3日目 婚約破棄を両親に匂わせて見るテスト

 

 ――死神ナイアとの再会から数時間。


 あの後、お医者様が来てから診察を行ってもらい――



 「傷はありますが頭が……いや、異常は無いようです、ゆっくり休ませてください」


 と、無難かつちょっと腹が立つ言葉を頂き、お母様とメイヤが安堵していた。そして夕食となり、家族団欒の時間である。


 私の家は侯爵家なので、優雅な晩御飯を召し上がっていましたのことよ。あれ、何かおかしいわね……静かに食事が進む中、お父様……ラウロ=ノーラスが私に話しかけてきた。


 「カリンは明日からまた学院だな。頭はどうだ? 行けそうか?」


 「その言い方だと、勉強がついていけない人みたいですが、大丈夫です。体調は悪くありませんので」



 「そうか、階段から落ちたと聞いてハラハラしたがそれならいい。王子との婚約が決まった後の学院だし、鼻が高いだろう」


 はっはっはと、笑うお父様へ私はため息を吐いて答えた。


 「うーん……実は失敗しちゃったなって思ってるの……できれば婚約破棄をしたいんですけど……お父様から言ってもらえたりしないかしら……?」


 すると、お父様とお母様が『ブーっ』と食べ物を吹き出した。


 「汚っ!?」


 「おとうさまとおかあさま、おぎょうぎがわるいのー」


 慌てて回避する私の横で顔をしかめながら口を尖らせたのは妹のミモザだ。遅くにできた子で、今年6歳のかわいい盛り。両親は勿論、私も溺愛している。


 「げほ……ごほ……カリン、なんてことを言うんだ!? お父さん口の中が大参事になったじゃないか!?」


 「そうですよ。昨日はあんなに頬を赤らめて嬉しそうにしていたのに……やっぱり頭をケガしてからおかしくなったのかしら……」


 「き、昨日は急にあんなこと言われて動揺したからつい『よろしくお願いします』って言ったんだけど、よく考えてみれば私には国の王妃は向かないんじゃないかなって」


 しどろもどろに説明すると、珍しくお父様が困った顔で、口を拭きながら私に言う。


 「……すでに決まったことを覆すのは無理だ。そんなことをすればウチが潰されてしまう。確かに王妃ともなれば心労はあるかもしれないが、ゆくゆくは領地拡大、ミモザの結婚相手にも繋がるから悪いことばかりでも無いんだ」


 「私はお前を辺境に送りたくはありませんよ? だからそんなこと言わないでちょうだい」


 「はい……ごめんなさい……」


 やはり両親から頼む、という選択肢は使えないようで、食事を終わらせてから部屋へ戻った。




 『おかゑりなさい!』


 「ただゐま……やっぱり駄目だったわ、やっぱり王子自ら婚約破棄をしてもらうしかないわね」


 『~♪』


 「明日から学園だから、策を考えるわよ……って、聞いてる?」


 何故かナイアはナイフとフォークを両手に持ち、テーブルで足をプラプラさせてご機嫌だった。


 『聞いてますよ! ところでわたしのご飯はいつ届くんですか? 貴族、それも侯爵家のご飯ならさぞ美味しいものが出るんでしょうね!』


 「え!? あんた食べるの!? そういえばさっきバナナ食べてたわね! 髑髏顔なのに食べるの?」


 『魂だけだと栄養が偏るんで、きちんとお肉やお野菜も食べないとダメなんですよ? さ、早く!』


 カイン! カイン! と、涎を出しながら目を光らせ、行儀悪くナイフとフォークを打ちつけるナイア。しかし無い袖は振れない。


 「うーん、まさか食べるとは思わなかったから用意していないわ」


 『ガーン!?』


 口でガーンと言う人を初めて見たが、相当ショックだったようで本性が出ていた。ふむ、こうなると今後のことも考えないといけないかもしれない。だが、とりあえず今の状況を何とかしないとね。


 「仕方ないわねえ。記憶を取り戻す前の私だったら料理は無理だったけど、今なら日本で生活していたころの技術があるから何か作って来るわ」


 『料理できるんですか!?』


 「干からびて死にたい?」


 『う、嘘ですよー! この憐れな死神にご飯をくださいー』


 「……」


 ごろにゃんと、猫なで声で擦り寄ってくるナイアを捨てて、私はもう一度部屋から出て厨房を目指す。扉の向こうで『10分で! もう腹ペコで死にそうなんです!』という声は無視した。死神でしょうがあんた……





 ◆ ◇ ◆





 <一階:厨房>



 「さて……食材は……と」


 この時間になるとコック達は敷地内にある使用人専用の別館へと移動しており、見つかることは無いので大胆に厨房を漁っていた。


 「死神だから肉かしらね? あえてサラダばっかりという線もアリ? それにしても厨房に入ったのは久しぶりだけどウチってやっぱり貴族なのねー」


 冷蔵庫も魔法も無いけどそれに近いものがあり、食材を冷やすことが出来るのだ。設備は結構お値段が張るので貴族かお肉屋さんみたいなお店しか持っていない……


 「うん、牛肩ロースがあるからステーキでいいか、楽だし。それに記憶を取り戻せたからとはいえ、記憶を持って生活できるようになったのは『一応』ナイアのおかげだしね」


 コンロに似た器具に火を入れてフライパンに油をひき、ステーキを焼く。その間にトマトとレタス、それとキュウリのサラダを用意し、まだ鍋に残っていたスープと、夕食で余っていたパンを温め直して完了だ!




 「戻ったわよ」


 部屋を開けると、テーブルに突っ伏したナイアが涙と涎を垂れ流しながら恨めしそうな目を渡しに向けてくる。


 『5分って言ったじゃないですか……』


 「10分だったでしょうが……はい、これ」


 コトリ……


 私が料理をテーブルに置くと、ガバっとナイアが起き上がり目を輝かせ、ナイフとフォークを取り出した。


 『いただきまーす!!』


 「はいはい……」


 ナイアは結構な美人なのだが、性格がアレなのですごく残念である。今も女性とは思えない食べっぷりで私を存分に引かせていた。


 『はふ……ほんふぉは……魚の気分……ごくん……でしたけど、我慢します!』


 「ああ、張り倒したい……」


 『んぐ……んぐ……ぷはあ!』


 最後に水を一気に飲みほし、ナイアが一息ついたので私は明日からのことを話しあうため向かい合わせに座わり、声をかけた。


 「明日から学校なんだけど……」


 『ぐう』


 「早い!? ちょっと、ナイア! まだ話は終わってないわ! 起きて! 後、髑髏顔になってるから!」


 『ふえ……? ああ、お腹いっぱいになったら急に眠く……明日じゃだめですか?』


 「明日から学院だからダメに決まってるでしょ! 王子対策、考えましょう?」


 声が強くならないよう優しく言うと、ナイアはハッとした顔になり真剣な顔で私に言った。


 『わたしはまだその王子様を見てません。性格や交友関係、性癖などを知らないと難しいのではないでしょうか……?』


 「た、確かに……いや、性癖は別にいらないと思うけど……」


 『ですから、明日は一度様子見させてもらい、むしろカリンさんから王子に会いに行くくらいの勢いで調査をしましょう』


 なるほど……言われてみれば、ナイアは王子を知らない……王子が私を嫌いになり、婚約破棄をさせるためには王子が嫌う行動を調べる必要があるわね。


 「分かったわ。なら、王子を補足したらナイアは王子を調べてちょうだい!」


 『ぐう』


 ナイアは鼻提灯を作ってすでに夢の世界へと突入していた。


 「あんた、早く寝たいがためにそんな提案を出したんじゃないでしょうね……?」


 『あ、あ、勿体ない……捨てるなら食べます……食べ……ます……』


 寝言しか返ってこなかった。



 仕方がないので、私は食器を秘密裏に処理するため再度厨房へ戻り、洗い物を済ませた。記憶を取り戻す前は料理ができなかった(させてくれなかった)けど、これからはナイアのために使うことになるだろう。


 「夜食……いや、大食いだと思われるのも嫌だな……どう誤魔化すか……」


 ぶつぶつと、呟きながら厨房を出る。夜も遅いので、油断していたが、この時私の行動を見ていた人物が居た。





 「おねーちゃん……? どうしてお料理を……?」



 そして、王子婚約後にして記憶を取り戻して最初の学院がスタートする――

 

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