4日目 学院の朝

 ゴトンゴトン……


 ――早朝


 私は馬車に揺られて私の通う学院、マジカライドへ向かっていた。学院は中央と呼ばれる王都”スフェラ”にあり、通いが難しい学生は寮住まいとなる。

 幸いウチの領地から王都スフェラは近いので、私はこうやって馬車で通うことが出来るのだ。


 今日は久しぶりの学院。でも、いつもと違って王子に婚約された上に――



 『Zzz……』


 「……」


 ――前の座席で涎を垂らして寝ているこのアホ死神がいるのだからさあ大変……

 


 「ちょっとナイア、起きなさい」


 『あ、後少し……後少しで大トロ……』


 「どんな夢を見ているのよ……起きなさいってば!」


 『ハッ!? ……うう、夢でしたか……』


 「大トロがどうしたってのよ……」


 『大トロ? わたしはマシュマロの枕にわたがしの布団の中で、寝ながらおやつを食べられるというとても素敵な夢をみていましたけど?』


 全然っ違う!? そして顔に似合わずファンシー! まあ美人顔の正体は髑髏だけどさ。

 

 「はいはい、夢の話はいいから。とりあえず、学院に入る前に現状を教えておくわね? まず休み前と違うのは王子と婚約したこと。これは王子が告知したかどうか分からないから周りから言われるまでこっちから話を持ち出すのは無し」


 『はい』


 「で、私の性格なんだけど、実は記憶を取り戻す前っておっとり系のドジっ子だったのよ。勉強ができて運動がダメっていう典型的なお嬢様だったわ。ちなみに料理もダメ。貴族の娘は料理なんてしないからね。昨日は両親にもミモザにもばれなかったけど……」


 するとナイアは指を口に当てて少し考える仕草をする。黙っているとめちゃくちゃ美人なのに天は二物を与えずってこういうことなのね。そんなことを考えながら待っていると、閃いたって顔をして私に言う。


 『あれですよ! カリンさんは階段から落ちて頭を打ったんですよね? ならそれを利用しましょう』


 「というと?」


 『頭を打った衝撃でこうなってしまったって公言すればいいんですよ。元の記憶があるのでしたらそれで誤魔化すのが一番だと思います』


 なるほど、昨日はお母様に『どうってことない』って言ったけど、実は……みたいな展開ね。確かに、頭を打って性格が変わる人もいるしいいかもしれない。


 「オッケー、たまにはいいこと言うじゃない! その案、もらったわ」


 『Zzz……』


 「寝てる!?」


 と、そんなこんなで1時間ほどかけて学院へ到着し、いつも御者をしてくれる使用人のピッツォへお礼を言う。


 「それじゃ帰りはいつも通りの時間によろしくね」


 「ええ、お気をつけて。王子との婚約が気にいらない者がいるかもしれませんし、ご用心を」


 「え、ええ、分かったわ。ありがとう!」


 『おっきい建物ですねぇ、早く行きましょう!』


 「あ、ちょっと!? 行ってくるわね!」


 私はきょろきょろしながら中へ入って行くナイアを追いかけつつ、振り返ってピッツォに手を振った。




 「お嬢様……馬車の中で独り言をずっといってらしたなあ……やはり頭を打ったのはまずかったのだろうか……おいたわしや……このピッツォ、最後まで仕えさせていただきますぞ……」




 ◆ ◇ ◆



 「っと、見失った!? 足が速いわねあの子」


 まあ、お腹が空いたら戻ってくるか。ナイアに構ってばかりもいられないので教室へまっすぐ向かっていると、後ろから肩を叩かれて振り向く。


 「おはようございます、カリンさん」


 「あ、おはようフラン!」


 挨拶をしてくれたのはフランという、この学院で初めてできた友達で、緑の長いウェーブ髪をしたふわふわした女の子で、伯爵の娘さんである。


 「……?」


 私が挨拶をし返すと不思議そうな顔で首を傾げてじっと私の顔を見てくる。


 「どうかした?」


 「いいえ……いつもなら『ごきげんよう』と、嫋やかに笑っているのに今日はずいぶん元気だな、と思いまして」


 ああ、前世の癖でつい!? 

 でもこれは好都合だわ、階段から落ちたことを説明するチャンス……! 


 「……実は、お休みの間に私、階段を落ちて頭を打ったの……」


 「まあ……!? だ、大丈夫なのですか?」


 「うん。でも、その日から体が軽くなったような気がしてね。ちょっと元気になりすぎたみたいなの……えへへ……」


 うーん、前の性格から考えるとかなーり違うから自分でも違和感が凄い。それでももう元のおしとやかな私はどこにも居ないので、納得してもらうしかない。


 「そうでしたか……大変でございましたわね。でも元気なカリンさんもいいと思いますわ」


 そう言ってニコッと笑いかけてくれるフランの手をっ取って、そのまま私達は教室へと入って行く。すると、私に向かって視線が一斉に突き刺さる。


 「お、今日の主役の登場だ」


 「いいなあ、カリン。侯爵令嬢はやっぱり得よねえ」


 「どういう言葉でプ、ププププロポーズされたのかしらね!?」


 わっと教室のみんなが集まり、もみくちゃの質問攻めに合う。


 侯爵家の娘である私に対してこの態度! ……と、言いたいところだけどこの学院、国の方針で身分関係なく勉学を受けたいものは入学できる仕組みになっていて、普通の町民や村人もいたりする。

 で、学院に籍がある間は特に学院内で身分をひけらかすようなことはしてはならないという決まりごとがあり、侯爵だろうが村人だろうが同列に接しなければならない。


 ちなみにある程度の運営資金は国の税金で賄っているので、入学費なんかはかなり安く、最終的に領地の発展につながる可能性を考えて各領が学生に資金援助するケースもあるのだ。

 村人や町人は貴族と仲良くなって召使いやメイドに抜擢されるかもしれないから、身分が低い子はそこまで横着な態度はとらないけどね。


 「あ、その、プロポーズは、私の家に王子が来て……」


 「きゃー! 王子自ら!? ベタ惚れですのね!」


 「はい、みんなそこまでよ。もう始業のチャイムはなったと思うがね?」


 「やっべ!?」


 質問に回答していると、立っていた入口……つまり私の後ろからハスキーな女性の声がかかり、みんなが自席に散って行った。


 「では、カリンさんまた後で♪」


 フラウもそそくさと笑顔でこの場を離れると、残されたのは私一人になった。


 「さて、カリン嬢、浮かれるのは分かるが、ここは学院だ。混乱を招くようなことはないようにな?」


 「は、はい……すみません、ロティア先生……」


 「はは、別に怒ってはいないさ。めでたいことだからね。さ、席に着いてくれ、ホームルームを始める


 あはは、と愛想笑いをしながら私は着席する。


 困ったなあ……このまま外堀を埋められたら破棄しにくくなる……


 それとナイアはどこ行ったのかしら?

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