2日目 願いごとっていざ決めようとすると迷うわよね

 


 ――そう、私はナイアという死神と賭けをしたのだ。


 そして、今の私は17歳――




 「勝った……! 私は賭けに勝ったのよ!」


 気付いたら寝ていたようで、ベッドで寝転がったまま勝ち鬨を上げたような態勢になった。


 すると横にいたメイヤが青ざめた顔で私の額に手を当てる。


 「頭は大丈夫ですか、お嬢様……」


 「あ、その言い方はちょっと……」


 頭がおかしな人みたいだから止めて欲しい……と言っても、池田屋階段落ちよろしく、頭がちょっぴり割れた後に歓喜している人を見たらそうなるかもしれない。


 「こほん……メイヤ、私は大丈夫だからお医者様が来るまで少し休ませてくれるかしら?」


 「そんな……いえ、そうですねゆっくり休まれた方がいいかもしれません。お医者様がいらっしゃいましたら起こしますがよろしいですか?」


 「うん、それでいいわ。おやすみ」


 「はい、何かあればすぐにお呼びくださいませ」


 メイヤが部屋から出て行くのを確認し、私はベッドから抜け出して鏡の前に座る。


 「うん、傷はそれほど深くないし、しばらく髪で隠していたら分からないわね。さて、後はあの死神が約束を守ってくれるかどうかね……どうやってやるのか知らないけ、ど……」


 ボヤ……


 『シクシクシク……』


 鏡の中に映る私の右後ろに、黒いだぼっとしたローブに身を包み、大鎌を握りしめた美人が立って泣いていた。


 「ひぃやぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 「どうなさいましたかお嬢様!?」


 メイアが私の悲鳴で駆け込んできた! 速い! 時間的に私が『ひぃ』と言ったあたりでもう扉が開いていたであろう速度だ!


 「わ、私の後ろに……あれ?」


 「誰もいらっしゃいませんが……? やはり頭がおかしく……」


 「その言い方は止めて!?」


 私が叫ぶもスルーし、メイアは私を立ち上がらせてベッドまで付き添ってくれた。


 「ふう、とりあえずどうしてベッドから出ていたのですか? さ、戻りましょう……すぐお医者様も来られますから」


 そう言われては立つ瀬も無い。渋々お布団へ入り横になると、メイヤは満足気に頷き、微笑んでから部屋を出て行った。頭を打ったのは事実だし、大人しくしておこうかと目を閉じる。


 それにしてもさっきのは何だったのかしら……ま、いいか。とりあえずお医者さんが来るまで寝ておこっと。


 ポタ……ポタ……


 「ん……? 何……?」


 寝ようと思った矢先に、顔になにか冷たいものが落ちてきた。水……? 私はうっすら目を開けてみるとそこには……


 『あああああ……』


 さっきの黒ローブの女が私の顔を覗き込みながらべそべそと泣いていた!?


 「きゃ……」


 っと、危ない! また叫んだりしたらさっきの焼き直しだわ……何とか口をつぐんで女の顔を見ると、見覚えがあった。


 「あ! あんた死神!?」


 『おろろろろろ……そうです、死神のナイアさんですよ……』


 私が生前(?)賭けをした死神のナイアだった。どうしてここにと思ったが、約束を叶えるためにわざわざ来たのだろうか?


 「久しぶりね。と、言っても私の記憶からするとそれほど時間を感じてないけど」


 『後三年だったのに……まさか階段から落ちて頭を打つベタな展開で記憶を取り戻すなんて……』


 「うるさいよ!? でも、ちゃんと来てくれたのね」


 『……』


 するとピタリと泣くのを止めて私の目をじっと見つめてきた。


 「な、何よ……?」


 『美味しそう……』


 カッ!


 じゅるりと涎を隠さず呟くナイアは素の状態である髑髏顔に戻っていた。


 「やめてよ!? ほら、賭けに勝ったんだから約束を叶えて! 何か一つ叶えてくれるんだよね?」


 『ふう……取り乱しました……誰も見ていませんし、今ここで殺して魂を食べようかなってちょっと考えちゃいました!』


 「怖いわ!」


 美人顔に戻り、お気楽な声でとんでもないことを口走る。


 『さて、賭けに負けたのは残念ですが、別にこれで死ぬわけでもありませんし気を取り直します。では約束ですが何を希望されますか? 割と何でもできますよ?』


 ずいぶん前向きなことを言うが、デメリットの少ない賭けということを考えるとそんなものかもしれない。賭けを申し込んだのは私の方だしね。


 「そうなの? というかこの世界って魔法が無いのね。ホントに向こうで言う中世みたいな感じなんだけど……」


 『それはそうですよ、下手に魔法のある世界に転生させたらいざというとき反乱され……いえ、そういう世界のほうが多いですからね』


 「不穏なこといった?」


 『全然』


 ……怪しい、が、手を出してこない所をみると約束を反故にするとペナルティでもあるのだろう。涎は出たままだけど。


 「そうねえ……できれば魔法が欲しいけど……お金はそこそこある家だし……」


 『じゃあ、無いと言うことでこれで!』


 ナイアが踵を返して窓に向かおうとしたので慌ててローブの裾を引っ掴む。


 「待たんかい! ……あんたって何か特技はあるの?」


 『特技ですか? そうですねえ、魂を狩るのが得意ですけど、姿を消したり、動物を操ったりできますね。頑張れば人も操れますけど、疲れるのであまりやりたくありません!」


 素直なのかアホなのか、ならばこういうのはどうだろう?


 「なら、私が死ぬまであんたを傍においておく、というのはどうなの? もちろん死んだら魂はあんたが優先して持っていけばいいわ」


 『え? わたしをですか? どうせ魂を狩るのはどこでもいいのでそれは構いませんけど、どうしてまた?』


 いいのか……


 なら、と、私はナイアへ事情を説明する。


 「実は私、この国の王子と昨日婚約したのよ。でも記憶が戻っちゃったでしょ? 王妃とか縛られた生活なんてまっぴらごめんなわけ。一応この17年間の記憶はあるし、作法も身につけた記憶も持っているわ。でも、地球育ちの元27歳には務まると思えないの」


 『はあ、それとわたしが繋がる理由は……? もぐもぐ』


 勝手にカゴに入っているバナナを食べ始めたナイアにイラっとしつつも、私は話を続ける。


 「……簡単に言うと婚約を破棄したいの。それも向こうから解消してくれるよう仕向けたいわ。最終的にどこか辺境の地で暮らせたら完璧ね」


 『勿体なくないですか? 大金持ち、不自由ない、みんなハッピー?』


 「なんでカタコトなのか分からないけど……いい? 王族のお金なんて好きに出来る訳じゃない。趣味も子作りも好きにできないし、常に気を張ってないといけない上、国を治めなくちゃいけないのよ?」


 『あー』


 分かったのかどうか怪しい声をあげて二本目に手を伸ばしたので、それは手を叩いて制した。


 「で、王子の弱みか、他の女性に目を向けさせるとかそういうのをしたいの。姿を消せるなら動きが軽いでしょう? 色々と役に立って欲しいのよね。その後は好きにしたらいいわ」


 『そうですね。でもそれで本当にいいんですか? 自分でいうのも何ですけど、そういうことに関して役に立てるとは思えませんよ? むしろ誰もいないところに話しかけてエア友達と話しているって噂されたりするかもしれません』


 そんな局地的な状況はそうそうないと思う……それでも姿を消したりできるナイアをきちんと操作できれば魔法もないこの世界ではかなり助かると思う。


 「いいわ。私の事情を知っている人がいるのも貴重だしね」


 『分かりました! あ、たまに魂を狩りにフラついてもいいですかね?』


 「……まあ、寿命の人とかならいいと思うけど……重要な時は我慢してよね?」


 『オッケーです♪ それでは何でも願いを叶える権利を行使します!』


 ナイアがそう言うと、私とナイアの体が光り耳にイヤリングがついていた。


 『そのイヤリングが証です。他の人には見えないようになっていますからご安心ください。一応これでわたしからカリンさんへ危害を加えることができなくなります。それじゃ、今日からお世話になりますね!』


 「え!? ちょ……」


 ナイアが私のベッドにもぐりこんできたかと思うと、そのままスースーと寝息を立てはじめた。まあ姿が見えないならいいけどさ。


 「……うーん、大量のお金か長寿の方が良かったかしら……?」


 しかしお金で婚約破棄はできない。


 今はこれで良かったと思おう、そう考えながら私も目を閉じた。

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