5日目 記憶を取り戻して猫を被るのを止めたカリン
『ふんふふーん♪ いいですねえ、新鮮な魂の匂い! いつか私の口に入るかと思うと興奮しますね!』
シーン……
『あ、あれ? カリンさん? ……なるほど、迷子になったんですね。仕方ありません、お迎えに行きましょう。あ、この場合のお迎えはあの世へ連れて行くことじゃありませんからね?』
迷子なのはナイアで、誰も聞いていないのにどうでもいい説明をしながらナイアは校内をウロウロし始める。だが、この学院の広さは相当なもので、ナイアはカリンの教室とは違う、別の棟に足を踏み入れていたのだった。
『あ、こっちからいい匂いが……』
しばらく歩いているとナイアは最初の目的を早くも忘れて学食へやってきていた。屋敷で雇うようなコックが厨房を預かっているので、貴族も満足できる学食はナイアを引きつけるのに十分だった。
「……あれ? 味見用に汲んでおいたスープが無いぞ? お前飲んだのか?」
「そんなことしないですよ……あれ、バナナがない?」
『ふむふむ、これは美味しいですね! 学校も随分進化しましたね。食べていなかった朝ごはんはこれくらいでいいでしょう』
つまみ食いをし、バナナを片手にご満悦なナイアが再び歩き出す。ホームルームが始まっているので廊下は静かになり、一つ一つ教室を覗いてカリンを探すが、勿論見つかる訳もない。
『うーん、カリンさんどこに行ったんですかね……屋敷に帰るにも寝ていたから道が分かりませんし……おや? 秘技”リーパーイヤー”』
ナイアが耳を澄ますと少し先の方で言い争いをしている声が聞こえてきた。その声を頼りにてくてくと廊下を歩いていくと――
「――ですの!」
「――めてくれ」
『……ほほう、これは興味深い……』
階段の下で男女が言い争っている声が聞こえ、ナイアはやじ馬根性丸出しでにやにやしながら近づいていく――
「どうしてわたくしではありませんの? こんなにお慕いしておりますのに……あんなぽやっとした子を選ぶなんて……」
「フラウラ、君はとても綺麗だけど私の好みではない。カリンのようなぽやっとした子の方が好きにでき……いや、好きなんだよ」
「くうう……」
「話はそれだけかなフラウラ? それじゃ私は行くよ」
「あ、クラティス王子!」
『(なるほど、この人がカリンさんの言っていた王子様ですか)』
階段の下で話していた男女のうち、男はどうやらカリンが婚約した王子のようで、女は王子に惚れていた貴族の娘ということか、と、姿が見えないナイアは堂々と真横でそのやり取りを見ていた。
「カリン=ノーラス……このままでは済ませませんわよ……」
不穏なことを言いながら、王子が去って行った方向とは逆に歩き出し自分の教室へ入って行くフラウラ。ナイアはその背を見ながら呟く。
『……カリンさん、記憶を取り戻す前はどんな子だったんですかね? でも、ぽやっとしなくなったからもしかすると普通に生活しているだけで失望されるラッキー案件……? でも”好きにでき……”と言っていたのが気になりますねえ。それに先程のお嬢さんにも気をつけないとですね』
一人の時は割と冴えている美人死神のナイア。是非これを報告せねばと再度、カリンを探しに徘徊するため空を飛んだ。
◆ ◇ ◆
――カーン、カーン
結局ナイアは姿を現さないままお昼を告げる鐘が鳴る。本当にもう、どこ行っちゃったのかしら……
「はーい、それじゃ今日はここまで。午後からは運動訓練になるから食べすぎて動けないってことのないようにね」
担任かつ語学の教師でもあるロティア先生が笑いながら教室を出て行くと、教室はざわめき、私はフランに話しかけられる。
「カリンさん、お昼はどうされますか?」
「そうねえ……私はいつも通りお弁当を持っているから庭にしようかな? フラウは?」
「お弁当がありますからご一緒させてもらいますわ♪」
ニコッと嬉しそうに笑いお弁当を掲げるフラウは本当に可愛い。それじゃあと私もお弁当を持って立ち上がり廊下を歩いていると背後から異様な気配を感じた。
「……」
不意に振り返ると、ギクッとしたクラスの何人かがわざとらしく話し始めたり、口笛を吹いたりしている。
……つけてきているな?
「今日は王子と会う約束はしていないから追いかけてきても無駄よ?」
腰に手を当てて呆れた調子で言うと、口笛を吹いていた男子生徒が驚愕の表情で後ずさる。
「ば、馬鹿な!? カリンが俺達の追跡に気付いただと!?」
「おっとりを通り越して、知らない人にフラフラと着いていてしまいそうなあのカリンが……!」
「人を何だと……ふう、連休中に色々あったの。行こうフラウ」
「は、はい」
「待って! 色々あったってなに! それはそれで興味あるわ!」
立ち去ろうとした私の背に声を上げたのは、スクープが大好きな眼鏡っ子、商家の娘であるシアンだ。彼女が追いかけてきて、結局わらわらとクラスの何人かでお昼ご飯を食べることになった。
「さて、とりあえず食べながらでいいから聞かせてもらえる?」
「何を?」
「さっきの話。色々あったみたいだけど、王子の婚約以外で何かあったの?」
「そうですわ。頭を打ったことと関係がありまして?」
するとクラスのみんなが「え”?」と言った表情で私を一点集中で見つめてくる。
「あー、まあそうなのよ……ちょうど昨日のことなんだけど、階段から転げ落ちて派手に頭を打ったの」
「マジかよ……普段からぽやっとしてたからなあ」
「オールズ、それはどういう意味?」
子爵の息子であるオールズが本当のことだけど聞き捨てならないことを言うので軽く牽制すると……
「おっといけね……」
「大丈夫なの? 昨日の今日で学院にきて」
弁当箱で顔を覆って視線から逃れるオールズに助け船を出すかのようにシアンが尋ねてくる。
「お医者様は大丈夫だろうって。傷も浅いから」
ほら、とおでこと髪の毛の付け根あたりにある傷を見せてあげる。
「うーん、王子の話どころじゃないわね……カリンの性格が変わった方が衝撃だわ……」
「その内慣れるわよ。 ……ん?」
シアンに相槌を打ってからお弁当に口をつけると、少し遠目に黒い服を着た女性が顔を伏せて歩いてくるのが見えた。もちろんどこかで見覚えのあるローブだ。
「……ナイア?」
私がボソッと呟くと、ガバッと顔を上げて涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔をほころばせて走ってきた。あ、こけた。
『カリンさぁぁぁぁん! どこ行ってたんですかぁ! 迷子なら迷子って言ってくださいよう……』
「いや、私教室に居たけど……というか迷子はあんたでしょうが」
「? カリンさん?」
おっと、マズイ。フラウが首を傾げて頭にハテナを出しながら聞いてくる。この独り言は頭がおかしい人に見られてしまうので、ナイアは黙らせておこう。
「(友達とご飯食べてるからちょっと待ちなさい)」
『ご飯……わたしのご飯……』
「(ごめん。後で購買で何か買ってあげるから)」
『しくしくめそめそ……』
「な、何でも無いの! さ、早く食べないとお昼終わっちゃう――」
崩れ落ちるナイアはそっとしておき、私が食事を再開していると、またも声がかかる。
「やあ、カリン。昨日はありがとう」
「げ!? クラティス王子……!」
それはまごうことなき、私の婚約者だった。
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