転生令嬢は今度こそ平和に暮らしたい! ~死神と歩む異世界生活~
八神 凪
1日目 あっと驚く異世界への扉
――あ! っと、思った時には遅かった。
ガタンゴトン! ゴロゴロゴロ!!
「ええええ!? ちょっと目を離した隙に大参事が!? お嬢様! お嬢様ご無事ですか!?」
「え、ええ……ってお嬢様って、私?」
マンガやアニメとかで見そうなメイド服のお姉さんが私を抱えながら号泣していた。金髪を上に束ねていて、顔立ちは美人な、男の子なら必ず声をかけたくなるタイプの。
「ああ……ご自身のことが分からないのですか? 頭を強く打たれたので記憶が……?」
「メイヤ、何事ですか!? ひぃ!? だ、大参事だわ!? カリン大丈夫なの!?」
カリン、と呼ばれた私は無言でうなずく。しかし頭からは少し血が流れているようで、冷たいなと思って手を当てると、手に血が付いていた。
「あ、奥様! 目は覚まされましたが頭を強く打ったようで、混乱が見られます……」
「とりあえず寝室へ運んで頂戴。それからお医者様を呼ぶのよ! もう……王子と婚約が決まった途端こんなことになるなんて……」
やいのやいのとされるがままぐったりしていると、自室へ連れていかれ、あっというまにパジャマに着替えさせられたかと思うとベッドに押し込められた。
「すぐにお医者様がいらっしゃいますからね」
メイヤ、と呼ばれたメイドが少し疲れた顔で微笑みながら部屋を出ていき、私一人になる。
ちょうどいい、と、私は目を瞑って今の状況を整理することにした。
――私の名前はカリン=ノーラス。ノーラス家の長女。
お父様はラウロ、お母様はローラ。そして妹のミモザが家族で、家の爵位は侯爵……うん、大丈夫、覚えている。
というのも、先程のやり取りからわかるように、どうも私は階段から足を踏み外してド派手に転んだらしい。そしてここからが重要なのだが、私はその時に前世の記憶というものが逆走馬灯のように走り、『鳴瀬 佳鈴(なるせ かりん)』というもう一つの名前を思い出したのだ。
あ、名前だけじゃなくて、前世の世界……日本で暮らしていたとか、料理とか乗り物とかそういうのもね。
――で、私はもう一つ思い出したのだ。
……何をって……?
そりゃもちろん、この世界に転生する間のことをよ……
◆ ◇ ◆
「あれ? ここは……?」
いつの間に寝ていたのか? どれくらい寝ていたのか? それすらも分からないけど、目が覚めたということだけは間違いない。
「でも……どこなのここは? 庭園みたいな感じがするけど……」
周りをみると、植物園のような光景が広がっており、きちんと手入れされた花や草は見る人を感動させるに違いないというくらい美しい。そんな中、よく見れば一カ所、舗装された道があるのを発見した。
そこを辿って歩いていると、白いテーブルとイスが二つ佇んでいる広場に出る。そのイスの一つには真っ黒な服を着て青い髪をした美人が座ってお茶を飲んでおり、背景が白いので思いっきり目立つ。
「あ……」
ガサっと私が音を立てると、美人さんがこちらへと振り向いた。
『あ、気が付きましたか! 良かったです、後少し遅かったら……ゲフンゲフン……何でもありません!』
後少し遅かったらどうだったというのか……
不穏な感じはするけど、ここがどこか分からない間は大人しく従っておくにこしたことはないと、愛想笑いを浮かべながら恐る恐る近づいていく。
『ささ、お茶でもどうぞ! 座って座って!』
妙にテンションが高い美人さんに言われるまま、椅子に座りお茶の匂いを嗅ぐ……紅茶、アップルティーかしら? 同じティーポットから注いだお茶を美人さんは飲んでいるので、毒は入って無さそうと、私もお茶に口をつけ、一息ついたところで尋ねることにした。
「……で、ここはどこで、あなたは誰です? こんなところ来たことないですし、そもそもどうやってきたのか……」
すると、美人の女性はカップをテーブルに置き、神妙な顔つきで私の顔を見ると、少し間を持ってから口を開いた。
『……驚かないで聞いてください。あなたは……鳴瀬 佳鈴(なるせ かりん)さんは……現世でお亡くなりになりました』
「へ?」
お亡くなり……って死んだ? 私が!?
「どどどどど、どうやって!? え、何でよ!?」
私が動揺してしどろもどろに聞くと、美人さんはどこからレポート用紙のようなものを取り出し、指でなぞりながら一つずつ、確認するように口を開く。
『はい、えーっと……鳴瀬 佳鈴さん享年27歳……結婚歴なし、子供なし、彼氏なし、貯金まあまあで男性経験は当然無し……と』
「張り倒すわよ!?」
『――で、死因はストーカーによる絞殺』
「……っ!」
……ストーカー、と言われて私は思い出す。
以前……んー、もう生前になるのかな? 私は務めていた会社で告白されたことがあった。だけどお断りをしたのだ。
何故か?
その人、イケメンで人当たりが良いと評判だったんだけど、私はその男の真の姿を偶然知っていた。表では人当たり良いのだけど、裏では愚痴や蔑みなどが酷いという汚い一面があったのだ。プラス、私以外にも声をかけていた、という噂もあった。
地味な私の何が好かれたのかは分からない。だけど女性にモテるその男はまさか断られるとは思っていなかったようで、その日を境に執拗に私に付きまとうようになったのだ。
そしてとうとう禿茶瓶……ならぬ、会社を出たところで暗がりに引きずり込まれ、あれよあれよと言う間に殺されたのだろう。いつもなら同僚と一緒に帰るのに、あの日は残業で同じ方向の人が居なかったのが災いした。
「思い……だした……」
その時のことを思い出し、吐きそうになるけど、何とかこらえた。
『不幸中の幸いとしては暴行されなかったことですね。死んだあなたを見てびびって逃げましたから、何とか処女は守りきりました!』
「死んだらどうでも良くないそれ!? ……はあ、死んじゃったか……いいこと無い27年だったなあ……」
『そうですね!』
「この……!」
『きゃああ!? ちょ、やめてくださいよ!』
本当のことでも他人に言われると腹が立つ。とりあえず髪の毛を引っ張ってやると、慌てて引きはがされてしまう。
「チッ……で、私はこれからどうなるわけ?」
『……え、枝毛が……くすん……はい、これから私はあなたの魂を美味しくいただきたいと思います』
「……え!? なにそれ!? 魂をいただくって……こ、こういう所に来たら、ほら、あれじゃない。あなたは女神で、異世界に転生することになりましたとか、そういうのじゃ……ないの?」
あまり詳しくは知らないけど、ラノベ? とかいうのでそう言うシチュエーションが流行っていると友達の友達に聞いたことがあるんだけど、どうも違う……?
『え? あ、申し遅れましたね。わたし、死神のナイア、と申します。基本的に魂は女神か死神が回収するんですけど、それって争奪なんですよ。で、わたし達死神が回収した分はわたし達の食料というわけですね』
……外れを引いた……!? ストーカーに殺されたあげく死神に回収されるなんて……!? とことんついていないとはこのこと……
「た、食べられたら……どうなるのかしら?」
『食した後は、死神の体内でしばらく寝かされた後、何かの動物とかに転生しますね。魂は循環しないと、わたし達が食べつくしたら誰もいなくなっちゃいますし』
人口増加の回避策がまさかこんなところに……とりあえず完全消滅する、というわけではなさそうだけど、食べられるのはちょっと嫌かも……
「……それを回避する方法はあったりする……? あなたを倒す、とか」
するとナイアは一瞬キョトンとした顔の後、ニヤリと笑い、顔の前で手を組んで目を細める。
『それは死神と取引をする、ということですか?』
「そ、そういうわけじゃないけど……意識をもったまま食べられるのはちょっとさ」
『フフ、頭からの踊り食いが一番美味しいですから、私達死神は意識を持たせたまま食べます。なので嫌だと、そういう方はいらっしゃいます……では、一つ賭けをしませんか?』
「賭け?」
『……はい。今、ここで、私の力であなたを別の世界へ転生させましょう。そこで、あなたが20歳までに前世の記憶を取り戻せばあなたの勝ち。その記憶を持ったまま……そうですね、その世界で何でも願いを叶えてあげる、というのはいかがですか?』
「……負けたら?」
『20歳の誕生日に、何の前触れもなくわたしが強制的に殺して魂をいただきます。死因は心臓発作とかで診断されるのが一般的ですね! なんせ外傷はなくぽっくり逝くので! 通常の死と違うのは、ゆっくりと時間をかけて、恐怖と痛みを感じさせながら食べます。普通はさらっと食べちゃうんですけど、恐怖を感じている魂は美味しいんですよ! しかも何度も何度も味を楽しめるんです♪ 死神と取引したら女神でも手を出せないですからね』
ごくり、と私の喉が鳴る。
勝負に負ければこいつが飽きるまで飴玉として魂を食らい続けられることになるのか……なら、ここで食べられて動物にでもなったほうがいいのではないだろうか?
私が考えていると、ナイアは数を数えはじめた。
『後10秒で決めてください!』
「くっ……考えさせないつもりね……分かったわよ! その賭け、のった!」
『あは♪ 交渉成立ですね♪』
カッ!
「ひっ……!?」
そういったナイアの顔は髑髏だった! 私は慌てて後ずさる。
『あ、すいません。喜んじゃうと素がでちゃって……』
「そっちが素なんだ……」
ごそごそと下を向いて、起き上がると、元の美人顔になっていた。そして、持っていた杖のようなもので地面に魔方陣を描き出す。
『それでは今から転生していただきます。頑張らなくていいですからね♪ ご馳走楽しみだなぁ……』
もう彼女の中では勝負に勝っている妄想が捗っているらしく、涎が垂れまくっていた。
「絶対思い出すわ」
『フフ……だと、いいですね。この勝負、今までわたし負けたことありません……よ!』
カッ!
また髑髏顔になり、さらに後だしで嫌なことを言う。やはり死神は死神ってところか。勝率の低い勝負はしないってことね? でも覚悟が決まって気持ちが落ち着いたので、深呼吸した後ナイアを睨みつけて言ってやった。
「なら、私が最初の勝者よ!」
その言葉を最後に、私は意識を失った。
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