16日目 ナイアの(一瞬だけ)活躍

 


 「今日はまあまあだったわね。でも、新しい服を買えてよかったわ。国境付近だけあって、こっちには無い品物もたくさんあるし!」


 「そういえばシアンのお店では衣類を扱わないんですのね?」


 「うーん、ウチって雑貨商なんだけど、衣類はかさばるから取引をしていないのよね。私が学院を卒業したら手を入れるのはいいよって言ってくれているから今後かしらね」


 横を歩くシアンとフランがそんな会話をしているのに耳を傾けながら少し後ろを歩く王子達に気を配る私。ナイアは王子の後ろを着いてくる形だ。変な服を着て。


 「シアンなら立派に継げるんじゃないかしら。ケチだとか言われても、出す時は出すしね。今から食べるお昼とか」


 「うう、プレッシャーをかけないで……まだ買いたいものが……!」


 「うふふ、分かってますわ」


 「ミモザは"ぱふぇ"が食べたい!」


 「お姉ちゃんが買ってあげるからねー♪」


 手を上げて主張するミモザに、シアンが頭を撫でながらそんなことを言っていると、クラティス王子がゆっくり近づいて来て話しかけてくる。


 「ところでお昼はどこへ行くんだい? このあたりに美味しいお店があるのかな?」


 「あ、はい! この先の大通りにレストランがあるんですけど、そこの料理が美味しいんですよ。他国の料理なんかも出していて! あ……でも王子のお口には合わないかもしれませんね……」


 するとにこやかに返答するクラティス王子。


 「たまにはそういうのもいいと思う。楽しみだよ」


 「そう言ってもらえると――」


 と、シアンが前を向こうとしたその時だった。


 ドン!


 「きゃ……!」


 「ちょっと気をつけなさいよ!」


 別通りから走って来た男がシアンにぶつかり、シアンは尻餅をつく。私がすかさず文句を言うが、男はそのまま走り去ってしまう。

 

 「大丈夫ですか?」


 「う、うん、ちょっとびっくりしただけだから! ……!? な、ない!」


 「どうしたの?」


 フランに立ちあがらせてもらったシアンがポケットに手を当てて慌てふためくので私が尋ねてみると、


 「お財布がない! さっきの男だわ! 追いかけないと!」


 「あ! シアン!」


 私も追いかけようとするが、クラティス王子に肩を掴まれて制止させられた。


 「ここは私に任せてくれ。さっきの男を追って捕まえるんだ。シアンさんに危険が迫らないようにな」


 「はっ!」


 王子が指示を出し、兵士が駆け出していく。まずい、これはまさか……!


 「私も追います!」


 「カリンは危険だ。私の兵士に任せておけばいい」


 そう言った一瞬、王子の目はニヤリとしたような気がした。なるほど、町の人間にやらせる方法をとったのね。兵士を向かわせたところで「見失った」とでも言うのだろう。


 「(ナイア!)」


 胸中で呟き目線をナイアに合わせると、空を飛んで追い掛けているのが見え、私はホッとする。というか飛べたんだ……それはともかく今はシアンだ。流石に伯爵の娘であるフランを手に掛けたりはしないだろうと、ミモザを任せて走ろうとする。


 「私も追うわ。ミモザをお願いしていい? クラティス王子、ビルさん、お願いします」


 「カリン!? どうする気だ! 兵士に任せておけばいいだろう?」


 「……嫌な予感がするんです。離してくださいませ」


 「……君は私の婚約者だ。危険な目に合わせる訳にはいかない。あ! カリン!?」


 「お嬢様!?」


 「ピッツォはミモザをお願い!」


 クラティス王子を振り切ってシアンが消えた路地裏へ足を踏み入れると、迷路のようになっていて私は焦る。


 「ナイア……ちゃんと追いかけられているかしら……」


 路地を駆けていると、二つ先の角から悲鳴が上がった。


 「きゃああ!」


 「シアン!?」


 飛び出したい気持ちを抑えてそっと角から見ると、シアンが気絶させられて倒れ込むところだった。ナイアは……


 「へへ、上玉じゃないか」


 「こいつを手籠めにしてさらに金がもらえるとかいい仕事だな。連れて行くぞ」


 「商家の娘らしいし、もう少ししゃぶれそうだな」


 二人組の男が嫌らしい手つきでシアンに触ろうとした時、ナイアが男を蹴り飛ばした。見事なミドルキックが無防備なお腹へ突き刺さる!


 『はい、そこまでです!』


 「いいわよナイア!」


 私が角から躍り出ると、もう一人の男が狼狽えながら倒れた男と私を見ながら口を開く。


 「な、なんだ!? さっきの連れか! おい、しっかりしろ!? ぐわ!?」


 『えい!』


 そしてもう一人の男へボディブローを決めるナイア。10カウントを取るまでもなく、男は気絶した。


 「やったわ! ありがとうナイア!」


 『えへー。姿は見えませんからね。無防備な相手を沈黙させるのは楽です!』


 得意気にシュシュっと拳を突きだすナイアが微笑ましい。でも死神としてその物理攻撃はどうなんだろう? それはともかくシアンを回収しようとしゃがみ込んで介抱しようとしたところで――


 「どういう手品か分からんが見事だな」


 後ろから声がかけられ、私はハッとして振り向く。ナイアが私の前にスッと立ってくれた。


 「……どなたかしら?」


 ナイアが邪魔で見えにくいが、声をかけてきた銀髪赤目のワイルドな男が私を見降ろしていた。顔は結構イケメンで、クラティス王子と十分やりあえる容姿だ。ただし目つきが鋭い。


 「安心しろ、俺は敵じゃあない。女の子の悲鳴が聞こえたので走ってきただけだ。大丈夫そうだったがな」


 あら、目つきの割にいい人でしたか! 私は立ち上がり、ナイアの横に移動してぺこりとおじぎをする。


 「見ず知らずの私達のためにありがとうございます! このとおり怪我もないので!」


 にこりと微笑みかけると、男はきょとんとした顔をした後に目を細めて口を開く。うわ、悪人顔になった……


 「……俺が怖くないのか?」


 「え? いや、別に? 確かに目つきは怖いですけど、見ず知らずの私達を助けに来るくらいですからいい人なのかと。人は見かけによらないですからね」


 そう、人は見かけによらない。


 あのストーカー男のように外面が良くても裏で何を企んでいるか分からないやつもいるのだ。


 私がそう答えると目をパチパチさせた後、フッと笑い口を開く。


 「面白い女だ。とりあえず安全な場所まで行こう。手伝うぞ」


 「あ、大丈夫ですよ。っと、その前に……」


 私は倒れた男の懐を探り、シアンの財布を見つける。


 「あったあった! それじゃ戻ります!」


 「お、おい……ええ……!?」


 シアンのお財布をしまい、私はシアンをお姫様抱っこして抱えると、男は驚いて目を見開く。この一週間特訓した成果がこれである。ナイアとの契約に含まれている能力促進のおかげらしい。


 『ゴリラですねゴリラ!』


 「(後で覚えていなさいよ……いえ、お昼抜きね)」


 『頑張ったのに!?』


 「む、むう。本当に俺は来た意味が無かったな……」


 「あ、そこ右です」


 頭を掻きながらそんなことを言う男はちょっとかわいい。さりげなく前を歩いてくれるあたりこの人は本当に優しいのだろう。


 「誰もケガをしなかったんだからいいじゃありませんか。あ、大通りですね! みんなー!」


 私が声を出すと、フランとミモザが手を振ってくれ、王子がホッとした表情を見せていた。心配なら追いかけてくればいいのにっ!


 「はは、そうだな。……む」


 前を歩いているのでわからないけどきっと笑っているのだろう。そんな彼が大通りの向こうに見えた王子やフランを見て立ちどまった。


 「どうしたんですか?」


 「……いや、連れがいるようだから俺はここで失礼する。あんた、名前は?」


 「え? せっかくだしお礼を……」


 「何もしていないからな。礼代わりなら名を教えてくれ」


 「別にいいですけど。私はカリン。カリン=ノーラスです。イーネイブル国、ノーラス領、ラウロ=ノーラスの娘です!」


 何が目的か分からないけど、貴族だと言っておけば間違いない。いい方でも、悪い方でも。


 「カリンか。俺の名はカシュー。いずれまた――」


 「あ!」


 そう言ってカシューと名乗った男は、来た方向とは逆へ走り出した。でもカシューってどっかで聞いたような?

 

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