8日目 死神


 「ど、どうしたのよナイア!」


 ざっぱぁーん!


 とりあえずバケツに水を入れてナイアにぶっかけると、グラウンドからニーニャ先生の声が聞こえてきた。


 「どうしたカリン? 急に水を撒くなんて?」


 「あ、あはは! ちょっと芝生に元気が無かったもので……」


 「?」


 良く分からないといった感じでまたグラウンドの方へ目を向ける先生。今のうちにナイアを起こすことにしよう。


 「しっかりしてナイア!」


 『う、ううーん……』


 「良かった、気が付いた! お水よ、飲める?」


 『は、はひ……んぐんぐ……ふう……』


 ぷるぷると震える手で水を飲み干すと、一息ついて口を開く。


 『いやあ、直射日光は長時間浴びたらダメなんですよね! フードを被らないで座っていたから死ぬところでした!』


 「割と重要な項目を忘れてるわね!? 後、あんたって死ぬの!?」


 えへ♪ と、頭を掻いて私にウインクしてくるのでさっさとフードを被せて話を続ける。


 「ちょっと聞き捨てならなかったからもう一回聞くけど、あんたって死ぬの?」


 露骨に目を逸らしながら冷や汗を流す髑髏顔。言いたくないらしい。だが、私が無言でじっと見つめていると観念してため息をついた。髑髏顔のままで。


 『はあ……そうですねえ。弱点になるから言いたくなかったんですが、今のように直射日光を浴び続けると死にます。後は言いたくないので想像にお任せします!』


 「まあ、別にあんたを殺したい訳じゃないから別にいいけどね。でも死神だから死なないと思ってから驚いただけよ」


 『わたし達は生前許されざる罪を犯――っと何でもありません。死神の魂も流転するので、ちゃんと死にますよ! わたしのことよりほら、王子についてお聞かせしましょう!』


 何か不穏なこと、いや大事なことを言いかけたが露骨に目を逸らしたので追及するのはやめておこう。聞きたいときは食事抜きにすれば聞けそうだし。


 「で、クラティス王子についてだっけ?」


 『そうですそうです! 今朝がた迷子になって……いえ、学院内を探索していた時のことです』


 やっぱり迷子の自覚はあるのね。


 『あそこで走っているお嬢さんと階段下で会話をしているのが聞こえまして――』


 と、その時の状況を無駄に物まねを交えて話してくれるナイア。まったく似ていないので笑いをこらえるのが大変だった。


 「……なるほど、王子は大人しい子が好みだったのね。それならフラウラが候補からはずれる訳だわ……じゃあ、今の私がこのまま接したら王子から身を引いてくれる、そう言いたい訳ね?」


 『はい! 今のカリンさんならちょっとした言動でドン引きしてくれるはずですしね!』


 「この……!」


 『きゃー!?』


 カーン、カーン!


 一言多いナイアの頬をひとしきり引っ張っていると、丁度授業の終わりを告げる鐘が鳴り響く。


 「命拾いしたわね、ナイア……!」


 『うう……お腹すきました……』


 「まるで堪えていない!? ていうかあんたいっつもお腹すかせているわね……でもまあ、初日してはいい話だったから帰ったらご馳走を用意していあげるわ」


 するとナイアはガバッと身を起こして目を輝かせる。


 『マジですか! ならもっと王子の弱点を見つければさらに豪華な……!』


 「いや、それはないから……とりあえずもう少しで学院も終わりだから待っててね。あ、フラン! 着替えに行きましょう」


 すでにご馳走にうつつを抜かしているナイアを置いて、私は近づいてきたフランと更衣室へと帰って行く。


 「カリンさん、随分暴れておりましたけれど、やはり頭が……」


 「その言い方は良くないわフラン」


 傍から見ればひとり相撲をしているようなものだから仕方ないとはいえ、奇行の目にさらされるのは……いや、待てよ? 私の奇行が王子の耳に入ればそれはそれで……


 「カリンー見てたよ! おしとやかじゃないカリンは親近感あっていいけど、ちょっと頭がヤバイ人に見えるから気を付けた方がいいよ?」


 うん、奇行は却下だ。


 

 教室へ戻り、残り二つの学問を終えた私はピッツォの待つ入り口までてくてくと歩く。その横を鼻歌交じりにナイアが着いてくる。


 「今日はお疲れ様。死にかけたりしたけど、平気?」


 『はい! 陽も暮れてきたので元気になってきました!』


 「やっぱり死神って夜が活動時間なのかしら……でもナイアは昨日普通に寝ていたわよね?」


 『そこは元にんげ――いえいえ、元気になるだけで夜眠くなるのは人間と一緒ですよー』


 ……この子は色々隠している気がするけど、今のところ私に害が無いのでスルーしておくか……ノリが軽いので忘れそうだけどナイアは魂を食べることができる。それを忘れてはいけない。


 「お嬢様、学業お疲れ様でございます」


 「ありがとうピッツォ。それじゃ、帰りましょうか」


 私の言葉ににっこりとほほ笑み、ゆっくりを馬車が進みだす。窓から外を見ると、他の通い生徒の馬車や、歩きの生徒が楽しそうに門から出て行く。


 「(……本当に異世界なんだな)」


 『見てくださいあの二人! 手を繋いでますよ! カップル、カップルですかね!』


 「落ち着きなさいよ……あれ、男の子同士じゃない!?」


 

 ま、向こうの世界じゃロクな目に合わなかったけど、ナイアのおかげで第二の人生が始められたのは良かったかな。


 こうして記憶を取り戻して最初の学院を後にするのだった。

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