私室へと向かう。
「クラティス様、お連れしました」
「ご苦労」
扉の向こうから返事がして、ビルさんが開けるとクラティス王子が目に入った。
「こんにちは、クラティス王子。国王様からとのことで駆けつけました。それにしても一体どんな用件なのでしょうか……?」
「ああ、少々困ったことがあってな。君にも関係することだ。父に会う前に少し話そう。椅子に座ってくれ」
「はい」
パタン
ビルさんが後ろ手に扉を閉める音を聞きながら私は椅子へ腰掛ける。ナイアはすぐ隣で立って私になにかあったら助けてくれるよう待機してくれていた。なんせ思い通りにするため手籠めにしようとしてきてもおかしくないからね。
「それで……?」
私が尋ねると、王子が口を開く。
「うむ。先日隣国の王子、リチャードの話があっただろう? 彼が城へ来たのだ」
「え!? な、何しに――」
「……君を妻に迎えたいそうだ。カリンは我が国の人間だから許可を得るため謁見しにきたのだ」
嘘!? リチャードってカシューさんよね? 妻にって……結婚!? なんで? どうしてそんなことに! 私は胸中で叫んでいると、クラティス王子がフッと笑い私の手を取って言う。
「しかし彼は君次第とも言ってきた。君がうんと言わなければこの話は無かったことになる。しかも鉱山の使用権も手に入るんだ。鉱山が手に入れば我が国はさらに栄えるだろう。カリンと鉱山は私のものだ」
……なるほど、私が国王の元にすぐ行けばなんやかんやで即断を迫られるだろう。その前に手を打っておきたかったというわけね。でも今の話を聞く限り、鉱山の使用権が美味しい話という感じがする。
「……そういうことですか。お話は分かりました。では、彼がなぜ私を選んだのか、それを聞いてから返事をしたいと思います。リチャード様も居られるのでしょうか?」
「彼は居ない。聞く必要はないだろう? 君は私と結婚するんだから」
「いえ、ここはしっかり私の目と耳で確認したいと思います。婚約はしましたが、まだ公にはなっておりませんしね」
ぴしゃりとつっぱねてやった。するとクラティス王子は一瞬顔つきが険しくなったが、すぐに元に戻り方を竦めながら私に言う。
「ふふ、分かったよ。やはり君は変わってしまったようだね、以前ならにこにこと頷くだけだったのに……」
「……」
「まあ、国王に会ってから改めて話をしようか。さて、謁見まで時間がある。最近おもしろい方と知り合いになってね」
急に話を変えられて目をパチパチさせてしまう私。え? さっきの話はそれだけ? もうちょっと私に粘着アピールをしてくると思ったけど――
「入ってくれ」
考えがまとまらない内に、別室から一人の男性が入ってくる。
「彼は手品師でね、娯楽の一つとして色々と見せてもらったんだ。是非カリンにも見てもらいたくてね」
『手品、ですか』
「(みたいね。地球だと色々トリックがあったし、こっちの世界も魔法がないから、本当に手品だったとしたら興味あるわね)」
『うーん、何か怪しい気がするんですけど……』
「(ナイアも怪しいんだからおあいこでしょ?)初めまして、カリンです」
私が握手を求めると、男性は少しだけ微笑んでから握り返してくれた。
「私はクレル、と申します。本日はしょぼくれた芸ではございますが、少々お時間をいただきたいと存じます」
へえ、陰気な感じの割には丁寧ね。クレルの目を見ながら私は返事をする。
「よろしくお願いします。どんなのが見れるか楽しみだわ」
「それでは早速――」
と、クレルが目を瞑ると私の手の中がもぞもぞ動き始め、びっくりして握手していた手を離す。すると、ぽとりと床になにかが落ちた。
「ぴよ」
「あら、ひよこ? いつの間に手の中に……」
私が拾い上げてひよこと目を合わせていると、ナイアが慌てて肩を掴んで叫んでいた。
『カリンさん!? 気づいていないんですか!? 今、カリンさん、ひよこを握らされていましたよ! 手品でも何でもありませんよ!』
「え!?」
「どうかなさいましたか? ほら、私を見てください、何も仕掛けはありませんよ」
にこにこと微笑むクレルの目に悪意のようなものは感じられない……
『ここは理由をつけて逃げましょう』
「(そうね……)い、今、ひよこが手の中に入ったことに全然気づきませんでした! 凄いですね! あ、ちょっとお手洗いに行きたいんですけど……」
私が後ずさりすると、クレルは一歩前に出てきて私の目を見つめてぼそぼそと呟く――
「あなたはもう私の術にかかっている」
「術……どういう……」
パチン
『カリンさん! カリンさ―― カリ――」
指の音を最後に、私は目の前が真っ暗になった。遠くでナイアが私を呼んでいる声がきこえ……
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