44日目 今までありがとう
「雨がひどいわね……」
「喋るな、舌を噛むぞ」
土砂降りの中、騎士たちを先頭にして私とリチャードを乗せた馬が走る。薄暗い夜道と、雨のせいで視界が悪く、どこをどう走っているのかさっぱり分からない。
「場所は大丈夫なの?」
「アジーンから聞いている、大丈夫だ」
リチャードの言う通り、その場所へはすぐに辿り着いた。そこには大鎌を持って立ち尽くすナイアの姿があった。
「ナイア!」
『カリンさん……来たんですね』
ゆっくりと振り返ったナイアの目は酷く寂しげで、今にも消えてしまいそうだった。私は馬から降りてナイアの元へ近づこうとするが、リチャードに止められる。
「彼女は知り合いか……? これだけの騎士を一人で倒したとでもいうのか?」
「リチャード様……!」
「全員気絶していますが、生きています」
見ればナイアの足元にはクラティス王子が倒れており、他にも数十人の騎士も土砂降りの中倒れている。
「ナイアは人を殺したりしないわ! でもこんなに強かったんだ? 寒いし戻りましょう? 終わったんだよね?」
「カリン、大丈夫なのか? どうしてこんなところに……」
「彼女は私の友達なの。両親も知らないけど、こっそり護衛をしてもらっていたの。でもこんなに強いとは思わなかったわ」
そういいながら近づいていくと、ナイアが真顔で手を突き出して声をあげる。
『来てはだめです』
「え……?」
ビクッと体をこわばらせて立ち止まる。雰囲気がいつもと違う……直感でそう思った。
『……彼等の記憶は消しました。どうしてここに居るのか、それすらも覚えていないでしょう。そしてカリンさんを執拗に狙っていた初場 桐……彼の記憶も、消し飛ばしました』
「え!? ど、どういうことよ! そんなことができたのならどうしてもっと早く……」
「なんだ……君たちは何を言っているんだ……?」
「あ、リチャード……それは……」
そういえばリチャード達もいたんだった……! どう誤魔化そうか考え始めたところで、ナイアが口を開く。
『……わたしはナイア。カリンさんに憑いた死神です』
「ナイア!?」
「死神……!?」
私とリチャードが驚き、倒れた人たちを荷車に搬送していた騎士たちもざわざわとし始める。どういうつもりなの……?
『カリンさんは、前世の記憶を持っています。そしてこのクラティス王子は、前世でカリンさんを殺した張本人が転生した者……それがまた狂い、カリンさんとあなたたちを狙っていました』
「転生……!? カリンも!?」
「ちょ、ちょっと! ナイア、どうしちゃったの! 暴露しまくりじゃない!?」
するとナイアはフッと笑い、話を続ける。
『リチャード様、カリンさんは不遇な死を遂げてこの世界に来ました。あなたは前世の記憶を持ったカリンさんでも、愛し、一緒にいることができますか……?』
「……」
リチャードはナイアからじっと見つめられ、押し黙る。やがて私の肩を寄せて口を開く。
「君が死神だというのはよくわからない。だが、カリンが何者であろうと、俺の妻にすることには変わりがない。カリンはカリン、そうだろ?」
するとナイアはにっこりと笑い、言う。
『ええ、その通りです。あなたにならカリンさんをお任せすることができそうです……』
「は、恥ずかしいわね……で、それだけじゃないんでしょ?」
『はい。最後の仕上げをしなければ、なりません』
「仕上げ?」
ナイアは頷き続ける。
『……わたし達死神は契約者との賭けに負けた場合、自らの都合で人間に危害を加えることを許されていません。なぜなら死神は死なないからです。例えば戦争があったとして、それに加担すればわたし一人で国を亡ぼすこともできるでしょう』
ごくり、と私とリチャードののどが鳴る。いつものおちゃらけた感じの声色ではない、真剣なナイアがそこにいた。
『ゆえに、死神を統括する冥王様より、直接人間に危害を加えることは禁止されているのです』
「で、でも、気絶しているだけでしょ?」
『……先ほども言いましたが、この人たちの記憶を消し飛ばしました。これは危害を加えたと言っても過言ではありません。そして今からも――』
スッと鎌を持ち上げて構える。
「何をするつもり!」
『……カリンさんたちの記憶も消します。大丈夫、わたしに関する記憶だけですから』
それってつまり、ナイアのことを忘れるってこと!?
「嫌よ! どうしてナイアがそんなことにならなくちゃいけないの! 全部クラティスが悪いんじゃない! それなのに――」
『こうなる前に、この男が諦めてくれれば良かったんですけどね。記憶を持たせたままにしておくには度が過ぎました。これ以上カリンさんを苦しめたくありませんでしたから』
「止めなさい! そうだ、クラティスについていたあの死神は! あいつに責任を取らせればいいじゃない!」
だけどナイアは首を振り、
『記憶を消したのはわたしです。だから、消えるのはわたしだけ』
ぐっと力を込めて鎌を握るナイア。
「止めて!? 止めてよ!」
『カリンさん、今までありがとうございました。リチャードさんが相手ならきっと幸せになれると思います! これでようやく恩を返せました』
恩? 恩ってなんのこと!? 止めようと駆けだした瞬間、ナイアの鎌が、振り下ろされた――
ザアァァァァァ……
「あれ……? 私、ここで何を……?」
降りしきる雨の中、私は立ち尽くしていた。後ろにいたリチャードが地面に倒れているクラティス王子を見て声を上げる。
「俺達は……そうだ、アジーンからクラティス王子が攻めてきたと言われて来たんだ! カリン、雨は体に障る。すぐに戻ろう。……それにしてもどうして俺はカリンを連れて来たんだ……?」
「私もどうしてここに居るのか覚えてないわ……あら……?」
私の立っているところから数歩先に、白いものが落ちているのを見つけ、惹かれるようにそちらへと歩く。
「……猫?」
年老いている、と一目でわかる白い猫が横たわっていた。触ると冷たく、すでに命が尽きているのだと分かった。
どうしてだろう……とても気になる……
「カリン? ……泣いているのか?」
「う、ぐす……何でだろう……この猫、知っている気がする……でも思い出せないの……」
猫を見ていると涙があふれてくる。とても大事なことを忘れてしまった。そんな気が、する。
「うあ……うわあああああん!」
「カリン……」
雨か涙か分からないものが頬を伝わり、私はしばらく泣き続けた――
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