32日目 迫られる決断


 「カリン様こちらに居られたのですね。国王様がお待ちです」


 何か頭がぼーっとする……そう思っていると、フランとフラウラと一緒にいたメイドさんに声をかけられたので返事をする。チラリと視界の端にいるナイアを見ると、安堵したため息を吐いていた。


 「あ、はい、分かりました。クラティス王子、私どうしていましたか?」


 「……疲れていたのだろう。少し眠っていたよ?」


 一瞬詰まったのが怪しい……ナイアに何があったか聞かないといけないわね……そう思っていると、ぐいっと手を引かれて私はバランスを崩す。


 「行きましょう、カリンさん」


 「わ、分かったから引っ張らないでよ。それにしてもどうしてフランが……学院はどうしたの?」


 「それはまた後程……」


 フランがそそくさと私を外に連れ出そうとする。肝心のナイアはというと、クレルと隅で何か話している。姿は見せていないはずだけど……? 振り向いた私の顔を見てナイアはウインクしてから手を振ってきた。



 『すみませんカリンさん。わたしは後で追います。事情は後で話しますから、謁見を済ませてきてください』


 「よく分からないけど、気をつけなさいよ?」


 『はい!』


 元気よく返事をしたナイアの笑顔を最後に扉が閉じられ、久しぶりに私はナイアと離れて行動することになった。


 廊下ではビルさんを先頭に私とフランが続き、その後ろにフラウラが着き、最後尾にクラティス王子が歩く。誰も言葉を発しないまま、来賓室へと通された。


 「カリン様をお連れしました」


 「ご苦労。入れ」


 おお、久しぶりに国王様声を聞いたけど、相変わらず渋いわね。


 「カリン=ノーラスです」


 「よく来てくれた……む? ホーデンとグレイブ家のお嬢さん方か? 何故ここに」


 国王が眉をひそめて尋ねると、フラウラははっとして慌てて弁明を始めた。


 「そういえばわたくしはお父様のところへ行く途中だったのです! フランさんがわたくしを見るなり腕を引っ張ってカリンさんを探して欲しいというからご一緒しただけですの」


 「そうなのか?」


 国王がフランに視線を向けると、フランはコクリと頷き口を開く。


 「はい。お友達であるカリンさんが学院を早退してまでお城に来たのが気になりまして……悪いとは思ったのですが、何だかカリンさんにもう会えないような気がしましたのです」


 すごく深刻そうな顔をするフラン。友達として嬉しいと言うべきか思い込みが激しいというべきか……でも、さきほどのナイアの様子を見る限り『おかげで助かった』といっても差し支えが無さそうだ。


 「大丈夫よ、ありがとうフラン。国王様、この二人は私のお友達です。同席しても差し支えないでしょうか?」


 「いや、ことは重大である。申し訳ないが、クラティス以外は外で待機してもらおう」


 流石にそこはいいとは言ってくれないか。


 「そんな……!」


 「フラン、心配は嬉しいけどここは引いて?」


 「分かりましたわ……」


 「ではわたくしはこれで。クラティス王子、ごきげんよう」


 フランとフラウラは対照的な顔で来賓室を後にし、残されたのは私とクラティス王子に国王。そして――


 「カリン、大変なことになったよ」


 お父様がフランよりも深刻な顔で私に声をかけ、私を横に座らせると、クラティス王子も面白くなさそうな顔で国王の横に座る。


 「それでお話と言うのは?」


 早速話を切り出すと、国王は頷いて話しだす。


 「実はな――」


 国王の話はとんでもない内容で、隣国の王子が私を妻にしたいというのだ。隣国――フィアールカのことなので、カシューさん……リチャードのことで間違いない。条件は鉱山の領有権。これはこっちの国が喉から手が出るほど欲しい交渉材料である。


 「クラティスと婚約してもらったが、向こうは破棄をする分色をつけてくれるという。しかし、カリン殿は道具ではなく人間だ。そなたの気持ちを無視して交渉を進める訳にはいかんと呼び寄せたと言う訳だな」


 どうも私が断っても使用権は貰えるらしいので、国にとってはどう転んでも悪い話にはならない。領有権という欲をかかなければ、私が断ってクラティス王子と結婚し、鉱山を使用できるようにした方が得ではある。


 「……」


 クラティス王子がそわそわしているところを見ると、私が絶対断るとは思っていないらしい。昔の私なら断らなかっただろうけど――


 「……そうですね。正直にお答えさせていただくと、婚約者がいるというのに私を選んだリチャード王子に興味があります」


 「――っ!」


 クラティス王子が驚愕した顔を私に向けるが、それはスルーして話を続ける。さて、誰がどう見てもここは婚約破棄チャンスだ。王妃になるのはまっぴらだけど、それ以上に性格的に合いそうにないクラティス王子を牽制しておこう。


 「婚約している者をわざわざ妻に迎えたい、それも貴重な領地と引き換えに。というからには私にその価値があると判断したのでしょう。その理由を聞いてから返事をさせていただいてもよろしいでしょうか?」


 「なるほど。できれば私はクラティスと結婚して欲しいと思っておるが……カリン殿の将来の話だ。許可しよう」


 「ありがとうございます。一つ、よろしいでしょうか?」


 「? 何かな?」


 「どうして『そんなことはできない』と突っぱねなかったのでしょうか? 話を聞かせていただいた限り、追い返しても良さそうでしたが」


 「う、むう……せ、先方がどうしてもカリンをと言うのでな……」


 「そうですか……では、私は明日、フィアールカへ赴き、リチャード王子と対面したいと思います」


 「馬鹿な!? 敵地に乗り込むようなものだぞ!?」


 クラティス王子が突然激昂して立ち上がるが、それを見て私は告げる。


 「……隣国は友好国。取って食われるような場所ではないと思いますけど?」


 「ならば私も一緒に――」


 「いえ、これは私が見極めるべきことです。お父様と一緒に行きます」


 「カリン……」


 その後、明日の予定を詰め、この日の話は終了した。クラティス王子がわなわなと怒りを露わにした顔をしていたが無視を決め込んだ。

 

 カマをかけたけど、国王は領地が欲しいみたいね。そもそも、私と結婚させたいのなら断るべきだし、私が即断でクラティス王子を選ばなかったことをもう少し怒ってもいいと思う。だけど、断らなかったし、私の判断に委ねる流れにしたのだ。恐らく国王は私をリチャードのところへ嫁がせたいと考えているはず。


 「(これでクラティス王子とは8割がた婚約破棄ができたかな? リチャードを選んでも結局王妃ルートだから次はそこをどう回避するか考えないと……そういえばナイア、遅いわね?)」


 

 ――馬車に戻るまでナイアは現れず、戻ってきたのは家に帰り着いてからだった。部屋に戻るとナイアは私に話をしだす。次から次へと……そう思わざるを得ない内容を――

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