最終日 転生令嬢は今度こそ平和な暮らしを手に入れた!
「わ、私はなぜこんなところに……?」
「とぼけるな、カリンをどうにかするため攻めてきたのだろう! 妹の従者の証言もある」
「いや、本当に何がなんだか……わ、私が彼を斬ったのか? わからない……どうしてそんなことをしたのか……」
大雨の中気絶したクラティス王子以下、マルクウ王国の騎士たちはずぶ濡れのまま尋問を受けていた。しかし、クラティス王子達は「分からない」を連呼するばかりで話にならなかった。
「妹を城に招き入れて何をしていたのかも話してもらうぞ」
「妹……お、おお、ブリザさんか! えっと、城で……城で何をしていたんだ我々は?」
「え、えっと……お、思い出せませんわ……あ、愛の営みを……」
「何!?」
と、ブリザも頭を抱える始末で、かくいう私もごっそりとここ一年くらいの記憶が曖昧になっている。前世の記憶を取り戻した、それはいい。だけど、そのあとずっと誰かが一緒にいたような気がするんだよね……
結局、アジーンを含めたブリザの従者三人は一命を取り留めていたため、マルクウ王国へこのことを報告し、賠償と引き換えにクラティス王子の身柄を引き渡すことになった。私に固執していたことから、攫おうとしたのではと尋問を受けたが、クラティス王子は「カリンに未練は無い」と口にしていたそう。
その言葉通り、彼が私の前に姿を現すのはこの事件から数年後、ブリザとの結婚式を挙げる時だけだった。
そしてすでに息絶えていたあの白い猫は、騒ぎで起きてきたミモザとエドアール君が見てどうしてか二人とも号泣。
「ミモザ、この猫さん知ってるの?」
「ううん……でも、しっているきがするの……」
「僕も……」
死体なのに気持ち悪がりもせず抱きしめ、その後ウチの庭に埋めてお墓を作ってあげた。
――そして季節はめぐり、私は学院を卒業。
名物カップルになってしまったシアンとオールズも結婚した。オールズは両親に反対されていたけど、婿養子でもいいと啖呵を切り、しぶしぶ両親に納得してもらい商家の仕事を学んでいるそうだ。
フランは私を助けに来たとき、貴族の次男に見初められモーションをかけられていたんだけど、ついに根負けして彼と結婚することになった。だけど、あの時クラティス王子の部屋で何をしていたのかはまったく覚えていない……
フラウラはあれだけ好いていたのにクラティス王子が信用できないからと、お父さんの跡を継いで女軍人になることを選んでいた。でもそこに至った経緯は自分でもよくわからないらしい。
で、私はというと――
◆ ◇ ◆
<あの世>
『あれから一年ですか。早いものですねえ』
『そうですね』
『ナイア君は残念でした。新しい死神の形を作り出せると思ったんですが』
『……』
『クレル君はそう思いませんでしたか?』
『あいつは……ナイアは私情で動いていました。それはいつか破綻するものだと思いますが……』
『クラティス……いえ、初場 桐を焚きつけたあなたがそれを言うのは面白いですねえ。で、スッキリしましたか? 生前、妹を殺された復讐としては満足ですかね?』
『……終わったことです。罰なら受けますよ。結果的に成瀬 佳鈴に迷惑をかけたことになりますし』
『フフフ、まあ今回はナイア君に免じて不問にしてあげますよ』
クラティスに憑いていた死神、クレルはあの世へと戻っていた。ナイアが記憶を消し飛ばしたことにより、前世の記憶や賭けなどもリセットされ、あの世界の残る必要がなくなったからである。
『どうしてナイアが出てくるんです?』
『ま、そこは秘密です。あ、食べますかハンバーガー?』
『……』
ハンバーガーを手渡され、困惑するクレル。上司と思われる死神が話を続けた。
『初場 桐の魂はクラティス王子に入ったままですが、もう二度と前世の記憶を取り戻すことはないでしょう。というか思い出させませんがね』
『あいつは成瀬佳凛のためだけに死神になり、そして消えました。あいつは……どうなるんですか? 冥王様』
『もぐもぐ……おや、どうやらそのカリンさん、妊娠したみたいですね』
『はあ……じゃなくて……!』
クレルが声を荒げようとするが、冥王と呼ばれた男はクレルの口にハンバーガーを突っ込みにやりと笑う。
『おっと、こんなところにナイア君の魂が! あ、まずい落としてしまったぞ』
いつの間にか手にしていた光る魂が冥王の手から消えた。
『あ、あなたは……』
『まあ、いいんじゃないですか? これでも昔は悪さをして神に投獄された男ですよ。ちょっとくらい転生先をいじっても大丈夫ですよ』
ひらひらと手を振って笑う冥王だったが、すぐにその笑顔が凍り付くことになる。
『ちょっとオルコス! あんた今魂を適当なところに送らなかった?』
『ひい!? もうバレましたよ!? ……で、では私はこれにて……』
『あ!? 冥王様立場弱いなあ……ま、いいか……』
クレルは水晶に移るカリンを見ながらそう呟くのだった。
◆ ◇ ◆
――私とリチャードはめでたく結婚。宣言通り、リチャードは婿養子で私の屋敷で暮らすようになり、ミモザも大喜び。エドアール君も遊びに来るので、このまま成長すればエドアール君が国王になって、ミモザが王妃になる日も近いだろう。
「ふふ……」
「どうしたんだいカリン?」
「ううん、ミモザが王妃になるって想像したらおかしくて」
「なるほどね。でも二人とも勉強すごく頑張ってるよ」
「ね。きっといい国王夫婦になるわね!」
「そろそろ部屋へ戻ろう、冷たい風は妊娠した体に良くないぞ」
「大丈夫、今日は暖かいし、もう少しだけ――」
そういって私は一本の木の前に立つ。あの白い猫を木の根元に埋めた後、枯れ木だった大木に何と桜が咲くようになったのだ。
「(不思議ね、この世界でも桜が見られるなんて……)」
不意に木に手を当てると、私の視界がぐらりと揺れる。そして――
「あ、ああ……!」
「ど、どうしたカリン!?」
思い出した……
思い出した……!
あの白い猫は子供の時に拾った猫のニーヤだ! それにどうして忘れていたんだろう……死神のナイアのことを……そういえばナイアが立っていた場所にニーヤの遺体があったことを思い出す。
「もしかして……ナイアはニーヤだった……?」
『フフ、ちゃんとご飯、食べていたでしょう? 心配しないでくださいね』
声が聞こえた気がしたので振り返るが、そこには誰も居なかった。ニーヤの死の間際、無理やり食べさせていたことがあった……もしかして食い意地が張っていたのは私を安心させるために……?
「う、うう……どうして言ってくれなかったの……? 言わなきゃわからないじゃないのよ……」
私が泣き崩れていると、リチャードが肩を支えてくれ、私に言う。
「……何があったのか分からないが、部屋へ戻ろう?」
「うん……」
こうして私の記憶は全て戻った。
振り返ってみると、ナイアとの賭けは、ナイアによって仕組まれていたのではないかと思う。仮に賭けを拒否しても、何らかの形で私のそばに来たのではないか? あれがニーヤだとするなら、最後の『恩を返せた』という言葉に納得がいく。
しかし、それを確認する手段はなく、あのクレルという死神も私の前に姿を現すことはなかったのだ。
ニーヤは、ナイアは幸せだったのだろうか?
それも、もう分からない。
だけど一つだけ。
自己満足かもしれないけど、私は一つだけ決めていることがあった――
ほぎゃあ! ほぎゃあ!
「おめでとうございます! 元気な女の子ですよ!」
「女の子……」
私は隣で産声をあげる我が子を見ながら呟くと、リチャードが興奮した様子で私に声をかけてきた。
「ああ、俺の子だ! ありがとうカリン! 母子ともに正常、万々歳だ! しかし女の子か……嫁に行くことを想像するとイラっとするな……お義父さんもこういう心境なのかな……」
「くす……産まれたばかりなのにその心配は早すぎない? でもそっかあ、女の子かあ」
「? 女の子だと何かあるのか?」
「私ね、女の子だったらどうしてもつけたい名前があるの」
「そうなのかい? どんな名前なんだい?」
「それはね――」
転生令嬢は今度こそ平和に暮らしたい! ~死神と歩む異世界生活~ 【完】
転生令嬢は今度こそ平和に暮らしたい! ~死神と歩む異世界生活~ 八神 凪 @yagami0093
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