7日目 ライバルの宣言
――というわけで、午後からは運鍛学の授業のため、運動着に着替えてグラウンドに集合するクラスメイト&私はキレイに整列して先生を待っていた。
貴族が泥臭い運動を? と思うかもだけど、体力をつけないといけないのは庶民も貴族も同じなのだ。極端を言えば戦争でも起これば戦いに駆り出される可能性が無い訳ではないからね。
まあ私のような女貴族は『守られる側』だから基本的に必要ないんだけど、やっぱりいざという時に備えるべきだと、国王様……クラティス王子のお父様がカリキュラムに組んだそうだ。
それはさておき、後ろに座っているフランが私の肩を叩き小声で話しかけてきた。
「……カリンさん、フラウラさんがこちらを見ていますわ」
「本当ね。というより睨んでないかしら、あれ……」
フラウラ=ホーデン。
ホーデン家の一人娘で、私と同じ侯爵家の一人。子供ができにくい体質だったとかで大層喜んだけど、甘やかされて育ったせいかわがまま一本背負いで、気にいらないことがあるとイヤミやイジメに発展することがある要注意人物……いわゆる悪役令嬢というやつね。
「もしかして王子との婚約を知ったんじゃないでしょうか?」
「……有り得るかも……あの子、王子のこと好きだったわよね」
そうだった、と記憶を探り冷や汗をかく私。
「フラウラ様を『あの子』だなんて、本当にカリンは別人のようですわね」
「ちゃんとフランと湖にピクニックに行ったこととか覚えているから安心してね。あの時フランったら――」
「や、やめてください!? わ、わかりましたから! あ、先生が来ましたわ」
「ごめんごめん、待たせたね! お昼はきちんととった? 食べすぎは良くないけど、食べなさすぎも良くないからね! さ、準備運動始めるよ」
褐色短髪胸無しの『いかにも』な容姿をしているのは運鍛学のニーニャ先生。32歳の独身で、28歳まで女騎士をしていたらしい。このままじゃ結婚できないと転職をしたようだけど、まだ運命の人には巡り合えていない。
『不憫ですね……やっと見つけましたよカリンさん!』
「ひゃあん!?」
「どうしましたカリン!?」
「な、何でも無いの!」
「チッ、うるさい女ですわね……」
わざと聞こえるようにフラウラが呟いていたが、とりあえずここはスルーしよう。それよりもナイアだ。
「(今から授業だから少し離れたところで待っててくれる? あと心の声に反応するのも止めて?)」
『はーい、わかりました! とりあえずカリンさんは目を離すとすぐ迷子になるから気を付けてくださいね?』
「(迷子はあんたでしょうが!?)」
私の怒号もどこ吹く風で、鼻歌交じりにステップしながら斜面になっている芝生にちょこんと座るナイア。黙っていたら誰もが惚れそうな容姿なのに残念感が凄い。
それはともかく準備運動が終わり、今日はグラウンドをマラソンするらしい。生徒達は明らかに面倒な声を上げていたがしぶしぶ走り出す。
「ふう……ふう……こ、これはキツイ……」
「ですわ……」
フランと並んで走る私だが、貴族の娘らしく体力が無いうえ、そこに努力をしないため一週した時点でへろへろである。こりゃ体力もつけないといけないかなぁ……など胸中で呟きながら、フランの大きな胸が上下するのを見てごくりと唾を飲みこむ私に、すっと近づいてくる一つの影があった。
「……この程度で情けないですわね。王子の婚約者がこんな女だなんて本当に腹が立ちますわ!」
もう一つの侯爵家であるフラウラだった。速度を落として私に接触を図ったようだ。紫の長い髪に切れ長の目は少しきつい印象があるものの、十分美人。私とフランが可愛い系ならフラウラは美人系というところだろう。しかし胸はお察しである。
「フ、フラウラ、さん……な、何故、そのことを……」
やはり知っていたわね。
フラウラのお父様は城に出入りする役職もあるから、可能性はあると思ったけどあえて聞いてみる。すると、目を細めて私を見て言う。ああ、美人な顔が台無しだからそういうのやめよう!?
「お父様が酷く落胆した様子で屋敷に戻ってきたので問い詰めましたの。ですが、まだ婚約の段階……わたくしはまだ諦めませんわ! って、いない!?」
「え? はあ、はあ……何て……?」
もう限界が近い私達に、さらに速度を落としてフラウラは私に言う。
「宣戦布告ですわ! 必ず王子を奪って見せますわ!」
「あ、あー……そうしてくれると助かるわね……」
「『そうしてくれると助かるわね』!? 様子がおかしいですわね……いつもなら涙目でぷるぷるして黙っていますのに。足を引っかけて転ばせてやろうと思いましたが調子が狂いましたわね」
涼しい顔で嫌なことを言う。理由を聞けたしとりあえずいいか、私は完全に歩きモードに入りフラウラの背中に声をかける。
「色々あるのよ……あ、もうダメ……フラン、ギブアップしましょう」
「は、はいー……」
「待ちなさい! 話はまだ終わっていませんわよ!」
「後にして……」
フラフラと先生のところへ行き一周ギブを宣告すると、休憩タイムに入る。フラウラはチッっと舌打ちをしながらそのまま走り去って行った。フラウラは王国軍を指揮する父親のせいか、戦闘訓練は受けているため体力はしっかりあるのでこれくらいは大したことは無いのだ。
ちなみにこのマラソンは400mくらいのトラックを、男子は5週、女子は三周するのだけど、三周全て走りきったら成績が少し良くなる。庶民の子は成績がいいと、それなりに仕事にもつきやすいのでやはりそういった子が必死に走っていたりする。
「はいはいはいー! どいたどいた!」
……見ればシアンが男子すら追い抜いている光景を目撃する。
「シアンは家業を継ぐのにどうしてあんなに頑張るのでしょうか」
「あれはただ走りたいだけなんじゃないかしら」
フランが首を傾げながら呟くと、ニーニャ先生が何か記載をしながら言ってくる。
「カリンにフラン、一周……と。きちんと体力をつけておけよ二人とも? いざ他国との戦争ということになったら自分の身は自分で守らないといけなくなるかもしれないんだからな」
「うふふ、戦争なんてかなり昔にあったくらいで、今はそんなことはありませんよ?」
「例えだ例え。犯罪はどこにでも転がっている。気を付けるに越したことはない」
「それで鍛えた結果が先生なんですか?」
「……カリン君、少し向こうで話をしようか?」
「向こうの芝生へ行って休憩してまーす」
ゆらり、と笑顔のまま私を見てきたので、私は周り右をしてナイアのところへ向かう。フランは苦笑していたが、なんとかフランが止めてくれたので事無きを得た。
「ナイア、ごめんお待たせ!」
『……』
「?」
返事が無いナイアの顔を覗き込むと、青い顔をして干からびていた。
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