6日目 手ごわい王子
「どうしたんだい、そんなに驚いて? 昨日会ったばかりじゃ無いか」
ニコニコと優しい笑顔を撒き散らすのは昨日婚約したクラティス王子その人だった。こっちから会いに行くつもりではあったけど、心の準備ができていないので冷や汗が噴きだしていた。
「え、ええ、急に声をかけられてびっくりしただけですわ。お昼に庭へ来られるなんて珍しいですね」
「窓から君が見えたからつい嬉しくなってね。横、いいかな?」
「ど、どうぞ!」
しどろもどろになって応答していると、そそくさと離れたクラスメイト達のひそひそ声が聞こえてくる。
「(王子の前だと普通に戻るのね)」
「(そうみたいですわね。いつものカリンさんですわ)」
記憶を取り戻す前は王子が憧れで、目も合わせられない娘だったから今の私が慌てている姿はそう見えているのだろう。とりあえずここは口を開かず、時間まで王子に相槌を打っておくだけにとどめておこう……しかし、ナイアが急に起き上がって私に耳打ちをする。
『……カモがネギしょってやってきました……!』
「(意味分からないんだけど!?)」
『えっとですね、王子は――』
ナイアがドヤ顔で何かを伝えようとして来るが、王子が顔を近づけてくるので私はそれどころではない……!
「どうかしたのかい、カリン?」
「い、いいえ……その……昨日の今日でこんなに近いので照れてしまって……」
おふう……自分で言ってて気が滅入る……中身が27歳のOLとしては、こんな照れとは本来無縁のはずなのだ。だが、王子は気を良くしたようで、私の手を取って微笑む。
「ああ、友達も見ているし、悪かったね。昨日は挨拶だけだったからゆっくり話せていなかったし、どうかなと思ったんだけど」
「私もお話したいと思っておりました。……えっと、それで私達のことはどこまで……?」
これはかなり重要な項目なので聞いておきたかった。すると王子が割と絶望的なことを笑顔で話してきた。
「ん? 学院長や先生方には通達済みだな。生徒達には今度の月総会で発表しようかと思ってるんだ! 父上にお伝えしたら大層喜んでいたよ。ノーラス家は国内でも有数の領地運営をしているから、家柄も申し分ないとね」
おお! まだ知っている人は少ない! まだワンチャンありますわね! ……あれ? と、ともかく今ならまだ取り返しがきくはず。記憶を取り戻すのが婚約前ならもう少しやりようもあったと思うと歯がゆい。
「そうでございますか! あ、あの……クラティス王子……できれば公表はしばらく控えて頂けないでしょうか……」
「ええ!? どうしてだい!」
マンガみたいに大げさにのけぞり、残念そうな顔をして叫ぶ王子。私は今考えた言い訳をペラペラと語る。
「その……もし学院に公表されてしまえば、好奇の目にさらされると思うのです。私、そんな状況では学院に来るのが恥ずかしくて……それに、もし悪い人達の耳に入ったりしたら王子の弱点として誘拐されたりするかもしれませんの! ……チラッ」
立ち上がって大げさに身振り手振りしながら王子に説明をすると、王子はあごに手を当てて冷や汗をかきながら呟く。
「な、なるほど……なら見送りは私達が責任を持って送り届ければ――」
そうくるでしょうね! でも、それはお見通しよ!
「ダメです。侯爵の娘が王子にお見送りをされているなど『王族と懇意』と言っているようなもの……カモがねぎしょっているようなものです」
「カモ……? ネギ?」
私のセリフにフランが首を傾げていたので、ぴしゃりと遮っておく。
「フラン、そこは気にしなくていいのですわ。というわけでクラティス王子、今まで通りということでお願いしますわ」
ニコッと笑いかけると、王子は姿勢を正して微笑み返してくれた。よし、これで学院内は平和になる……と思ったのだが――
「分かった、君の意思を尊重しよう。だけど、ずっとというわけにもいかないから……そうだ! 三ヵ月後に全ての領主が集まって報告会があるね、会議のあとは必ずパーティを催すけどその時発表しよう。領主全員が集まっているし、きっと祝福してくれる!」
「お、おほほ、そうです、わね……」
「いいなあカリン。お金持ちなのにさらにお金持ちになれるなんてさー」
にゃにぃー!? 人の気も知らないでお金のことを言うシアンはさておき、リミットが出来てしまった……愛想笑いで王子の微笑みを受けつつ心の中はどっきどきだったりする。
「では私はそろそろ行こう。話が出来て良かった。学院内で話すのは構わないだろう?」
「……ええ、べったりでなければ邪推する人もおりませんかと」
王子は満足気に頷き、マントを翻して歩き出す。
「報告会が楽しみだな! また会おう!」
どう考えても色々おかしな構図と言動だけどイケメンには許されるのだ。それを思い知った瞬間だった。すると懐中時計を取り出したフランが、あっと声をあげた。
「いけませんわ、お昼の時間が少なくなっています。急いで食べませんと」
「おっと、次は運鍛学ね、ニーニャ先生は怒ると怖いから遅れないようにしないと」
「そうね。ごめんね、私のせいで」
フランとシアンがお弁当に手を伸ばしたので、私も慌てて残りを食べ始める。あれ? 何か忘れているような……? その時、私の足が何かに引っ張られた。
『ご飯……』
「きゃあ!?」
「どうしたのですカリン!?」
「い、いや、何でもないわ! (ちょっと、髑髏顔で話しかけないでよ、びっくりするじゃない!)」
『もう、限界なんです……』
「(あんたいつもお腹すかせてない? 次の授業は運鍛学だからこれを全部食べすぎるときついか……これ、食べていいわよ)」
するとパァっと顔を輝かせて私のお弁当箱からローストビーフのサンドイッチを掴み口に含む。
『んまっ! やっぱり貴族のもぐもぐごはんはむしゃむしゃ美味しいですねごくん。これだけでカリンさんに着いて来たかいがありました! 次の授業はウサギか猫か分からない生き物の授業なんですか?』
「(それはノンタ……あぶな!? 色んな方面から怒られるやつよそれ! 運鍛学よ。まあ体育ね)」
『そうでしたか! では、お腹も少し膨れたところで王子について耳寄りな情報が――』
カーン! カーン!
「あ! 鐘二回! お昼終了5分前ね。カリン、フラン、そろそろ戻りましょう」
「そうですわね。ああ、気が重いですわ……」
「(ごめんナイア、また後でね!)フランも運動苦手だもんね」
「そんなことじゃ良き令嬢になれませんぞ?」
「誰の真似よ……」
私は二人を連れて庭を後にする。その場にはサンドイッチを片手にドヤ顔で立ち尽くすナイアが残されるのみであった。
ちゃんとお仕事してくれているのね。悪いことしちゃったなあ。耳寄りな情報……気になる……
『――というわけで、今のままいけばきっと王子は……あれ? カリンさん? どこ行ったんです? また迷子ですかー!』
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